本書『ディアスポラと社会変容――アジア系・アフリカ系移住者と多文化共生の課題』は、移住者コミュニティ、特にアフリカ系とアジア系の移住者コミュニティについて討論し、この二つのコミュニティが今日のグローバル化する世界の中でどのような役割を果たしているのか、 ということについて考え、研究する手がかりをつかもうという暗中模索の書である。ただし、移住者の人権に関する解説書であることを期待したり、 移住問題についてのマニュアルになるとお考えの読者には、お勧めできない書物でもある。
今日、移住問題は、人類学、国際社会学、国際人権法、国際関係論などで取り上げられるようになっている。それぞれの分野で、それなりの理論枠組みも出来上がっており、一定の研究の積み上げもできている。 そして、二〇〇一年に国連がダーバンで開催した世界人種主義撤廃会議 (World Conference Against Racism) では、アフリカ系移住者とアジア系移住者が今日のグローバル化時代においても、特に人種主義の被害を受けていること、それにもかかわらず移住先の国々の経済・社会・文化に貢献していることが、国連加盟諸国によって厳かに確認された。 しかし、この二つの言葉が、どれほど多様で捉え難い何世代にわたる移住者たちの人間としての不安あるいは願望の達成を表現しているのかという点は、現在の移住問題研究では到底捉え切れない。
本書は、そのような意味で学界がまだ暗中模索している移住者の実生活における諸問題ともろもろの可能性について、特に移住者自身がどう考えているのかを明らかにし、 また移住者個人の問題を越えて、移住者コミュニティがどのように自分と自分が置かれている移住先の市民社会との関係について考え、感じているか等々について、 国家やその法制度、あるいは国民意識や移住者の市民社会への統合や同化のような在来の枠にはまった議論を乗り越えることを主な狙いにしている。その意味で、 本書の読者には、そういう本書の型破りな議論に付き合っていただきたい。
本書は三つの点で、型破りである。第一に、大多数の移住問題研究が、国家 (送り出し国も受け入れ国も含めて) という枠組みの正当性を大前提にしているのに対して、 本書の議論は国家を否定してはいないけれども、その役割を批判的に見ている。第二に、本書はアフリカ系、アジア系の別なく、移住者たちを取り巻いている政治経済構造や社会文化環境という大きな枠組みの中で、 彼ら彼女たちの生き様を理解することを一切の議論の前提にしている。第三に、本書は、移住者とそのコミュニティについて、「他者」として彼ら彼女たちが取り扱われていることに異を立てて、 その不可視化されている姿に接近するための新しい語り口を探している。この三つの点に、本書の特色があることをはじめに強調しておきたい。
武者小路公秀
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