本書は2006年12月に筑波大学に提出した博士論文、「社会構成主義アプローチによる日米自動車摩擦の研究: 貿易政策アイディアと産業のグローバル化の視点から」を加筆修正したものである。著者の主な学問的関心は、本書のタイトルにも表れているように「国際政治経済学」、特に経済のグローバル化と政治の相互関係の解明にある。「国際政治経済学」は1970年代に生じたブレトンウッズ体制の崩壊を契機に注目されるようになり、それまで「ロー・ポリティックス」として扱われてきた、安全保障問題以外の国際問題の総称として用いられることも多い。しかしながら本研究で試みたのは、市場における経済活動がどのように国際経済摩擦を引き起こし、そうした経済問題に対する政治的調整がどのようにおこなわれ、それによる市場変化によって国際経済摩擦はどのように調整される(あるいはされない)のか、という政治と経済の相互関係の解明である。
ところで、「グローバル化しつつある経済と政治の相互関係」を解明する際に、「経済で政治を説明し、その結果としての政治によって経済を説明する」という分析方法では、政治と経済のどちらかを所与のものとして扱うことになり、独立変数と従属変数が入れ替わることになるために分析手法としては問題が多い。著者は政治と経済の動態的な因果連鎖を一つの分析射程でとらえることに強い関心を抱いていたことから、長期にわたって日米間で経済摩擦が生じた自動車産業を事例として選択したが、分析枠組みの構築には相当の時間を要することとなった。結果として、社会構成主義アプローチを分析枠組みとして用いることとした。社会構成主義は、一つの体系的な理論と言うよりもアイディア、規範、アイデンティティなどの観念的要素の間主観性に注目し、行為主体と社会構造との間の相互構築性に焦点を当てることで、社会が構築される側面を明らかにしようとする分析アプローチである。
本研究では政府間協議を中心とする日米関係だけではなく市場も社会構造の一つとして位置づけ、自由貿易主義を中心とする貿易政策のアイディアによって日米関係や市場のグローバル化が構築される側面を明らかにする作業を通じて、グローバル化する経済と政治の因果関係ではなく相互構築性を解明することを試みた。この点で、本研究は政策決定過程や比較政治学、あるいは国際制度などに焦点を当てた、これまでの主流派とも言える「問題解決型」の研究とも、理論構築を目指した研究とも異なることをあらかじめお断りしておきたい。
本書で事例として取り上げた日米自動車摩擦についてはある特定の時期に関する先行研究はいくつか見られるものの、摩擦が生じた1980年代初期から摩擦が終息する1995年までの期間を体系的に分析した研究はきわめて限られている。社会構成主義アプローチを用いて政治と経済の動態的な因果連鎖を一つの分析射程でとらえるという著者の試みがどの程度成功したのかについては読者の判断を仰ぎたいが、本書が国際政治経済学や日米経済摩擦研究の一助になれば幸いである。
本書が形になるまでにはかなり長い歳月を要したが、その分だけ実に多くの方々にお世話になった。特に指導教官である赤根谷達雄筑波大学教授には、筑波大学国際政治経済学研究科に在籍中から、長期にわたって本当に丁寧にご指導いただいた。また、論文審査の過程では波多野澄雄筑波大学副学長と辻中豊筑波大学教授にも何回も原稿を精読していただき、そのつど貴重なコメントをくださるなど多くのご教示をいただいた。同様に、著者が大学院在籍中には、当時は研究科にいらした井尻秀憲東京外国語大学教授、細野昭雄政策研究大学院大学教授にも精読をしていただき、詳細な部分にまでコメントをお寄せくださるなど大変お世話になった。
また、筑波大学国際政治経済学研究科の同僚・後輩諸氏にもお礼を申し上げたい。同研究科の1期生であった著者はそもそも大学院生としての行動規範をよく理解していないところもあったが、同僚には修士号をすでにお持ちの方も少なくなかったことから、研究のノウハウなど多くのことについてご教示いただいた。加えて、韓国、台湾、中国、パキスタン、ビルマ (ミャンマー)、米国などさまざまな国からの留学生も多かったことから、知的刺激に富む恵まれた環境で研究をおこなうことができただけではなく、外国語の実践や異文化理解の面でも非常に貴重な機会を得ることができた。
通算すると10年以上在籍した筑波大学において著者が最もお世話になったのは、筑波大学システム情報工学研究科の山本芳嗣教授である。数理計画がご専門の山本教授のアシスタントとして大学在籍期間とほぼ同じだけの期間、お手伝いをする機会を得たことで著者のデジタル・リテラシーは飛躍的に高まり、それは今日に至るまで著者にとって非常に貴重な財産となっている。山本研究室をはじめ関連する研究室の先生方や学生の皆さんにも大変お世話になった。これまでのさまざまなご厚意に対して改めて心より感謝の意を表するものである。
著者が奉職している北九州市立大学には国際関係を専門とする同僚も多く、非常に恵まれた職場環境であることに加えて、半年間の国内研修と1年間の海外研修の機会を与えていただいた。国内研修に当たっては古城佳子東京大学教授に同大学での研修の機会を与えていただいたが、就職後はなかなか研究が進まなかった著者にとってこの半年間の国内研修は非常に貴重な機会となった。また、米国メリーランド大学での海外研修に当たっては、デイヴィッド・レーニー (David Leheny) プリンストン大学教授とミランダ・シュラーズ (Miranda Schreurs) ベルリン自由大学教授に大変お世話になった。特に当時、メリーランド大学行政政治学部におられたシュラーズ教授には全く面識がなかった著者の受け入れを快く引き受けてくださっただけでなく、研究、生活面でも多大な支援をしてくださったことで、非常に楽しく充実した1年間を過ごすことができた。
これまでに学会やインタビューなどを通じて多くの方々から多数の貴重な示唆を与えていただいた。特に、大矢根聡同志社大学教授には学会活動を始めとして本当にお世話になった。折に触れて温かい励ましをいただいただけではなく、本研究に対しても非常に有益かつ建設的なコメントをお寄せくださるなど、これまでさまざまなご教示をいただいた。また、学会報告の際に多様な観点から貴重なコメントをお寄せくださった皆さんにもお礼を申し上げたい。他にもインタビューを快くお引き受けくださった関係省庁、業界団体の方々など、実に多くの方にお世話になった。
本書の刊行にあたっては、国際書院の石井彰社長に大変お世話になった。
出版事情が大変厳しい折、全く面識のなかった著者の相談に快く応じ、出版をお引き受けくださり、出版経験のない著者に対して最大級の支援をしてくださった。また、出版経験がなく何をどうしたらいいのか五里霧中であった著者の相談にのってくださり、石井社長をご紹介してくださった望月康恵関西学院大学教授にも心よりお礼を申し上げる。
このように、本書の刊行までには本当に多くの方にお世話になった。すべての方のお名前を挙げることができないことが非常に心苦しいが、これまで著者をさまざまな形で支援してくださったみなさんに改めて心よりお礼を申し上げたい。これだけの支援を受けた本書ではあるが、残された課題も少なくない。多くのご批判ご叱正を真摯に受けとめ、今後の研究に反映させることで、少しでもご恩返しをしていきたいと思っている。
最後に、これまで研究を続けることができたのはひとえに家族の理解と支援によるものである。同業者である夫の駒田泰土は遠く離れた地で単身赴任生活をしている著者の一番の理解者である。また、そもそも著者が大学院に進学できたのは、現代の社会で生きていくためには(特に女性にとって)専門知識や技能が必要不可欠との信条から経済的、精神的に支え続けてくれた両親のおかげである。これまでの感謝の意を込めて父・小尾昭太と母・小尾幸子に本書を捧げる。
2008年12月 小尾美千代
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