破綻国家再建の理論と実践をつなぐ
本書は、国際平和活動、人道支援や復興支援、国家建設といった場面での民軍関係について論じた日本語による初めての本格的な研究書である。本書のタイトルである 『国家建設における民軍関係』 について論じるうえで、現時点での日本におけるベスト・メンバーを執筆陣に迎えることができた。本書の特徴は、単なる事例紹介に留まるのではなく、民軍関係についての理論的な考察を重視した点である。本書は、民軍関係についての理論と実践をつなぐという問題関心にそって書き進められ、最終的には新しい理論的課題を提起することを目指した。
国際平和活動、人道支援や復興支援、国家建設といった場面において、民軍関係は今後ますます重要になっていく。現実の要請が民軍調整や協力を必要としており、文民組織も軍事組織も、もはや互いにかかわりあうことを避けられない。9.11以後の新しい国際秩序形成の過程の中で、文民援助組織は新しい脅威に晒され、軍事組織は新しい任務を担うようになってきた。国際平和活動や人道・復興支援が展開される環境が大きく変化したのであり、民軍関係の行動指針については見直す必要が生じてきた。同時に、本書で焦点をあてた破綻国家の再建の文脈においては、従来の民軍関係の主役であった人道支援組織と軍事組織の関係だけでなく、非政府軍事組織や平和構築に取り組む開発援助機関といった新たなアクターとの関係を視野に入れる必要が生じている。
破綻国家の再建が成功するための鍵を握るのは、治安部門改革 (SSR) であることが、本書の分析を通じて明らかになった。正当性を持った治安部門を速やかに新生国家に構築することが、自立的な国家建設を新政府が担っていくうえで欠くことができない前提条件となる。新政府によって統治されることを国民が望む状態が生まれることで、新政府の正当性が高まる。したがって、国際社会の支援によって速やかに治安を確立し、人々の安全に寄与することは重要である反面、国際社会から押しつけられた傀儡政権といった印象を国民が抱かないように、意思決定や施策の実施の段階における現地政府の主体的な関与を確保していかなくてはならない。とりわけ、治安の確保は、その後の復興の礎になるだけに、破綻国家の再建過程における治安の確立のための民軍関係は今後の重要な課題となっていくであろう。
イラクやアフガニスタンでは、すでにその社会に根づいていた治安・司法組織を解体し、国際社会の価値観にもとづく新しい (現地にとっては異質の) 治安・司法組織をSSRと称して導入した。人々の日々の安全を保障することが、国家に求められるもっとも重要な役割であり、この分野では現地に根ざした治安維持・紛争解決システムを活用するようなSSRを進めていく必要がある。治安維持に必要な技術力を持った人材を、一から育成していくことは非常に時間がかかる。戦中は軍国主義や国粋主義に染まっていた日本の技術者、教員、警察官や各種行政機構なども、意識転換に成功すれば、終戦後は日本の戦後復興に欠くことができなかった技術力と組織を提供したように、人々が置かれた社会政治状況を変えることで、抵抗勢力になりかねない戦時中の治安組織を平和勢力として転換することが、SSRの即効性という要請と現地に根ざす必要性とのジレンマを解く鍵になる。このような観点から、破綻国家のSSRにおける民軍関係の課題に対応していくことは、今後の私たちに課せられた宿題である。
今ひとつの新しい理論的課題として、民間軍事会社のような非政府治安組織 (informal security providers) との民軍関係をどのように律していくべきか、という問題がある。この点は、今後の破綻国家再建の過程における民軍関係を考えるうえで、その重要性がますます高まっていくであろう。本書では、この点について十分な検討ができなかったが、本書で指摘したように、破綻国家の再建過程では、正規軍と国家警察の境界があいまいになるだけでなく、非政府の治安組織が治安の安定に関して重要な鍵を握っている。既存の民軍関係の指針は、正規軍や民間防衛資産といった国家の公式な機構として位置づけられている軍事組織との関係を前提としており、現実問題として顕在化しているグレーゾーンのアクターとの関係については適切な指針を出しえていない。この問題に正面から取り組まない限り、破綻国家の再建過程における民軍関係は混沌としたものとなり続けるであろう。
さらに指摘すれば、破綻国家内の各コミュニティが自衛のために創り出した非政府の治安組織を国際社会は支援していくべきなのだろうか、という難題に対する解答も見つけなくてはならない。破綻国家の中でも特定の村や地方といった限定的な領域では治安が維持されていることもある。それは国家に対してではなく特定のコミュニティに奉仕する非政府治安組織が特定の領域内で機能しているからである。国際社会は破綻国家のSSRを支援する際に、このような非政府の治安組織を支援することで治安が維持される領域を拡大すべきなのか。破綻国家におけるSSRには、人材、組織、財源といった国家建設に不可欠な要素が欠けている中で実施しなくてはならないといった難題がある。そのような状況下で、現地の一般の人々がもっとも必要とするものは物理的な安全と治安の向上である。現在の国家建設のアプローチでは、国軍や警察の再建を通じた中央政府の能力構築が優先課題として位置づけられている。だが、一般の人々にとっての安全を確保するという目的を達成するためには、中央政府が公共の秩序と治安を提供するのを待つのではなく、その地に住む人々の意向を最大に尊重したアプローチを優先していくことも必要になるだろう。その際に、非政府治安組織をどのように位置づけ、どのような関係を文民組織や軍事組織は築いていくべきなのか。この点も新しい民軍関係の理論的課題として指摘することができるだろう。
なお本書の編集過程で、国際書院の石井彰社長には、本書は「新国家の権力関係を論ずるうえで、きわめて貴重な理論的素材を提供する」や「歴史の歯車を大きく動かす仕事」であるといった多くの励ましの言葉いただいた。石井社長の強い後押しがなければ、本書がこのような形でまとめられることはなかったであろう。この場を借りて、お礼を申し上げたい。
2008年1月17日
執筆者・編者代表 上杉勇司
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