20世紀には国際社会のあらゆる面で、それまでは考えられなかったような大きな変革があった。人権の国際的保護もそのひとつである。本書で論じられるように、人間の尊厳や権利については古代より考察の対象とはなってきたし、近代市民革命の後、最も重要な社会機能のひとつとされ、各国の憲法や人権宣言によってその確保が目指されてきた。しかし、20世紀に至り、人権の保護がある程度実現されてみると、たとえば南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)やナチスドイツによるホロコーストに見られたように、最も強力な人権侵害が国家によって(さらには法律によって合法的に)なされる事例もあり、個々の国家だけでは充分な保護がなされないことがはっきりしてきた。したがって、第二次大戦後に国連が活動を開始するようになると、まず、人権の国際的保護の動きが活発におこなわれることになった。
「人権委員会」の設置や「世界人権宣言」の採択がそうである。20世紀から21世紀にかけては、個々の具体的権利に関する諸条約がいくつも採択され、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約など、多くの条約が国際法として機能するようになっている。同時に、国際法としてのみならず、たとえば人種差別撤廃条約については、それに基づく国内立法措置を講じていない日本において外国人差別と考えられる事件が起こった際に、いくつかの国内裁判所がこの条約の趣旨をふまえて救済を与えた事例があるなど、国内法としても役割を果たしている。
国連の報告書において、人権保護がほかの国連の機能のすべての基礎となることが明記されるようになり、たとえば、アナン国連事務総長は、1997年の国連改革案において、人権を、平和・安全保障、経済社会問題、開発協力、人道問題とともに、国連の中核的任務としたが、とくに人権については、それらすべての分野に関係する「cuttingacross(分野横断的)」なものと位置づけた。21世紀に至って、2002年7月には国際刑事裁判所(ICC)規程が発効し、日本も07年10月に当事国となった。06年6月に「人権委員会」は国連総会の下の「人権理事会」へと発展し、翌07年6月にはすべての国連加盟国における人権状況を定期的に審査する手続(普遍的定期審査: UPR)も新設され、08年から実施されている。同年6月12日には、理事国である日本についてのUPR報告書が人権理事会で採択された。また、同じく2008年10月に、自由権規約に基づく規約人権委員会は、10年ぶりの日本政府報告書の審査のなかで、死刑制度の廃止や刑事手続きの透明性向上を求める内容を含む勧告を出している。
本書は、すべての人(世界のすべての人という地理的・水平的広がりとまだ生まれていない将来世代の人という時間的・垂直的広がりを含む立体的概念)が生まれながらに有し、譲り渡すこともできず、奪われることもあってはならない基本的権利と自由を国際法の視点からひと通り整理したものである。すべての人が持っている法的権利である人権を実現し保護するために国際社会はどのような法的制度と手続を備えているのかについて、それぞれの分野を専門とする各担当者が、正確さを保ちつつも初心者にも理解し易いようにていねいに、情熱を込めて執筆している。
本書の構成は、第1部では、すべての人のための国際的な人権保護のメカニズムを歴史、国連システム、普遍的(世界的)人権条約、各地域の人権諸条約の各視点からひと通り整理し、第2部では、人権の具体的内容を、「女性」、「子ども」、「労働者」、「難民」、「先住民族」という代表的な各主体ごとに、また「開発と人権」という国際社会における困難な問題をいかにして両立(融合)させるかについて、それぞれ論点を分かり易く解説している。したがって、ひとまず国際人権法の内容(実体法)を具体的に知りたい場合や、大学等における授業での本書の使い方としては、まず第2部を先に読むという使い方も有用であろう。
世界人権宣言、国連先住民族権利宣言および発展の権利に関する宣言は全文を、人権諸条約も権利に関わる規定はすべて、巻末資料として掲載することで、国際人権法の学習用の入門としては、また、一般の読者が国際人権法の全体像を理解するためには、本書一冊で足りるように配慮した。破格の熱意で御協力頂いた専門家たる各執筆者諸氏と(株)国際書院代表取締役石井彰氏には、改めて心より深謝したい。
2009年陽春 編者
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