本書は、現代国際社会において注目を集めている概念である人間の安全保障をキー・ワードとして、平和構築、人権保障、開発等、国際社会におけるさまざまな問題に対処している国際機構の活動とそれらをめぐる法的、政治的諸問題について論述したものである。
人間の安全保障は総合的・包括的な概念であって、未だに定義が十分になされていないという批判がある。また、この概念は政策志向性を有しているため、必然的にこれを国際法上の概念として定義することについては困難がある。例えば人権としての「安全保障の権利」を論じることや「人間の安全保障を確保しない国家に対する国家責任」を追及することは、概念自体が精緻化されていない以上、難しいと言わざるをえない。
それでもなお人間の安全保障は今後も国際社会において重要な概念としての地位を確立していくであろうと考える。
筆者は大学卒業後、NGOの職員としてエチオピアにおける人道救援活動を体験した。その後、国際法の研究を進めていく途上で、外務省の専門調査員として在英日本大使館や国際連合日本政府代表部に短期間、勤務する機会を得た。大学では主として国際組織法を担当しながら、リサーチ・アソシエイトとしてフレッチャー法律外交大学院に、客員研究員としてケンブリッジ大学国際問題研究所、マックス・プランク比較法国際法研究所、ジョージタウン大学ロー・センター国際経済法研究所において研究する機会にも恵まれた。
それらのさまざまな経験が収斂してひとつの成果となったように感じたのは、実はつい最近のことである。2007年6月から7月にかけて、筆者は内閣府国際平和協力本部より東ティモール選挙監視国際平和協力隊に任ぜられ、6月30日に実施された東ティモール国民議会選挙にあたって、国連からの要請を受けて展開した国際監視団の一員に加わることができた。2週間足らずの短い滞在期間ではあったが、平和構築の最前線とも言うべき現場で、これまでの一見相互に関連性がないようにも見える自分自身の経験がすべてそこで生かされたように感じ、「人生において無駄なことはないのだ」という実感を得ることができたのである。
本書の企画は、筆者が勤務している西南学院大学法学部国際関係法学科及び法科大学院における国際組織法の講義をきっかけにしている。西南学院大学法学部国際関係法学科は1992年に新設され、同時期に奉職した筆者は、現在、卒業生たちがさまざまな現場で活躍していることを大変嬉しく感じている者のひとりである。卒業生たちの中には世界銀行でのインターンを経て開発援助の専門家として活躍している人や、青年海外協力隊員としてボリビアで活動している人、法科大学院に進学して司法試験に合格した人、国家公務員として霞ヶ関の諸官庁で活躍している人たちもいる。そのような卒業生たちと再会するたびごとに、私自身、研究者・教育者としての歩みを振り返り、これまでの研究・教育活動の成果を著書にまとめたいという気持ちを強くしたのである。本書の最後には各章の基礎となった論文の初出一覧を掲載しているが、国際情勢の変化及び本書の教育上の資料としての役割に対する考慮から大幅な改訂を加え内容的に大きく異なるものとなった章もある。
筆者が大学の学部時代よりその学恩を受け、大学院生時代には指導教授としてご指導いただいた筒井若水・東京大学名誉教授に感謝したい。
本書の編集については、国際書院の石井彰社長に大変お世話になった。今日の厳しい出版事情にもかかわらず本書の出版を快くお引き受けいただいたことに対し、改めて謝意を述べる次第である。
本書は「西南学院大学出版奨励基金」による助成を受けて刊行される。また、本書は「2006年度西南学院大学在外研究(b)」の研究成果の一部である。
最後に、私事であるが、親として、研究者・教育者として筆者を見守ってくれた父・松隈清、母・松隈玲子に感謝したい。
2007年12月
松隈 潤
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