まとめにかえて ――シンポジウム 持続可能性とリスクマネジメント』を聴いて ……武内和彦
本書は、2011年11月26日に、国連大学、横浜国立大学および(公財)国連大学協力会の共催によって、横浜国立大学の教育文化ホールにおいておこなわれたシンポジウム『持続可能性とリスクマネジメント――地球環境・防災を融合したアプローチ』の記録です。
2011年3月11日、東日本大震災では、巨大津波災害によって沿岸の都市・地域や多くの施設が甚大な被害を受けました。生物多様性喪失による生態系機能の低下により、こうした地震災害に対する脆弱性や、気候変動に伴う異常気象の顕在化による災害リスクの増大など、数々の憂慮される点が指摘されています。このような地球環境問題の深刻化する中、本シンポジウムでは、<環境・防災をトータルに考えたこれからの持続可能なリスクマネジメント>をテーマとして取り上げ、この地球規模課題解決への視点を探ろうという試みのもとに開かれることとなりました。
災害リスクの高まりを十分踏まえ、これまでの「リスクを抑え込む考え方」から、リスクをある程度許容し環境と防災を融合したアプローチをおこなうことによって、「リスクと共存する考え方」へとパラダイムをシフトするとともに、人口減少・超高齢化、グローバル経済の進展をも考慮しつつ、生態系が持っている多機能性や回復力を生かすリスクマネジメントの方向性と課題について考えました。
本シンポジウムでは、基調講演・基調報告、そして特別講演において基本的な考え方を提示した上で、生態系の荒廃が進み、200年に一度の大地震が予測される神奈川流域圏での具体例を取り上げて、その実体と現在実施されている先駆的取り組みに迫りました。また、当日のパネル・ディスカッションでは、横浜国立大学で開発した双方向ハイビジョン遠隔教育システム(Interactive Multimedia Education System)を使って、横浜国立大学「グローバルCOEプログラム『アジア視点の国際生態リスクマネジメント』」および「リスク共生型環境再生リーダー育成プログラム」の協力校であるマレーシアやフィリピンの大学と中継を結び、国際的視野からの議論も深めました。
本書が、地球科学、生態学、経済学などの多角的観点から最新の問題および対応策を提起し、研究者、行政、企業、一般市民のいずれの立場の方々にも分かりやすい話題を提供し、近い将来起こりうる予測し難い未知の災害に対するレジリエントな対応についての再考の一助となることを祈念します。
なお、第1部基調講演のスリカーンタ・ヘーラト博士の講演は英語でなされたものであり、その翻訳は、小川尚子さん((公財)国連大学協力会)が担当し、専門的立場からスピーカーの一人である佐土原聡教授(横浜国立大学)が翻訳の校閲をおこないました。
また、本書の出版に当たっては、(公財)国連大学協力会の森茜事務局長および(株)国際書院の石井彰社長に大変ご尽力をいただきました。心より感謝いたします。
編者 武内和彦
佐土原聡
武内和彦
武内でございます。本来ならば、国連大学協力会の吉川先生がここで皆様にご挨拶をする予定でしたが、ご承知のように、いま吉川先生は、震災復興における科学技術の役割について、いろいろなところで重要な発言をしておられます。今日も、その関係で日本学術会議の方に行っておられまして、このシンポジウムに参加できませんでした。大変残念ですが、吉川先生が皆様にくれぐれも宜しくと言っておられましたので、そのことをまず皆さまにお伝えしたいと思います。
私は、横浜国大の鈴木学長とは学生時代からずっとお付き合いをさせていただいております。このシンポジウムは、鈴木学長に私がお会いした時に、これからは国連大学と一緒にいろいろな企画を進めたいということで始まったものです。こうしたシンポジウム以外にも、横浜にあります国連大学高等研究所で、生物多様性についてのガバナンスに関する新しい大学院プログラムが始まりましたので、その面でも、今後、連携をしていければよいと考えております。
また、国連大学本部にありますサステイナビリティと平和研究所は、まさにサステイナビリティの追求を通した平和構築を目指そうとしております。今日、講演をいたしましたスリカーンタ・へーラトには、気候・生態系変動適応科学に関する大学間ネットワーク(UN-CECAR)を担当してもらっています。お陰様で、アジアではよく知られた大学院プログラムになりました。今現在も、各地でこのプログラムを実際に運用しておりまして、先日も茨城大学に大変お世話になり、UN-CECARの会議を開催していただいたところです。
そうした試みの最中に、今回の大震災があったわけですが、改めて私たちは、長期的なリスク管理と、短期的な激甚災害をどう関連づけながら、レジリエントな社会作りを考えていくかという課題に直面していると思います。私たちの社会は、それぞれの地域では一つですから、この問題はこの問題、その問題はその問題と分けて考えるよりも、問題の性格が違うということは十分認識しつつも、長期的・短期的両面のリスク管理を考えた方が有効ではないか。特に、震災復興を考えると、膨大なお金がかかるわけで、その際に震災復興だけのためにお金を使うのではなく、むしろ、震災復興を契機に持続可能な社会を実現する方向に使っていくことがより望ましいのではないか。これは、かなり多くの人が考え始めていることではないかと思います。
先日、丸の内で企業の人たちを対象に開催しているセミナーで、震災復興に貢献され、また、日本学術会議の会長になられた大西隆先生にお話を聴くことができました。大西先生も同じことを言っておられました。さらに、被災地での高齢化の進行、産業の担い手の減少を考えると、産業社会のあり方を含む新しい社会作りに、震災復興のお金を使っていく必要があると主張しておられます。大西先生自身は、「復興街づくり会社」という、最初は復興のための費用を投入して、しかし、後には地域社会の中で自立していくような会社を作るべきだと提唱されています。これは、私は「新しいコモンズ」と呼んでいますが、異なる主体が一つの地域を作り上げることに繋がると考えています。
今日は、経済学の先生からも「今の社会がただお金の問題だけで考えると辻褄が合っているように見えるが、フットプリントから考えるととんでもない構造になっている」という話がありましたが、やはり、今は、大きくこれからの社会を見直していく大事な時期にきていると思います。それを具体的に考えるためには、何よりも学際的なアプローチが重要だと思います。自然科学と社会科学の融合という話がありましたが、文化や自然の多様性を考えると、やはり人文科学の役割が大きいと思います。そのような新しい学融合に向けての取り組みを前提に、生態系のリスク管理を考えていけばよいのではないかと思います。
私は松田先生のグローバルCOEのアドバイザーも任ぜられておりますので、その点も併せてお話をさせていただいたつもりです。今日は、最初から最後まで大変有意義な話ができて良かったと思います。これからも、横浜国立大学と国連大学が、いっしょに仕事ができれば良いと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。
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