本書は、国連による平和と安全の維持の分野の活動(平和活動)が冷戦後に活性化したことに注目して、事例ごとに整理して解説し、主要な第一次資料(国連決議等)の翻訳を行った資料集の第2巻である。編者が代表をつとめる国際機構論研究会は、国連創設以来1996年末までの国連平和維持活動(PKO)と国連軍・多国籍軍を解説した資料集『国連による平和と安全の維持解説と資料』(国際書院、2000年)を出版した(以下、本書ではそれを「第1巻」と表記する)。これに続き、本書(第2巻)は、1997年から2004年末までの国連による平和活動の展開を、各地における諸事例と関連文書の双方にわたり扱っている。
第1巻で触れたように、国連は国連憲章前文にいう「戦争の惨害から将来の世代を救」うために設立された平和維持機構であり、国連の第一の目的は、「国際の平和及び安全を維持すること」(国連憲章第1条1項)である。しかし、冷戦期においては、本来の活動領域である「平和と安全の維持」の分野が機能麻痺状態となり、国連憲章には規定されていなかったPKOを展開することになった。ところが、冷戦後の地域紛争の多発とともに安保理が本来の機能を回復したことに伴い、軍事的強制措置の発動とPKOとを組み合わせた複合型の活動、そして国連平和維持活動の量的拡大、多機能化の時代を迎えた。複合型PKOの活動のピークとなった1994年以降、1995年から1999年までは小休止の時代を迎える。ソマリアでの平和強制型PKOや多国籍軍の活動の失敗後、ルワンダ内戦を典型例として、PKO派遣に対する加盟国の消極的な姿勢が顕著となった。第1巻では、PKOが最も多用された1994年を含む1996年までの事例を網羅した。
第2巻の扱う1997年以降2004年末までの国連の活動の展開は、PKOの小休止と見直しの後、東ティモール暫定統治機構など、国連が国家の統治にかかわる移行支援活動の事例など、その役割が再び注目される時代となった。同時に、国連による平和と安全の維持全般について見直しを行う動きも、以下に述べるように国連において盛んとなった。
第一の動きは国連PKOの再検討である。ブトロス・ブトロス=ガリ事務総長の『平和への課題』(1992年)およびその『追補』(1996年)では、国連が国際の平和と安全の維持のために実施しているさまざまな活動を、「予防外交」、「平和創造」、「平和維持」、「平和構築」、「平和強制」に分類し、各分野の境界線が理論的には付された。このように国際の平和と安全の維持の諸活動の概念整理が行われたが、現実の国連PKOは、「平和維持」を主要な任務としつつもその枠を乗り越えて、「平和創造」や「平和構築」、「平和強制」を含む場合も生じてきた。国連PKOの中には、人道援助の支援や移行支援活動を行うものもあり、国連憲章第7章のもとの強制権限さえ与えられる場合もある。その場合、「平和強制」と「平和維持」という理論的な境界を分かつことは必ずしも容易ではない。コフィ・アナン事務総長が設立した2000年の国連平和活動検討パネル(いわゆるブラヒミ委員会)は、1990年代の国連PKOの任務の拡大に関連して、PKOに再検討を加えた。今日の国連PKOに対しては、「平和維持」に限られた活動を拡大し、包括的な平和活動の一プロセスとしての位置づけを与える提案を行った。
第二は、2004年12月のハイレベルパネル報告書(『より安全な世界へ:われわれの共通した責任』)、およびそれを受けて提出された2005年3月のコフィ・アナン事務総長報告書(『一層大きな自由の中ですべての発展、安全そして人権の実現に向けて』)においてなされた国連改革の動きである。この動きの背景には、ルワンダ内戦への国連の遅きに失した関与、1998年のコソボ紛争に伴う北大西洋条約機構(NATO)軍による国連安保理を迂回して行われた軍事的強制措置、同じく国連安保理を事実上回避して行われた米英によるイラク介入があった。上記二つの報告書において、国連が平和と安全の維持のための中心的な機構として再起するために、大規模テロや国家の破綻を含む今日的な「新しい脅威」を再定義し、それらに効果的に取り組むうえで必要な機構改革案が提示されたのである。これらの報告書の中身は、2006年9月の世界首脳会議で採択された成果文書に反映されている。こうした国連の構造に踏み込んだ改革は、ブラヒミ報告の諸提案を引き継ぐ側面とともに、組織改革、国連憲章の再検討にもつながる面をもっている。
このように、国連の平和活動は、厳しい現実の前に見直しをせまられながら、時代の要請に応じて引き続き活動を展開している。ことに本書(第2巻)が扱う1997年から2004年末までの国連の平和活動は、伝統的な平和維持(peacekeeping)の活動内容と概念を大きく乗り越える形の変化をみせながら現在も進行中である。国連の平和活動のこのような展開を理解するためには、個別具体的な事例を客観的事実に基づいて把握することと同時に、そうした動きの指針や検討を行った平和活動全般にかかわる包括的な国連文書の内容の理解と分析が不可欠である。
第2巻は、第1巻の方式を基本的には踏襲し、1997年以降の個々の平和活動の展開について、第I部、第II部において解説と資料を載せた。さらに、第III部において、第I巻では扱わなかった国連の平和活動に関する重要な報告書の解説とその概要の翻訳も掲載することとした。
第2巻において、第I部と第II部の構成は、事例を地域別に分け、さらに地域ごとに原則として年代順に事例を取り上げ、それぞれについて、第1巻の方式に従い、(イ)短い解説と地図、(ロ)関係資料の一覧表、(ハ)主要資料(国連安保理/総会決議、事務総長報告書、関係書簡など)の重要部分の翻訳を載せる形をとった。第III部については、『平和への課題』および『追補』、ブラヒミ報告書、ハイレベルパネル報告書、コフィ・アナン事務総長報告書といった、第2巻の活動の展開中に出された重要文書の抄訳も掲載した。したがって、第2巻の内容は、各地域における個別の事例の解説とともに、国連による平和と安全の維持に関する活動全般に関連する資料の掲載と解説にも力を入れ、この分野の全体像を理解できるよう配慮した。
本書の出版は、第1巻に7年、第2巻に8年と過去15年にわたる研究活動を継続してきた成果でもある。本書は、日本学術振興会から平成18年度科学研究費補助金「研究成果公開促進費」の交付を受け、公刊の運びとなった。国連の平和と安全の維持に関心を寄せる学生、研究者、実務家への基礎的資料としての役割を果たすことができるよう念願している。
平成19年1月10日
国際機構論研究会
代表横田洋三
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