1956年12月18日、ニューヨークの国際連合(国連)本部は凍てつく寒さのなかにあったという。日本が80番目の国連加盟国として承認されたその日から50年余の歳月が流れた。重光葵外相の総会演説や国連本部前の国旗掲揚の様子は、なじみのある場面となって語り継がれ、日本は戦後の国際関係の鏡ともいえる国連と半世紀を超えて歴史を共有するに至っている。
加盟55年目という時期的に区切りとなる2011年を迎えて、日本国際連合学会は、創設以来はじめて、「日本と国連」というテーマに光をあてて『国連研究』を世に問うことになった。国連研究は国連システムの組織と制度や国連の諸活動を対象としてなされることが多い。また、近年は「三つの国連論」も議論され、国連は国家だけの組織体ではなく多主体が集まる場であることへの着目もなされている。そうしたなかで、国連を構成するのが主権国家であり国連が国際関係の縮図でもある以上、国連と加盟国との関係についての研究は重要である。本学会として、節目の年に日本と国連の関係を整理・分析し、今後を展望して、国連研究にひとつの道しるべを置きたいと考えた。本特集での議論は、多元的な視点と多様な学問領域、学会内外の研究者と実務経験者の立場から展開される点に特色をもつ。本号を『日本と国連――多元的視点からの再考』と名づけた所以である。そこで提示される多様な見方・考え方が今後の真摯な議論につながり、学会活動がより活発におこなわれて、日本国際連合学会が日本と国際社会に対してその社会的使命を果たすことができることを願う。
本号は、二部からなる特集セクションに続いて、政策レビュー、独立論文、書評、国連システム学術評議会(ACUNS)報告を含む本学会紹介の5セクションから構成される。各セクションの概要を以下に紹介する。
特集は二部構成となっており、第1部は次の3本の論文から構成される。
西海論文「持続可能な開発の文化的側面――国連システムにおけるその展開と日本の課題」は、地球環境問題における包括的かつ未来志向的なルールの構築に寄与した「持続可能な開発」概念のもつ文化的側面に着目し、環境と開発の両立だけではない同概念の持つ文化多様性という含意について、主に国連システムにおける概念の提唱・展開過程を中心として、国際法の領域から考察する論稿である。文化多様性に密接にかかわる概念として、多文化主義と文化権をとりあげ、その関係を具体的な地球環境保全条約の事例をもとに論じるとともに、国連での議論と日本との関連性にも言及し、日本社会の課題として少数者の文化権を尊重する多文化共生社会への脱皮を指摘する。「持続可能な開発」概念の提示から25年、国連環境開発会議から20年がたった今、「持続可能な開発」概念のもつ文化的意味に新たに光をあてる本論文の視点は貴重であり、同分野での日本の国連政策を問い直す好機をも提供している。
河辺論文「国連中心主義――提唱から破綻へ」は、日本政府が提唱してきた国連中心主義の出自を明らかにするとともに、それが、冷戦からその終結に至るまで、歴代政府の異なる思惑のなかでどのように政治利用されてきたかを日米安保条約との関係から解き明かそうと努めている。そして、イラク戦争における米国の武力行使は国連憲章に法的根拠を求めることができず、そのため国連憲章に法的根拠を求めてきた日米安保条約が危機に陥るなかで、国連中心主義自体が批判の対象へと変化したと説明する。こうした言説の変遷を追うなかで、日本の国連政策に対する政治学者とマスコミの役割に言及し、国連政策を検証する姿勢が欠落してきたことを指摘している。学会の外から独特の視点と立場に基づいて議論する河辺論稿が、多元的視点から日本と国連の関係を問い直す際の前向きな議論につながることを願う。
横山論文「国際公務員のキャリア研究日本人志望者へのキャリアデザイン」は、これまで日本の国連研究で手薄であった国際公務員のキャリア形成に焦点を当て、日本人の国際公務員にどのような特徴が認められるのかを論じている。前半部分は国際公務員の採用方法や給与・昇進、福利厚生に関する記述だが、後半部分では、インタビュー結果に基づいて日本人職員の特質が明らかにされ、キャリア形成における外国人職員との違いが述べられる。国際公務員という特殊な職業の実像を理解するうえで有益な情報が提供されているとともに、その職を目指す日本の若い人たちにとって貴重な助言が示されている。「日本と国連」というテーマに、国連で働く人間の視点から切り込んだ論稿である。
第2部は3本の報告によって構成される。これらは2011年12月16日から17日の2日間、大阪大学において開催された第11回「国連システムに関する東アジア・セミナー」の第2セッション(「韓国、日本、中国の国連政策」)での報告がもととなっている。このセミナーは、従来、日本国際連合学会(JAUNS)と韓国国連システム学術評議会(KACUNS)による「日韓セミナー」として開催されてきたが、2011年からは中国の国連研究者グループである中国国連研究アカデミックネット(CANUNS)も加え、セミナーの名称も改称して開催されたものである。今号のテーマが日本と国連の関係を多元的な視点から捉え直すものであることから、韓国と中国という東アジア2カ国の国連政策観は日本の国連政策を考えるうえで貴重な資料を提供するものと考え、日本からの報告とともに本号に掲載することとした。各報告の概要を短く紹介する。
高麗大学の姜聲鶴(Sung-Hack Kang)教授による "UN Policy of South Korea: To Be or Not to Be?" は、韓国がこれまでの20年間にわたり国連でどのような働きをしてきたかを総括したうえで、国際の平和および安全の分野では十分な役割を果たしてこなかったと論じている。そこには、韓国にとっての最大関心事である朝鮮半島の統一問題と北朝鮮の核問題が絡んでいるのだが、韓国がこれらの問題を国連の場で議題設定してこられなかったことの要因分析をおこなうとともに、これら二つの問題を国連の場で解決できないのは国連がもつ矛盾した性格にある、と学術の立場から批判的な考察を展開している。
次に中国国連研究アカデミックネットのコーディネーターである張小安(Zhang Xiaoan)氏による "China's UN Diplomacy" は、中国の国連政策が自国の外交政策の一部であり、それが国際政治の変容とともにどのように移り変わってきたかを三つの時代(1971年の国連代表権交代~改革開放の始まる1978年、1978年~冷戦が終結する1990年、1990年代~現在)に分けて整理し、国連のさまざまな分野において中国がどのような役割を担ってきたかを報告している。今日、新興国として政治的にも経済的にも重要な存在となった中国が、どのような外交を国連の場で展開しようとしているのかを知るうえで興味深い。
最後に、外務省総合外交政策局局長である鶴岡公二氏の "Japan's United Nations Diplomacy Today" は、国連が普遍的な組織にまで発展してきたにもかかわらず、いまだに大きな問題をいくつも抱えており、急速に変容しつつある今日の世界でそのような諸問題を解決するには、国連の場での意思決定過程に多くの加盟国がかかわることが必要であると説く。鶴岡氏は、国連憲章前文の精神に立ち返りながら「人間の安全保障」を推進すること、そのためには「法の支配」が必要とされること、さらに国連の正統性と実効性を高めるために「安全保障理事会改革」が必要であることを述べるとともに、これら3点に対する日中韓の東アジア3カ国の協力が国連の活性化にもつながると論じている。
2011年は日本にとって国連加盟55周年という一つの区切りの年であったが、韓国にとっては加盟20周年、中国の国連代表権が代わってから40年目という節目の年でもあった。そのような年に報告された3カ国の研究者と実務家による国連政策分析を掲載できたことは、将来を展望し、あるいは将来から現在を振り返る際に貴重な意味をもつものと考える。
続く「政策レビュー」セクションに掲載される敦賀論文は、「平和構築分野における国際社会の関与と文民能力―『ゲエノ報告書』の意義と課題」である。2011年1月に、国連事務総長に提出された「紛争直後における文民能力」報告書(議長の名前をとってゲエノ報告書と呼ばれる)は、平和維持活動(PKO)や平和構築活動において需要が高まりつつある文民部門の能力の構築や提供等について、国連に対して実現可能性を見据えた解決策を提示した。敦賀論文は同報告書の現在における重要性を指摘し、その特徴と課題を論じつつ、報告書の分析をもとに、日本がおこなうべき貢献として、文民の派遣、国際機関での日本人のプレゼンス、長期的な人材育成の諸点から提言をおこなっている。今号の特集テーマとも関連する議論である。実務と学術の場を回転ドアを通って行き来してきた筆者の論稿には、研究者と実務家が国連に対する、また国連における政策の問い直しや提言をおこなうセクションとしての「政策レビュー」の意味が表れている。
本号は、「独立論文」セクションに2本の論稿を掲載した。坂根論文「国連 PKO の財政支出構造と政府・企業からの調達」は、国連の主要な活動であり国連の財政全体にとってもきわめて重要な PKO の財政支出の構造を、とくに PKO に関する政府と企業からの調達と支払いにおけるメカニズムと特徴に着目して論じ、課題を提示している。政府と企業からの調達をそれぞれ論じることを通して、調達に関する両者の共通性と相違がより具体的に明らかにされ、PKO の財政支出・調達についてより一層の効率性、求められる量と質の確保、さらには透明性の向上の必要性が提示される。国連 PKO に対する行財政研究という、先行研究もいまだ少ない領域に挑んで緻密な実証的分析をおこなっている点が着目される論稿である。
政所論文「国連における『保護する責任』概念の展開―リビア危機への適用をめぐって」は、保護する責任が国連加盟国間でどのように理解されどのように実施されようとしているのかを明らかにすることを目的として、国際社会における保護する責任概念の機能と意義を探る論文である。国際社会で受け入れられた保護する責任概念の合意内容を丁寧に整理したうえで、とくにリビア危機への対応に着目し、この概念が加盟国の認識や行動の指針として作用しつつある状況を検討しながら、論点は保護する責任概念を用いるべきか否かではなく、どのように用いるかにあると指摘する。政所論文からは、リビア危機への国際社会の対応を試金石として、国際社会が一般の人々を保護する目的で強制的な措置を用いることができるようになるのかという、国連の機能や権限に通じる議論へと発展する可能性が推察できる。
続いて、書評セクションでは、6本の書評を掲載した。清水奈名子著『冷戦後の国連安全保障体制と文民の保護―多主体間主義による規範的秩序の模索』は、冷戦後の国連安全保障理事会を中心とする一連の対応について、文民の保護という視点から分析する。その分析を通じて、国連では多主体間主義による文民の保護をめぐる規範意識の涵養がみられながらも、保護の具体的実施はいまだに困難な課題であることを論証しており、同書に対しては山田会員による国連研究のあり方に関わる示唆を込めた紹介がなされている。次に福島安紀子著『人間の安全保障―グローバル化する多様な脅威と政策フレームワーク』は、人間の安全保障概念の歴史的展開や解釈の変遷、諸アクターによる政策的議論の相違を取り上げながら、日本政府の人間の安全保障政策についても論じている。これについては人間の安全保障分野に深い知見を有する栗栖会員が、課題を指摘しながらも同書の価値を高く評価している。次に上村雄彦著『グローバル・タックスの可能性持続可能な福祉社会のガヴァナンスをめざして』では、功刀会員が「国際連帯税東京シンポジウム」に出席して得た知見を交えて、最近の国際情勢とともにグローバル・ガヴァナンスの視座から、同書がもつ意義と課題を紹介している。そして論文集として編まれた柘山堯司編著『集団安全保障の本質』は、同分野を専門とする小森会員が、各章の論文を丁寧に取り上げて評している。また、本号では洋書も2冊取り上げた。まず、ONUMA Yasuaki, A Transcivilizational Perspective on International Law: Questioning Prevalent Cognitive Frameworks in the Emerging Multi-Polar and Multi-Civilizational World of the Twenty-First Centuryは、文際的視点から国際法や国際社会のあり方を論じたものであるが、同書に対しては、国際法学と国際関係論の両分野に詳しい竹内会員が、見事な整理によって同書の要点を描き出している。もう1冊は、Thomas G. Weiss and Ramesh Thakur, Global Governance and the UN: An Unfinished Journeyである。同書に対しては、地球環境問題をグローバル・ガヴァナンスの視座から研究している太田会員が、国際安全保障や人権、開発にまたがる広範な内容を丁寧にまとめて評している。今号では和書4冊、洋書2冊と、いずれも異なる専門分野の会員による多大な尽力の結果、充実した書評セクションが完成するに至った。
『国連研究』の最後のセクションでは、日本国際連合学会の紹介をおこなうことを恒例としている。そこでは、近年、国連システム学術評議会(ACUNS)の年次会合参加報告を掲載して国際的な学会活動の情報を本学会員に提供しており、今号でも、庄司会員が、2011年6月2日から4日にかけて "Multiple Multilateralisms" (多様な多元主義)を共通テーマとしてカナダのウィルフリッド・ローリエ大学(Wilfrid Laurier University)で開催された第24回年次会合の概要を内容豊かに紹介している。その後に、本学会の規約と役員名簿を掲載して、学会紹介とした。
本誌を含む13冊の『国連研究』は、それぞれに特集テーマを掲げて編纂されてきた。本号は、日本と国連の関係を多元的に捉え直す目的のもとに、日本と学会の内外において研究と実務の多様な領域で活動する人々が独自のアプローチから議論する場となっている。分析方法や見解の違いを乗り越えて考えを出し合い受けとめ合って議論する文化が本学会にあることを誇りとして、13号を上梓することとする。
2012年3月
編集委員会主任 大泉敬子
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