本書は、アメリカの連邦信用計画(Federal Credit Program: ECP)の生成と発展の過程を歴史的推移のなかで検討したものである。とくに、連邦信用計画の実施機関として政府機関(Federal Agency)および政府系金融機関(GSE)の活動に基点を置いた。連邦信用計画が生成されるについては経済要件とともに政治的要件が反映されている。同時に、政府系金融機関の活動範囲と信用規模は個々の産業の動向と政府財政状況に左右されるところが大きい。わが国においても産業政策目標を達成する手段としての政策金融は有効で、その存在意義は大きなものがあるが、近年、政府財政事情の制約から、政府系金融機関の再編・統合・民営化といった政策金融の改革が進行しており、改めて政策金融のあり方、あるいは位置づけに関する論議が不可欠な状況である。
アメリカの連邦信用計画(FCP)は、わが国の政策金融(あるいは公的金融)に類似し、加えて、わが国の財政投融資制度をほぼ包含する内容をもっている。そのなかで政府系金融機関(Government Sponsored Enterprise: GSE、Federally Sponsored CreditAgency、日本語訳として政府支援企業体や連邦政府関係機関の用語があてられているが、現在、定訳はない。ここでは政府系金融機関の用語を当てた。)は、民間部門の最終的借り手への直接貸出を含め、民間金融機関が個人や企業に向けた融資の際の債務保証を通して資金の供給をおこなう。したがって、政府系金融機関は民間部門の金融構造の上で資金仲介機能を果たしている。そして、大部分の政府系金融機関の顕著な特徴は以下の通りである。第1に、全面的に民間部門によって所有され、民間機関として連邦政府予算の割当を受け、その活動および業務を遂行する施策が議会の統制を受けることもない。第2に、資金調達のために直接金融市場から借入れるが、連邦政府のオン・バジェット機関は連邦金融銀行(FFB)が資金を財務省から借入れ、その資金をもって政府機関やGSEの機関債や保証債務を買い入れる形で資金供給をおこなう。そして、連邦信用計画の実施機関が政府機関とGSEであり、これら機関の金融活動は、連邦政府の政策目標の達成を意図して、公共部門だけでなく民間部門の貸付資金の流れの方向を変え、特定タイプの信用利用を促進する効果をもっている。本来、信用の配分は市場メカニズムによっておこなわれるが、連邦政府の経済に対する関与は市場の欠落〔失敗〕している状況において有効であり、政府の市場介入はさまざまな視点から議論がおこなわれている。
連邦政府の市場介入は、政府機関やGSEの金融活動の拡大をもたらした。加えて、1980年代の不況と経済動向にともなう金融規制の緩和(あるいは金融自由化)は民間部門における金融業務と金融市場のあり方を変貌させた。貯蓄金融機関は1980年代の経営困難によって整理淘汰され、商業銀行業界との統合が急速に進められた。この過程において政府系金融機関の活動は、保証やリファイナンスなどの間接的な形態にシフトし、民営化も進展する。同時に、政府機関やGSEの金融活動は、公的部門の肥大化を招き、財政負担の軽減には必ずしもつながらなかった。連邦政府は1980年代、財政赤字の急増に対して赤字削減措置をとる。その赤字削減策を受けて連邦信用計画の政策と指針は大きく変更され、連邦政府機関などの貸付実施は財務省の資金繰り勘定を通しておこなわれる。1990年代以降、政府機関やGSEは事実上、政府財政赤字との関連から連邦信用計画としての性格と機能を縮小させていく。政府系金融機関の個々の機関の生成と展開は、連邦政府財政赤字および財政負担との関連で論議される。
連邦信用計画は政府の市場介入と「大きな政府」を是認し、市場の効率性を損なうと主張する市場原理主義から格好の攻撃対象となった。とくに、レーガン政権では、財政赤字削減が経済政策の目標とされ、政策金融の改革が進められている。しかし、このような批判にもかかわらず公的部門の信用供与による市場カバレッジはむしろ高まり、経済動向によっては民間金融機関に対する措置によって新たな財政負担が発生する傾向があった。
著者が政策金融を研究対象としたのは日本大学法学部学会誌『政経研究』〔第28巻第3号、第4号、平成3年、平成4年〕に発表した「地域開発と沖縄振興開発金融公庫の融資活動」においてであった。政策金融(あるいは公的金融)は主として実施機関の政府系金融機関が研究の対象であり、財政制度との関連で財政学において取り扱われるのが通常であろう。しかし、政策金融に対する視点は当初、アメリカの財政学(公共経済学)でも扱われることは少なく、政策金融論が時折取り上げられるだけで、政策金融改革でも金融論の範疇かつ市場の効率性において論じられるにすぎなかった。その後、分かったことはアメリカの連邦信用計画が軍事予算とともに中小企業金融、住宅金融、貿易金融、農業金融等でも大きなウェイトを占め、産業政策に対する政府の関与が大きな経済効果を挙げていることであった。ただし、そこでは当然のことながら政府機関および政府系金融機関の金融活動が組織の肥大化を招き、政府財政制度との関係が政策課題として浮上する。現今では、政策金融における課題の多くは、金融論分野のアプローチにおいてきわめて有効であることが認識されている。
本書は、政府機関および政府系金融機関の活動に焦点を当て、アメリカの連邦信用計画(政策金融)を個々の産業分野と産業政策や背景の経済動向との関連で検討したものである。とくに、これら機関の生成・展開という制度的な視点でみたものである。(政府機関およびGSEの一覧表は第1章第1節)取り上げた政府機関とGSEは、政府機関として連邦金融銀行(FFB)〔第2章〕、中小企業庁(SBA)〔第3章〕、連邦預金保険公社(FDIC)〔第5章〕、連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)〔第6章〕、合衆国輸出入銀行(Eximbank)〔第7章〕、農業信用庁(FCA)。また、政府系金融機関(GSE)は、第4章で住宅金融関連の連邦住宅貸付銀行(FHLB)、連邦住宅抵当金庫(FNMA)、連邦住宅抵当貸付金庫(FHLMC)、金融公社(FICO)、第6章が整理信託公社(RTC)、第8章の連邦土地銀行(FLB)、連邦中期信用銀行(FICB)、協同組合銀行(BC)、農業信用機構金融支援公社(FAC)、農業信用機構保険公社(FCSIC)、連邦農業抵当公社(FAMC)等々がある。政府機関やGSEには、その他に退役軍人庁(VA)、教育関連で学生奨学資金金庫(SLMA)と大学建設資金貸付保険協会(CCLIC)などがあるが、本書では扱っていない。
各章の概略として、第1章は本書の序説的な性格を有するもので、政策金融概念の規定をした後、アメリカの連邦信用計画(ECP)の役割と機能、政策金融による資金供給と信用規模等の総体的な把握をめざした。そして、政策金融の原資たる資金調達面を連邦政府財政赤字との関連において検討した。第2章では、わが国の以前の資金運用部と類似の性格をもつ連邦金融銀行(FFB)の活動を検討する。FFBは政府機関やGSEを支援する原資としての連邦債務証券(債券)の発行を集中しておこなうが、連邦政府財政制度、とくに予算制度との関連を強く有することになる。したがって、財政赤字削減と予算統制の制度上の変遷は、連邦信用計画および政府機関やGSEの活動を左右せざるをえないものである。
第3章は、政府機関の中小企業庁(SBA)の金融活動〔中小企業金融〕をとりあげた。諸産業分野にまたがる中小企業は、歴史的にも国民経済においても重要な役割を担ってきたが、企業としての信用規模が小さく金融市場では不利な扱いを受ける。あるいは中小企業の経営はその時期の経済状況や景気の動向、そして政治動向に影響される。したがって、はやい時期から中小企業金融制度の整備が要請されるが、連邦信用計画による信用供与、すなわち政策金融に付随する政府関与のあり方が主要な課題として論議される。
第4章の住宅金融では住宅金融機構の再編成が戦後のアメリカの金融制度の規制と緩和、そして再規制にともない進展し、連邦信用計画の住宅金融市場における役割が変化したことをみる。とくに、住宅金融で重要な意味をもつのは、モーゲッジ貸付市場における流動化と証券化の問題であろう。そのなかで政府系金融機関(GSE)のモーゲッジ・オペレーション活動が流動性機能の確保と証券化進展の基軸となった。
第5章は金融機関経営の安全性と健全性に重要な役割を果たす預金保険制度の生成と展開を課題とした。連邦預金保険機構には連邦レベルで連邦預金保険公社(FDIC)と連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)等があるが、FSLICは第6章でも検討した。金融機関経営の業績は経済動向が反映されるが、経営の帰趨はそれのみに左右されるものでもない。預金保険制度の制度的なフレームが大きな影響を与え、経営動向は経済状況や制度変化にともない推移する。次章の連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)は、制度上の変化を受け、性格を変えていく。
第6章では、連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)と整理信託公社(RTC)をとりあげた。FSLICは貯蓄金融機関(Thrift)の保険機関であったが、貯蓄金融機関のなかでも貯蓄貸付組合(S&L)の1980年代の経営不振と破綻が制度上の変化をもたらした。そして、S&Lの経営破綻によってFSLIC自身が資金繰り悪化のために経営困難に直面する。また、貯蓄金融機関の破綻処理は、暫定的に設置されたRTCの活動に負うところが多く、大きな役割を果たした。RTCは、最近のわが国の預金保険機構のもとに設置された産業再生機構と類似した機関であり、時限的な法のもとに設置されたRTCの組織、活動内容と範囲が参考にされたと言われている。
第7章は、政府の独立機関としての合衆国輸出入銀行(Eximbank)の金融活動が課題である。とくに、Eximbankが設置される1930年代前半から現在までのEximbankの機能と役割の変化に焦点を当てた。もちろん貿易金融を担うEximbankの金融活動はアメリカの世界経済、国際貿易および国際金融にしめる位置から重要な意味をもつことはいうまでもない。しかし、1970年代以降の国内のインフレーションの高進や国際貿易市場の競争激化にともなう貿易収支構造の悪化は、Eximbankの再評価をもたらし、貿易金融の機能強化のために法的な地位の改善が図られた。
第8章は農業金融問題を検討した。とくに、産業として農業分野における連邦信用計画の役割は大きい。農業金融問題は変化の著しい農業構造を背景に農業生産の季節性、資金需要の零細性、資金の季節的需要等々、農業構造の特殊性を反映し、さらに政府農業政策と緊密な関係をもっている。そして、農業関連金融における政府機関および政府系金融機関の数は合わせて6機関と他の金融分野に比べて格段に多い。農業信用庁(FCA)を中心とする農業信用機構(FCS)の活動は農地・農機具の農場経営関連、地方住宅・不動産取得のための信用供与をはじめとして、農産物販売、農産物の市場価格支援、農業用品の購入、公益事業運営、さらにFCSに属する金融機関に対する資金援助、債務の保証と保険等々、多様な農業サービスに及んでいる。
本書の出版は、平成19年度日本大学法学部出版助成金の交付を受けることによって可能となりました。厚く御礼を申し上げます。また、未整理な原稿・図表と未熟な著者に温く鷹揚に対応してくださった国際書院の石井彰氏には心よりの感謝とお礼を申しあげます。本書は著者が日本大学法学部紀要『政経研究』に投稿した論文を中心に新たに「農業金融と農産物価格支持政策」「整理信託公社(RTC)の破綻貯蓄金融機関処理」を大幅に加筆整理したものであり、もとになった論文の執筆と発表の機会を与えていただいた編集委員会の諸先生方に厚くお礼を申し上げます。
最後に私事ながら、著者の研究生活を見守っている父・武七と母・文に本書をささげたい。
2007年6月5日
山城秀市
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