本書は、2010年7月29日に九州大学医学部百年講堂で開催された「グローバル化した保健と医療――アジアの発展と疾病の変化」というシンポジウムの記録です。
保健医療問題が国境を越えて拡がり、発展途上国か先進国かを問わず、一地域の人々の健康・医療・公衆衛生の問題が瞬く間に地球規模の問題へと拡大され、これらの問題について、地球規模の連携と協力なしに解決することはできない時代となりました。このような保健・医療・公衆衛生の問題は、近年、国際保健(グローバル・ヘルス)と称され、緊急に解決すべき人類共通の課題として、国連のミレニアム開発目標にも取り上げられています。国連ミレニアム開発目標は8つの目標を掲げていますが、そのうち、「乳幼児死亡率の削減」、「妊産婦の健康改善」、「HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止」と、3つの目標が保健医療問題そのものです。これに、「極度の貧困と飢餓の撲滅」、「ジェンダー平等と女性の地位向上」等、健康と切っても切れない目標を入れると、なんと、8つの目標中5つが保健医療問題です。すなわち、保健・医療の問題が、一国内、一地域内の問題にとどまらず、地球規模で解決が求められている緊急課題であることを如実に示している証です。
本書は、第1部「基調講演」、第2部「ショートスピーチ」、および第3部「パネルディスカッション」で構成されています。
国連大学の国際グローバル保健研究所(UNU-IIGH)は、このような状況のなか、2006年に国連大学とマレーシア政府との協定によって設立された研究所で、人類の健康問題に関する研究や能力開発、知識の普及を使命としています。とくに、開発途上国の人々を対象とする保健サービス政策の枠組みおよび管理活動の開発とその強化、疾病の予防と健康増進への支援に取り組んでいます。
本シンポジウムでは、この研究所の初代所長であるモハメド・サレー・モハメド・ヤシン博士を基調講演者の一人に迎えました。ヤシン氏は、マレーシア大学で副学長を務められた方ですが、微生物学・免疫学の研究者でもあり、豊富なデータに基づいて、持続可能な健康のための取り組み、特に、アジア太平洋地域における取り組みのシナリオと挑戦について紹介しています。講演のなかで、ヤシン氏は、このような取り組みにもかかわらず、増大する脆弱性に触れ、この問題の深刻さに警鐘を鳴らしています。
もう一人の基調講演者は、自治医科大学教授・世界保健機関(WHO)執行理事の尾身茂博士です。尾身氏は、慶応大学法学部卒業後に医学を修められた方で、地域医療に根ざした感染症対策の実践家としても著名です。1991年に WHOの西太平洋地域事務局(Western Pacific Regional Office)に入り、1991年から2009年まで WHO-WPROの事務局長を勤められました。ポリオ(急性灰白髄炎)撲滅を WHO目標である2000年より早く、西太平洋地域で達成したことは高く評価されています。本シンポジウムにおいても、実践的な観点から、地域における人々の生活と疾病や保健の現状に焦点を当て、グローバル・ヘルスを取り巻く社会的な問題にも視点を当てています。
さて、ここ九州の地は、2000年の九州・沖縄G8サミットにおいてグローバル・ヘルスがアジェンダとして取り挙げられたことを契機に、この問題への人々の関心も高まり、また、日本列島のなかで最もアジアに近いということもあり、アジア地域との連携と関係のなかで感染症や保健の問題へ取り組む機運が生まれつつあります。
本書の第2部「ショートスピーチ」においては、そのような観点から、九州大学の研究者と地元の看護大学の実践家から「感染予防 ――ワクチン戦略に関する提言」「B型肝炎から見たアジアとのつながり」「循環器病の予防 ――生活習慣病を中心に」「ジェンダーの視点から見た性感染症」「先進国型医療から途上国のプライマリー・ヘルスケアへ」等、特色あるスピーチが展開されています。
本書が、グローバル・ヘルスについて、医療関係者に限らず、多様な研究者、行政、 NPO、一般市民のいずれの立場の方々にも分かりやすい話題を提供し、この問題について再考の機会となることを願っています。
なお、第1部のモハメド・ヤシン氏の基調講演は英語でなされたものであり、その翻訳は、小川尚子さん(国連大学協力会職員)が担当し、翻訳の校閲は私がおこないました。
また、本書の出版に当たっては、(公財)国連大学協力会の森茜事務局長、および(株)国際書院の石井彰社長に大変ご尽力をいただきました。心より、感謝申しあげます。
編者 加来恒壽
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