一九四〇年一〇月一七日 横田一太郎・清江の三男として、ニューヨーク港に向けて大西洋上を航行中の日本船舶「箱根丸」船上にて出生。
執筆者一同
横田洋三先生は、いつもお若いのでとても想像出来ないことだが、二〇一〇年一〇月一七日にめでたく古稀を迎えられた。本書は、先生の古稀をお祝いして上梓された論文集である。
横田先生は、一九六四年に国際基督教大学を卒業された後、東京大学大学院法学政治学研究科に進学され、一九六九年三月に法学博士号(東京大学)を取得された。その後、同年四月に国際基督教大学に講師として着任され、助教授、準教授を経て一九七九年に教授になられ、一九九一年には国際関係学科長として同学科の設置・発展に尽力された。その間、コロンビア大学(米国)、アデレード大学(豪州)、ミシガン大学(米国)などで客員教授として教鞭を取られた。その後、一九九五年には東京大学大学院法学政治学研究科および法学部教授として転出され、二〇〇一年には東京大学を定年退官されて中央大学法学部および大学院法務研究科教授となられた。本年三月、中央大学を定年退職されたが、現在も国連大学高等研究所客員教授を勤められている。先生は、国際基督教大学、東京大学、中央大学のいずれの大学においても、実に多くの国際法の研究者および実務家を育てられ、研究者としてのみならず教育者としてもすばらしい成果を挙げてこられた。
この間、横田先生は、内外の実務においても大変活躍されてきた。国際復興開発銀行(世界銀行)法律顧問、国連人権小委員会委員、国連人権委員会ミャンマー担当特別報告者、国連大学特別顧問、国際労働機関(ILO)条約勧告適用専門家委員会委員長、国連東ティモール重大犯罪事実調査委員会委員、国連先住民作業部会議長、スリランカ国際独立有識者グループメンバー、法務省特別顧問、(財)人権教育啓発推進センター理事長など、公職をすべて数え上げることができないほどである。また、国際法学会、世界法学会、国際人権法学会、アジア国際法学会日本協会、日本国際連合学会などの学会において理事として活躍され、現在は日本国際連合学会理事長を務めておられる。このように先生は、日本では未だ決して多くはない「研究と実務の架け橋」たる学者である。
横田先生は、キリスト者として、「自分の能力および環境は、すべて神の贈り物(ギフト)なので、自分のためだけではなく人のためにも用いるべき」というお考えをお持ちであるが、これだけのご活躍の裏には、そのような想いがあったからであろうと拝察している。先生のこのような多方面でのご活躍は、吉田茂賞、安達峰一郎賞、赤松良子賞、外務大臣表彰として評価されている。
横田先生は、国際法、国際機構論を幅広くご研究されてきた。中でも、国際機構法、国際経済法、国際人権法の分野が先生の代表的な研究分野と言えるであろう。
国際機構法の研究は、東京大学から博士号を授与された『国際公社論―会社的性格の国際組織の体系的研究』に始まり、国際組織の法主体性、国際組織の法構造、国際組織が締結する条約の効力と強制力などの組織法および作用法の法理論だけでなく、国連の平和維持活動(PKO)や予防外交、グローバル・ガバナンスなどの諸問題に関する政策提言まで幅広く、まさに日本における国際機構研究の第一人者である。
また、横田先生の国際機構研究が世界銀行から始まったことからもうかがえるように、世界銀行、投資紛争解決国際センター(ICSID)など国際金融機関の研究や、国際企業活動、経済開発協定、投資紛争などの国際経済法の研究も、先生の代表的研究領域の一つとなっている。
国連の人権小委員会の代理委員になられた一九八八年頃からは、国際人権基準の法的性格や国内実施の問題、国連人権諸機関の論考など、人権に関するご研究の比重が増えている。そして、繊細な対応が必要とされる従軍慰安婦問題については、国連人権小委員会の審議および国内のアジア女性基金の運営のどちらにおいても、慎重な舵取りをなされた。人権に対する篤い想い、誠実なお人柄、そして現実的なバランス感覚を総合してお持ちの横田先生だからこそ成し得たお仕事であろう。
横田先生は、国際法の教科書も数多く執筆されているが、日本における国際法の事例研究や国際判例の紹介を通しても、国際法理論の発展に大いに寄与されてきた。巻末の履歴、研究業績を見れば明らかなように、先生はまさに「研究」と「実務」のいずれにおいても日本を代表して活躍されている稀有な方である。
横田先生のお人柄が良く分かるエピソードを一つ紹介しよう。一九八一年頃、ある学部生が「国際法主体」と「国際法人格」という二つの言葉遣いの相違について横田先生に尋ねたことがあった。いつもならすぐに笑顔で答えられたであろう先生が、すぐにはお答えにならず、「あなたはどのように違うと思いますか?」と反問された。学生が「良くはわからないが、日本語の国際法の教科書には『国際法主体』という言葉が使われるが、英文の論文では『international person(国際法人)』が使われることが多いように思う」と答えると、先生は少し何かを考えるようなご様子だった。その後、一九八三年に「国際組織の法主体性」という論文を発表された。横田先生は、「初学者や学生の素朴な疑問の中に重要な問題が潜んでいることがある」とおっしゃっていたが、この質問もその一つだったのだろうか。われわれが見習うべきは、論文を書くことによって学生の素朴な疑問に答えるという研究者としての真摯な姿勢であろう。その後、中央大学における横田先生の最終講義の際、「国際法主体」と「国際法人格」に関する質疑応答が行われたことは単なる偶然だろうか。この質疑を通して、改めて先生の誠実な研究姿勢を想い出すことができた。
本書のタイトルを『人類の道しるべとしての国際法』としたのは、つねに人類愛に支えられ、人類の進むべき道を示そうとされた横田先生の姿勢に我々も触発され、今後もその方向に向かって努力してゆきたいという希望の表れからである。本書が、横田先生の学恩に少しでも報い、道しるべとなりうることができるなら望外の喜びである。今後、先生がご健康に留意されてますますご活躍され、これまで同様、私たちをご指導くださるよう、お願い申し上げる。
最後に、以前よりはるかに忙しくなった大学の雑務に追われる中、これだけの論文をお寄せくださった執筆者のお一人お一人に感謝申し上げるとともに、本書の出版を快くお引き受けいただき、われわれと同様、横田先生の大いなるファンであられる国際書院の石井彰社長の熱意に、心から御礼を申し上げたい。
二〇一一年六月
秋月弘子、中谷和弘、西海真樹
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