本書は、2010年9月3日に東京青山の国連大学ウ・タントホールにおいて開催された「国連大学新大学院創設記念シンポジウム『サステイナビリティと平和』」(jfUNU/UNU Junior Fellows Symposium 2010)の記録です。
国連大学(United Nations University)は、1969年に当時のウ・タント国連事務総長が第24回国連総会で提案し、1973年第28回国連総会で「国連大学憲章」が採択されて実現した国連傘下の学術機関です。日本は、ウ・タント事務総長の提案趣旨に賛同し、この大学の実現を強く支持するとともに、大学設立時に、1億ドルの基金を拠出することを表明し、以後、継続的に拠出金を提供しています。
このようにして、国連大学は、1975年に東京青山に本部を設置し、以来、全世界的なネットワークによって、多彩な活動を展開してきましたが、国連大学の活動は、国連大学憲章において・学者の国際共同体・としての機能に重点が置かれたため、研究活動が中心で、正規の学生のいない大学でした。しかし、短期の研修講座を中心とする多様な人材育成コースを開設し、この25年間で、国連社会および国際社会の中核として活躍する人材を輩出してきました。
そして、2009年12月第64回国連総会において、35年ぶりに国連大学憲章が改正され、国連大学に正規の大学院学位(修士および博士)を授与する機能と権限が付与され、国連大学は、名実ともに国連の設置する大学院大学となりました。これを受けて、2010年秋に、国連大学本部にあるサステイナビリティと平和研究所に、「大学院サステイナビリティと平和研究科」が開設される運びとなったものです。
この報告書の元になったシンポジウムは、その国連大学大学院の創設を記念して開かれたシンポジウムです。
サステイナビリティという概念は、「持続可能性」と訳されますが、もともとは、地球と人類の存続に照らして、人間の活動、とくに開発や経済発展、技術開発などが、将来にわたって持続できるかどうかという観点から生まれた概念です。しかし現在では、気候変動や地球規模の生態系の変化など、地球規模の自然課題そのものさえ、人類が繰り広げる人為的な経済活動のもたらす影響として認識され、サステイナビリティの重要性が人類の共通認識となりつつあります。
国連大学の新大学院は、これらの地球規模の緊急課題を、地球変動、環境と開発、平和構築と人権など、自然科学、人文社会科学を融合させた学際的な学問として取り組み、修士および博士課程による人材育成を図る大学院として誕生しました。この地球の持続可能性について最も早く問題提起をおこなったのが、1972年にローマクラブが発表した『成長の限界』(The Limits to Growth)です。そこには、「人口増加や環境汚染等の現在の傾向が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達する。」との指摘が多様なシステムダイナミズムの手法に基づく詳細なデータによって明らかにされています。
このサステイナビリティという概念を生み出し、資源と地球の有限性に着目した『成長の限界』を取りまとめたのが、当時マサチューセッツ工科大学の若手研究者であったデニス・メドゥズ博士を中心とした国際チームです。メドウズ博士は、現在、ニューハンプシャー大学システム政策学名誉教授であるとともにインターラクティブ・ラーニング研究所長をしておられますが、『成長の限界』公表後も継続してこの問題を追及し続け、1992年に『限界を超えて』(Beyond the Limits)、2004年に『成長の限界人類の選択』(Limits to Growth: The 30-Year Update)を出版し、約40年前に指摘した問題状況の変化とその後に起きた新たな問題へのアプローチと分析をおこなっています。
この国連大学新大学院創設記念シンポジウムでは、デニス・メドウズ博士を基調講演者に招き、『成長の限界』から約40年を経て、サステイナビリティと平和について、人類がどのような解決の道を見出すことができたのか、あるいは今後どのような道程を選ぶべきなのか、などについて、検討を加えることとしました。
メドウズ博士の講演は「『成長の限界』が平和に示唆するもの」と題しておこなわれましたが、同博士は、この本の出版にあたって、シンポジウム当日の講演記録をそのまま文章化するのではなく、この本の読者のために、博士自らがサマリーを書き下ろし、キーポイントを提示してくださいました。本書の第1部に、その英語の原文と邦訳とを収載しました。
博士のご尽力に対しまして、紙上を借りて心からお礼を申し上げます。
さて、当日のシンポジウムでは、メドウズ博士の基調講演に引き続き、「『成長の限界』が切り開いた人類の未来」と題して、パネル討議をおこないました。パネル討議では、最初に3人の専門家によって、『成長の限界』後の約40年をブレーク・スルーするようなスピーチがおこなわれました。三つのスピーチは、サステイナビリティで最も重要な課題である・エネルギーの問題・について茅陽一地球環境産業技術機構の副理事長兼研究所長から、・成長の限界と歴史的現象・について伊奈久喜日本経済新聞特別編集委員から、そして、私からは・成長の限界VS生物多様性・についてスピーチをおこないました。
本書の第2部がそれです。
最後に、国際社会で多様な活動をしている15名の若い人たちに舞台に登壇願って、3人の専門家も交え、また、時にはメドウズ博士自身も発言し、全員でディスカッションをしました。この15名の若い人たちは、いずれも、冒頭で述べた国連大学が従来開催してきた短期研修コースの修了生たちです。大学の教授や准教授として後輩指導に携わっている人もいれば、PKOなど国連の中枢機関で活躍している人もいます。母国の行政担当者もいれば、NPO活動家や弁護士もいます。
実は、このシンポジウムの当日、午前中に、この15人のメンバーだけによるクローズドセッションが開かれ、問題点の整理をおこなっておりました。パネル討議では、メンバーを代表して、望月康恵、蟹江憲史、鎗目雅の3氏によって、それぞれ、国際法と平和、環境保護、サステイナビリティ学の観点から、整理した問題点について発表していただきました。
こうしてパネル討議では、国際的かつ多様な職業から得られた現場感覚に飛んだ議論が展開され、サステイナビリティと平和の問題が具体性をもって議論されました。そこで、本書の発行にあたっては、この部分を「第3部サステイナビリティと平和」としてまとめました。
国連大学大学院サステイナビリティと平和研究科の創設にあたって、『成長の限界』の提唱者メドウズ氏を基調講演者として招くことができたこと、この大学院の前身とも言える国連大学の短期研修コースの修了生たちの国連と国際社会の現場経験からもたらされた知見によるディスカッションを得たことは、この大学院の今後の進むべき方向に大きな示唆を与えてくれたものと、心より感謝いたします。
本書が、サステイナビリティと平和の問題について、研究者、企業、行政、NPO、一般市民のいずれの立場の方々にも分かりやすい話題を提供し、地球と人類の未来を考える上で再考の機会となることを願っています。
なお、第1部基調講演のデニス・メドウズ博士の実際の講演は英語でなされたものであり、その翻訳は、小川尚子さん((公財)国連大学協力会職員)が担当し、専門的立場からスピーカーの一人である鎗目雅准教授(東京大学)が翻訳の校閲をおこないました。
また、本書の出版にあたっては、(公財)国連大学協力会の森茜事務局長および(株)国際書院の石井彰社長に大変ご尽力をいただきました。心より感謝いたします。
編者代表 武内和彦
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