国連研究 14 「法の支配」と国際機構 その過去・現在・未来

日本国際連合学会

国連ならびに国連と接点を有する領域における「法の支配」の創造、執行、監視などの諸活動に関する過去と現在を検証し、「法の支配」が国際機構において持つ現代的意味とその未来を探る学際的研究が編まれている。(2013.7.1)

定価 (本体3,200円 + 税)

ISBN978-4-87791-250-5 C3032 281頁

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まえがき

「法の支配」は、ヨーロッパにおいて近代主権国家の権力を抑制するものとして生み出されて以降、国家間関係においても、明文化された条約やさまざまな規範などのかたちをとって、現代に引き継がれてきた。そうした長い歴史的背景をもつ概念であるため、主権国家の形成と変遷ならびに国家間関係としての国際関係の展開の歴史とともに、「法の支配」の機能も多様化してきたと言われる。すなわち、裁判規範としての機能に限らず、広く国家の行動を制約しまたは正統化するものになってきたと議論されるのである。しかしながら、国家や社会の機能の多様化が論じられる際にも、ルールや道義的基準があってはじめて社会の秩序は保たれ、法が社会と人間の福利を保つために不可欠なものであるとする根源的な考え方は不変であった。そして、国家や国際機構といった国家的アクターに加えて、市民社会など非国家的なアクターをも含む現代の国際社会では、グローバル化が進めば進むほど、公共の利益という意味合いにおける「法の支配」はますますその重要性を高めている。このように、「法の支配」とは、絶えずその内容が問われる概念と言えよう。本学会が研究対象としている国際機構、とりわけ国際連合(国連)にあっては、多様なアクターがより集って討論し、政策を決定し、実施するという過程において「法の支配」が果たす役割は、なおのこと大きい。

むろん、「法の支配」の議論には、国内と国際の社会における権力の抑制という意味合いに対する評価に加えて、「法」を形成する主体は多くの場合国益を持つ国家であり、価値観や体制もさまざまな国家が含まれるという現実を見据えるまなざしが求められる。国連も、国際の平和と秩序を作り維持するための正統性を有した存在としておおむね認められる一方で、安全保障理事会(安保理)の意思決定手続きと決議採択に見られるように、必ずしも主権の平等と尊重が担保されていない一面を持つ。そこでの政策の作り手を見ても、主権国家として機能が脆弱な国や、また時として国連の制度とルールからはずれて行動する国もある。つまり、「法の支配」は常に共通性と公共性を持って国際秩序の正統化のために使われるとは限らない。また、学問領域における「法の支配」の位置づけの違いにも注意しなくてはならないであろう。たとえば、国際法学と国際政治学のそれぞれにおける「法の支配」の認識である。法と政治とは切り離して存在しえないという現実に、諸学問は真正面から答えてきたのであろうか。

『国連研究』第14号が特集テーマとしてとりあげる「法の支配」には、西欧近代から始まるこのような歴史的、政治的、法的、思想的また社会的な背景が潜んでいる。学際性を有し、研究者と実務家との知的協働を特徴とする本学会が、冷戦終結後のめまぐるしい時代の変化のさなかに、国際機構、とりわけ国連における「法の支配」の意義と課題に着目する学問的かつ社会的な意義はそこにある。今号では、国連に限定せず、国連と接点を有する領域にも広く検証対象を広げることを試みた。その特集のねらいを、もう少し説明しよう。

ウェストファリア以降の国際社会の歴史に対し一世紀にも満たない国連の活動のなかで、「法の支配」が重要視されてきたことは周知のことである。たとえば、人権や人道、経済や環境の分野における国際的な課題の解決に向けて採択された宣言や条約は、国際社会における指針や基準を設定し、国家に対して行動を促してきた。国連の主要機関である国際司法裁判所や、常設化された国際刑事裁判所は、国際法に基づいた紛争の解決を目指して活動を続けている。多くの国家や国連、またその他の国際機関が、「法の支配」の創造、執行、監視の領域で活動している現実が、そこには見られる。さらに注目されるのは、とくに紛争から平和への移行、すなわち紛争後の平和構築の文脈において、正義をどのように追及し、不処罰をなくして和解を進め、良き統治を実現させ、「法の支配」を社会に定着させるかということが議論されるようになっていることである。

本号は、「法の支配」を、このようにさまざまな活動を含み、個人の尊厳に価値を置いてきた社会を広義の平和へと導く基礎をなす概念として捉え、「法の支配」をめぐる諸問題を、法的視点だけでなく政治的、歴史的ならびに思想的な視点からも議論されうる広範なテーマとして設定した。追って紹介する5本の特集論文を通して、国連ならびに国連と接点を持つ領域における「法の支配」について、過去・現在・未来を射程に入れた議論が展開されることになる。執筆者には、国際法、国際政治、外交史、国際関係論、国際機構論の専門家と実務経験者を迎えることができた。読み手のみなさんには、各専門領域からなされる個別の議論に参加するとともに、それらを超えた学際的な議論をそれぞれの場でさらに発展させてくださることを期待している。

さて、『国連研究』第14号は、上に述べた特集テーマのセクションに続いて、政策レビュー、書評論文、書評、日本国際連合学会の紹介の各セクションから構成される。以下で、各セクションの概要を紹介する。

今号の特集論文は、「法の支配」を多様な側面から議論したいという上述の趣旨に呼応して、多様な学問領域から5本の論文が集まった。まず半澤論文「『嵐の前の静けさ』―沈みゆくイギリス帝国と国連: 1957-1959」は、歴史的な視点から、イギリス、アメリカ、オーストラリア、カナダの公私文書館で公開された当時の機密史料を駆使して、イギリスと国連との関係を分析するものである。同氏はこれまで他の論稿において、国連が主導した国際規範の転換が広くイギリスの世界政策全体にインパクトを与え、1960年代以降の急速な脱植民地化を決定的にしたことを、主にイギリス側の史料で検証してきた。しかし、1956年のスエズ危機以降の数年間を、国連との関連で実証的に検討した研究は不十分であったとし、今回の論稿では従来の研究が手薄であった部分に着目して、各国の史料から国際関係を多角的に解きほぐし、規範形成のプロセスの一端に光をあてようとした。筆者の言葉を借りれば、国際規範や「法の支配」は、一片の決議で一夜にして成立するものではない。そのため、歴史学あるいは外交史研究のアプローチから、国連と各国との関係を分析する同氏の手法は、「法の支配」がいかにして形成されてきたのかを明らかにするうえで有用であろう。この点で、本論文は国連研究の発展にとっても重要な視座を提供するものである。

次に滝澤論文「難民と国内避難民の保護をめぐる潮流―法の支配の観点から」は、難民と国内避難民の保護をめぐる国際的な規範の展開をレジームの発展として捉え、「法の支配」の環境形成が進みつつある現象を明らかにする。とくに難民レジームに対しては、人権、人道、開発、安全保障などの各種レジームが絡み合い、「複合的難民レジーム」ができつつあると指摘し、そのなかで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が果たしてきた役割を、歴史的な展開も踏まえて論じている。本論文は、UNHCRにおいて豊富な経験を有する筆者が、難民・国内避難民の保護をめぐって「法の支配」の観点から分析した包括的な論稿であり、理論と実践の両面にまたがって有益な視座を与えてくれる内容である。

藤重論文「国連警察の役割と『法の支配』―平和維持的任務から平和構築的任務への連続性」は、国連による平和活動の文脈で展開する警察要員に着目し、警察活動と「法の支配」との連関性を指摘するとともに、国連警察の性質がいかに変遷を遂げてきたかを明らかにする。そのうえで、国連警察の役割を平和維持的任務と平和構築的任務に分けて考察し、両方の任務の連続性によって、内戦後の国々における「法の支配」の確立を支援してきたことを、現在抱えている課題とともに論じている。今号の特集における「法の支配」の議論のなかで、法執行を担う警察に焦点をあて、とくに平和維持と平和構築の現場における役割を考察したことは、特集の問題意識に応えたものであり、国連研究の発展にとっても意義のある内容といえる。

石塚論文「ICJの選択条項制度の現状と展望―国際社会における『法の支配』の観点から」は、国際司法裁判所(ICJ)の選択条項制度に焦点をあて、同制度がいかに発展し、各国に利用されてきたのかを明らかにしたうえで、豊富な裁判事例をもとにICJの司法判断を検討した論稿である。選択条項制度は、常設国際司法裁判所(PCIJ)設立時に国際社会における真の意味での「法の支配」への通過点となるべきものとして導入されたものの、現在に至るまで円滑に機能しているとは言い難いという。本論文は、こうした選択条項制度にまつわる問題点を指摘しながら、同制度のあり方やICJの判断について今後の展望を論じるものであり、実効的な「法の支配」が国際社会に根付くための方策を考える貴重な視座を提供している。

最後に渡部論文「『国際機構法(Law of International Organizations)』と『国際組織法(International Institutional Law)』―国際社会における法の支配と国際機構内部における法の支配を峻別する意義」は、国際法学の理論的な側面から、国際機構法と国際組織法の峻別の意義を論じたものである。本論文では、国際機構法と国際組織法の概念をまず明らかにし、各法体系に含まれる法分野を明確にするために、国内外の豊富な文献資料を渉猟し、両法体系の外延を描き出している。それによると、国際機構法は国際組織法と国際作用法からなる法体系であるとし、最後に筆者による試論として、国際組織法体系の構造を示したうえで、国際作用法体系と合わせて出来上がる国際機構法体系は、国際社会における「法の支配」を実質化するための法分野であると結論づける。先に挙げた4つの論稿とは趣の異なる内容であるが、今号で特集した「法の支配」の議論を、国際法学の体系に照らして理論的に位置づけることを試みた貴重な論稿である。

続く政策レビューのセクションには、実務経験に基づく2本の論稿が掲載されている。一本目は、村上論文「南スーダンにおける武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)事業の進展と課題」であり、筆者は、現在国連開発計画(UNDP)南スーダン事務所において、南スーダン地域治安・小型武器管理局技術顧問として活動している。本論文は、今日に至るまでの南スーダンにおけるDDRを、南北和平合意に基づいた南部スーダンでの事業と、南スーダン独立以後の新規の事業とに分け、それぞれに対して、国内の政治的意思、DDRと治安部門改革(SSR)との連携、国際社会の関与の確保という3つの指標に沿って、評価を試みている。重要な点として、スーダン人民解放軍(SPLA)の積極的関与とその人員削減を指摘し、南スーダンにおけるDDR事業の今後に対する提言を行っている。

二本目の都築論文「S5安保理作業方法改善決議案にみる国連安保理改革の政治力学」は、国連安保理改革の論点の一つである「作業方法の改善」、特にS5(コスタリカ、ヨルダン、リヒテンシュタイン、シンガポール、スイスの5カ国グループ)による改善決議案採択に向けた2度の試みに焦点を当て、その背景、政治的意図、それに対するP5や日本を含む関係国の反応を考察し、最後に日本の安保理改革への今後の取り組みに対して提言を行っている。2009年9月から2011年8月まで、国連日本政府代表部で専門調査員として勤めた際、安保理の下部機関の一つである文書手続作業部会の担当官として働いた経験に基づく考察である。本論文は、安保理改革をめぐる各国間の政治的駆け引きのなかでこれまで着目されることが少なかったS5の動向を分析し、「理事国拡大」と「作業方法の改善」という安保理改革の2つの論点の関係性を明らかにしようとした点に特色がある。

次に、2011年に本誌の編集要領が改訂された際に新たに加えられた書評論文のセクションに、今号、はじめて1本の論稿を掲載することができた。「核兵器のない世界を目指す国際政治と国際法の接近」と題する広瀬論文は、秋山将信著『核不拡散をめぐる国際政治』と藤田久一著『核に立ち向かう国際法』の2冊を取り上げて論じ、それぞれ国際政治学と国際法学にもとづいたこれら2冊の間に、方法論の違いによる距離はあるものの、それらを架橋する「歩み寄り」と建設的な議論が成立する萌芽を見出している。

書評セクションには3本を掲載した。書評の対象となった文献は、蓮生郁代著『国連行政とアカウンタビリティーの概念―国連再生への道標』、望月康恵著『移行期正義―国際社会における正義の追求』、Ian Johnstone, The Power of Deliberation: International Law, Politics and Organizationsの3冊である。蓮生著『国連行政とアカウンタビリティーの概念』では、国連における管理型アカウンタビリティーの概念と行政監査の概念が分析されている。同書については、国連行政の現場で長い実務経験を有する久山会員が、その経験を通して個人的見解を交えながら紹介を行っている。望月著『移行期正義』は、国連による積極的な介入主義として移行期正義の問題を取り上げ、その概念の変遷を整理するとともに、その実態を分析し、さらには真実を追究する上での国際法諸原則の検討を行っている。これには清水会員による丁寧な紹介がなされている。洋書文献として取り上げたJohnstone著のThe Power of Deliberationは、国連を中心に「審議」が行われることの意義を法的な議論に焦点を当てて論じているが、この分野に明るく、著者とも個人的交流のある松隈会員が紹介を行っている。

『国連研究』最後のセクションである日本国際連合学会の紹介コーナーでは、海外との研究交流についての情報を充実化させることを試みた。ひとつには、国連システム学術評議会(ACUNS)についてである。本学会員によるACUNS研究大会参加の報告は本誌第10号より掲載が始まったが、今回は、2012年6月13-15日に、米国のニューヨーク市立大学で開催された第25回大会(共通テーマは「新しい規範とアクター: 新しい国連?―継続性と変化」)について、勝間会員が報告を寄せている。加えて、今号では、ACUNSのエドガー(Alistair D. Edgar)事務局長による同評議会の紹介が実現した。もうひとつは、日本・韓国・中国の研究者による東アジア国連システム・セミナーに関してである。同セミナーの歴史的経緯の説明と、2012年12月20-21日に北京の人民外交研究所において開催された第12回東アジア国連システム・セミナーの報告を、横田洋三本学会理事長による紹介文として掲載した。これらの情報が有効に活用されて、一層の知的交流が進むことが望まれる。

以上をもって序とするが、最後に、今回の特集テーマである「法の支配」に近い内容を持つ既刊の『国連研究』にも触れておこう。『国連研究』第9号「国連憲章体制への挑戦」と第11号「新たな地球規範と国連」である。第9号の問題意識は、主権平等、武力不行使、民主主義といった国連がよって立つ基本原則のゆらぎを国際社会における「法の支配」のゆらぎとして捉え、それは国連憲章体制への挑戦でもあるとして、国連や国際法、加盟国はどのように考え、対応しているのかという点に着目して編まれた。第11号は、「新たな地球規範」をHumane Orderを志向する規範として捉え、地球社会における規範創造の場として国連が持つ役割を評価し、保護する責任や人間の安全保障などを国連の規範創造活動として議論するものであった。これらに対して、第14号は、「法の支配」という点では第9号と共通するが、考察対象を国連憲章体制に限定していない。第11号との関係では、国連の規範創造という視点だけでなく、国連による規範執行や規範監視の視点もとり入れている。こうした点に本号の特徴がある。あわせてお手にとっていただくことで、「法の支配」が国際機構において持つ現代的意義と課題を探る「終わりなき知の旅」が静かに広まり続くことを願っている。

2013年3月 編集委員会

(大平剛、二村まどか、望月康恵、山本慎一、文責: 大泉敬子)

あとがき

編集後記

新体制での編集委員会が『国連研究』の編集を引き継いでから、足掛け4年がたちました。5人での共同作業は、12号(『安全保障をめぐる地域と国連』)、13号(『日本と国連: 多元的視点からの再考』)、そして本14号と、3号にわたって皆さんのお手元に届けられたことになります。その現体制での最終号となる14号は、国際機構研究にとって根源的問題のひとつであり、古くて新しい概念である「法の支配」をテーマとして、学際性豊かな本学会らしく、諸学問領域からの論考を掲載することができました。政策レビューにも若き方々から実務経験に根差した分析と提言が寄せられましたし、書評には洋書を含む3本を取り上げることができました。恒例の国連システム学術評議会(ACUNS)研究大会への参加報告もご覧いただけます。加えて、本体制のもとで初となる2つの試みを実現できたこともうれしいことでした。ひとつは書評論文の掲載です。同セクションは、2011年に改訂した編集要領に新規に盛り込まれました。もうひとつは、学会紹介セクションの充実化です。東アジア国連システム・セミナーならびにACUNSの紹介を通して、会員のみなさんが海外との研究交流により一層の関心を持ってくださることを願います。

14号に論考をお寄せくださった執筆者の皆さん、査読に貴重な時間を使ってくださった方々、試行錯誤の編集委員会に最大限の協力体制で臨み続けてくださった国際書院の石井社長に、感謝いたします。そして、時として厳しい編集作業を、すばらしいチームワークで乗り切ってきた4人の仲間たちを誇りに思います。

(編集主任: 大泉敬子津田塾大学)

今号では書評セクションを担当しました。書評論文を1本掲載することができて、とても喜んでいます。第9号でも一度、書評論文は掲載されていますが、今後、独立した書評論文セクションという形式が踏襲されていって欲しいと思っています。春の嵐で黄砂とpm2.5が到来している北九州より。

(大平剛北九州市立大学)

政策レビューを担当させていただきました。大変意欲的な原稿と出会うことができました。編集作業を通して、多くのことを学び、勉強をさせていただいたことに感謝します。

(二村まどか国連大学)

特集論文の担当は、「法の支配」が、歴史的に、様々な社会や制度そして人々に与えてきた意義や課題を再考する機会となりました。本号をもって編集委員の任を終了しますが、論文を投稿してくださいました皆様をはじめ、多くの方にお世話になりました。ありがとうございました。また編集委員の皆さまとの交わりと編集主任の温かいご配慮に心より感謝します。有意義な時間を共有できたことは人生の財産です。

(望月康恵関西学院大学)

今号では初めて特集論文に携わる機会を与えていただきました。入稿締切まで気が抜けない状況が続きましたが、大泉編集主任と望月編集委員のお力添えもあり、そして執筆者の皆さまのご協力により、無事に刊行に至って安堵しています。また、お名前を挙げることはできませんが匿名の査読者の方々も、丁寧な査読を通じて『国連研究』の質の向上に貢献してくださいました。関係したすべての皆さまに、この場を借りてあらためて感謝申し上げます。

(山本慎一香川大学)

『国連研究』が本学会と社会との知的懸け橋であり続けることを祈って…

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