結果――そして結論
日本をオーストラリアと関連づけて国際関係を論じることは意外かもしれない。日本からオーストラリアへ、あるいはオーストラリアから日本への観光客、留学生の数の増加により、民間レベルで良好な関係が育ちつつある一方、日本の国際関係を考える際に、オーストラリアが考察の中心に据えられることはほとんどない。むしろ考察の対象となるのは、米国、アジア、ヨーロッパとの関係であることが多いであろう。しかし、今日の世界におけるいくつかの重要な側面で、日本と最も類似する立場にある国はオーストラリアである。とくに、二〇〇一年九月に米国で起きた同時多発テロ事件以降の世界において、日豪両国の類似点がいっそう顕著になっている。
安全保障対策における日豪両国の重要な類似点の一つは、米国との同盟関係を基盤としていることにある。両国とも同盟関係にかなりの重点を置くために、よく言えば米国との良好な関係をはかり、悪く言えば米国に迎合、追随する傾向にある。両国の現首相たちは米国との関係を誇りとし、ブッシュ大統領との個人的なつながりを誇示しているようにすら見える。九・一一事件の際には、日豪両国の首相は米国に同情の意を表明し、協力を約束した。対テロ戦争においては、英国に並んで米国のよき協力者となっている。イラク攻撃では、国連の認可および国内の世論による支持の有無にかかわらず、オーストラリアは米国を支援し、同様に日本も憲法が許す範囲で (あるいはその範囲を超えて) あえて協力をおこなっている。
日豪両国の国民の大多数は、半信半疑ながらも、安全保障分野での米国への依存のためにこの追随はやむを得ないと考えている。なぜなら両国にはアジアに対するある種の恐怖心が存在するからである。日本が認識する脅威は中国と北朝鮮にある。一方、オーストラリアでは中国よりもインドネシアが最も大きな脅威とみなされている。二〇〇四年にオーストラリアの国立戦略政策研究所がおこなった世論調査によれば、インドネシアがオーストラリアに対して脅威となり得ると考える割合は七三%にも上っている*1。
国際社会においてアジア諸国との連携を重視するか、欧米に仲間入りを求めるかという選択を迫られたとき、日本がかつてとった姿勢は、「脱亜入欧」という考え方に導かれたものだった。つまり、欧米への仲間入りを目標としたのである。日本が一九一九年のパリ講和会議における欧米の人種差別の根深さに直面し、西欧列強と対立する過程をたどった経験があるにせよ、二〇世紀初頭に英国との同盟を国防の基礎とし、第二次世界大戦後においても日米安保体制を基軸として「脱亜入欧」を思い起こさせる路線を歩んでいる。この意味で、日本の外交は一貫してアジアよりも欧米に顔を向けていると言えよう。
同様な点はオーストラリアにも見られる。確かにオーストラリアは英国の侵略によって成立した 「西洋人の国」ではあるが、隣国のアジアよりも欧米との協力関係を重視する傾向がある点で日本と類似している。広い大陸を国土とするオーストラリアでは、これまでに少ない人口でどのように脅威に対抗していくかという課題を抱えてきた。アヘン戦争の終結以降、中国人の移民増加に伴いアジア大陸の多大な人口を意識し始め、西洋の植民地政策と同様の、アジアからの侵略を恐れるようになった。とくに、町や集落が非常に少ない 「エンプティノース (空っぽの北部)」では外敵に対して無防備だと感じられることが非常に多かった。
歴史 (西洋の国であること) と地理 (アジアに隣接するオセアニアの国であること) に由来する矛盾を抱えているという認識は、オーストラリアで広く共有されている。この意識を背景として、防衛のために一九四五年までは英国、それ以降は米国に依存する政策を取り、国内的には西洋のアイデンティティを維持するために「白豪主義」と呼ばれる移民制限策 (移民を白人に限定する政策) を保持していた。一九六〇年代後半から九〇年代半ばまではアジアとの関係を重視する方針に切り替え、一九七三年に白豪主義を廃止したが、一九九〇年代には逆方向へと戻る傾向が見られる。限られた支持しか得られなかったが、排他的な移民政策を推進する 「ワン・ネーション党(One Nation Party)」の誕生がそのよい例である。一九九六年に首相となったジョン・ハワードの下での政策的変更とそれに伴う一連の出来事(難民船を排除するための処置、不法入国者を過酷な気候の下で長年収容すること、難民を悪く見せようとする報道が誤報であるのにそれを承知で選挙運動に利用することなど)も白豪主義を想起させ、アジアに対する脅威論と米国依存に支えられて、かつての道を再び歩んでいるようにも見えるのである。
冷戦後の世界において、アジアとの距離、西洋的なアイデンティティへの固執、周辺諸国よりも欧米の強国を重視する安全保障政策という点で、日豪両国はさらに類似性を強めたように見える。アジア太平洋地域における他の国は、多国間主義や集団安全保障を重視する傾向があるが、日豪両国はこうした動きから遠ざかっていく傾向がある。とくに、対テロ戦争とのかかわりにおいて日豪両国が米国のよき協力者となっている点や、仮想敵を想定して軍事同盟によって対処する傾向などでは、安全保障のための共通のアプローチとそのディレンマを抱えている。
ここで論じてきた類似性は両国ではあまり意識されていない。しかしアジア太平洋地域の他の国では、とくに米国との関係における両国の類似性が意識されている。本書にも現れるように、両国は地域における米国の存在を固定する 「錨」とみなされたり、また米国を、アジアをつかんでいる蟹だとし、日本とオーストラリアをその両方のハサミと譬える比喩も使われたりしている。
本書は、以上のような日豪両国が共有する課題を取り上げることを目的としている。六章から成る第一部では、とくにアジア太平洋地域における伝統的な安全保障および人間の安全保障に関連して、両国のもつ課題と関わり方をテーマとしている。第一章では、両国がアジア太平洋地域における米国の存在を固定するための「錨」であるかという問いに答えるために、米国の同盟および地域の多国間的協力体制への参加に関連するいくつかの問題点をとりあげる。第二章は、米国がアジアをつかんでいる蟹、日豪両国がそのハサミであるという比喩に触れ、安全保障に関する日豪両国の協力の発展を取り上げている。第三章は、国連における両国の軍縮への取り組みを明らかにしている。第四章は、特に太平洋島嶼国との関連で、ミドルパワーとしての日豪両国の可能性について述べる。第五章は、中国封じ込め政策の妥当性に疑問を投げかけている。そして第六章では、明白な 「敵」が存在しないグローバルで無期限の戦争である対テロ戦争という名目で、民主主義的な自由などが制限される体制の成立とそれによる帝国の拡大を指摘している。中国との関係を取り上げる第五章と対テロ戦争のことを取り上げる第六章は、日豪両国が直面する課題に関してアジアの視点を参考にするために、アジアから招かれた専門家によるものである。
第二部は三章から構成され、日本の安全保障問題を取り上げている。第七章は終戦以来の日本の政治史における憲法第九条とそれを変更するための動きを考察し、第八章は憲法改正の論議を安全保障のディレンマと同盟関係の問題点という視点から取り上げている。第九章は東北アジアにおける市民団体の交流を元にし、地域の安全保障における日本の役目に注目している。いずれも、今後の日本外交を考察する上で、重要な視座を提供することを目的としている。
第三部では、国連の役割と、人間の安全保障を含めた広い範囲での安全保障を考察する。第一〇章は、二一世紀における国連の役割と国連への日豪両国のかかわりを検討し、第一一章は対テロ戦争に注目しながらデモクラティック・ピースの展望について考察している。第一二章は、環境問題や貧困問題などを含めて、広い視野をもって人間の安全保障とそれに向けての国際的なかかわりを構想している。現在、日豪両国の前に立ちはだかる脅威は決して国家の軍事力やテロ集団から派生するものだけではない。温暖化を含む環境問題、鳥インフルエンザ、エイズなどの疫病の脅威、発展途上国の貧困およびそこから生じる移民の問題や社会の不安定性などの切実な問題を広く考察する必要があろう。
本書は二〇〇五年九月一二日~一五日に南山大学で行われたワークショップの論文集である。ワークショップは南山大学社会倫理研究所の企画により、当研究所とオーストラリアのラトローブ大学社会科学部および南山大学アジア太平洋研究センターの共催で行われ、倫理的な視点、特に平和維持および平和構築の視点から日豪両国の国際関係へのかかわりを取り上げるものだった。タイトルは、「九・一一事件以降の世界における公正と平和――日本とオーストラリアのためのオルタナティブを構想して」であった。
ワークショップの論文集は英文と和文の両方で出版されることになっている。ただし、両論文集は別々に編集されており、一方が原文で他方が翻訳ということではない。本和文論文集では日本人以外の参加者の論文は全て英文論文集にある論文の翻訳である。日本人の論文は、ワークショップの議論を参考にした執筆者本人の再執筆によるものである (ただし、第七章の山口論文は、本人の都合により英文論文集からの翻訳となっている)。
ワークショップおよび本論文集で目指しているのは、日豪両国が抱える課題に関して、学問および市民社会レベルでの広範囲な議論を奨励し、倫理的な視座をもって、地域および世界の実情に適した両国のための方針を模索することである。不十分な点があるとは覚悟しながらも、新たな日豪交流および安全保障に関する新たな視点の確立のために少しでも役に立つとすれば望外の喜びである。
二〇〇五年のワークショップ開催と本論文集の作成には、多くの方々から多大なご協力とご支援をいただいた。特にオーストラリアでまとめ役を果たしてくれた共催団体、ラトローブ大学社会科学部のジョセフ・カミレーリ教授、英文論文集の編集の中心となったミカーリス・マイケルとラリー・マーシャルの両氏、共催団体である南山大学アジア太平洋研究センターの須藤季夫教授、ワークショップの開催と論文集の作成において欠かせない協力をしてくれた南山大学社会倫理研究所のスタッフ、ワークショップ開催において支援してくれたリンナイ株式会社および大幸財団、出版を引き受けてくれた国際書院の石井彰社長、その仲介役となってくれた武者小路公秀教授に心からお礼を申し上げる。
マイケル・シーゲル
*1: Ian McAllister, Peter Jennings, Brendan McRandle, Attiude Matters: Public Opinion in Australia towards Defence and Security, Canberra: Australia Strategy Policy Institute, 2004, pp.18-19.
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