グローバルな脅威が拡散し多様化するスピードに、効果的に対処するための制度を再構築するスピードが追いついておらず、効果的なグローバル・ガヴァナンスへの需要は常に供給を上回っている、と米国外交問題評議会のスチュワート・パトリック(StewartPatrick)は指摘する(スチュワート・パトリック、「多極化したGXの世界―国連後のグローバル統治」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2014年 No.3、53-67頁)。
国際協調の必要性がますます高まっているにもかかわらず、国連をはじめとするフォーマルな場での問題解決が遅々として進まず、解決を模索するアクターたちは多彩なインフォーマルな場においても国際協調をおこなうようなっていると彼は言う。そのような場ではアジェンダが細分化され、今後は「レジーム複合体」による相互補完的な活動によって効果的な対応がなされていくと予想する。国連の正統性が希薄化する中、海洋、宇宙空間、サイバー空間に代表されるグローバル公共財の領域でまともな制度的メカニズムが存在せず、需給ギャップが最も大きくなっているとも指摘する。さらに、技術が進歩してできるようになったことと、国際システムが管理できている領域とのギャップも大きくなっていると論じる。
確かにパトリックが指摘するように、さまざまな領域でフォーマル、インフォーマルを問わず、次々とレジームが創出され、国家や国際機関以外にも、市民社会組織を含む非伝統的なアクターが問題解決に関わるようになっている。いわゆるマルチステークホルダー・アプローチである。多様な利害関係者がプロセスに参画することは政策決定過程の民主化を意味するが、それが効率的かというと必ずしもそうとは言えまい。さまざまな利害が衝突することで、かえって政策決定が困難に陥る状況も生まれることから、そのような場に期待することは楽観的なのではないだろうか。新しい脅威に対して、国連という組織が硬直化していてなかなか対応できないというのはそうかもしれない。そうであるからといって、国連の正統性が希薄化したと、はたして言えるのだろうか。
本号の特集テーマは「グローバル・コモンズと国連」である。「グローバル・コモンズ」とは何かの詳細については、以下の特集セクションの紹介部分ならびに本文に譲ることとするが、安全保障環境で使用される場合よりも、より広くこの概念を捉えて編集を試みたことをまずはお伝えしておきたい。
それでは、まずは特集論文セクションの紹介から始めよう。グローバル・コモンズとは、ギャレット・ハーディン(GarrettHardin)の「共有地の悲劇」(The Tragedy of theCommons)で知られるように、特定の国家領域に属さない地球共有財に言及する際に用いられる用語であり、共有資源等とも訳される。では、人類にとっての共有資源とは何であろうか。従来それは地球環境、殊に公海、南極、大気圏について用いられることが多かった。本号の特集テーマである「グローバル・コモンズ」では、単にこのような地球環境だけを地球共有財(共有資源)として捉えるだけではなく、人々の安心・安全確保の目的を含めて国際社会で広く共有されているルールや手続き、そして、国際社会がそれらのルールや手続きに基づいて地球規模の諸問題に取り組んでいく秩序作りの努力を指す用語として捉えている。例えば、国際経済や金融の秩序はその体系が確立されており、益々グローバル化する経済活動を支えているという点で、人類にとってのグローバル・コモンズと捉えて良いだろう。また、世界遺産・深海・宇宙といった新たな空間およびそれを維持・管理するための諸制度、普遍的人権と国際人権法秩序、核管理や紛争予防のシステム、IT関連等の人類にとって普遍的な知識等もこれに含まれるだろう。そう考えると、地球公共財と近い概念であるとともに、その維持・管理に関してはグローバル・ガバナンスと類似・近接性のある概念と理解することもできる。
特集論文では、公共圏、金融、環境、安全保障の 4つの分野から「グローバル・コモンズ」の分析が試みられ、それぞれの分野での国際的ガバナンスの在り方について議論が展開される。各分野における活動が人類の共有資源(財産)へと発展していく段階において、国連をはじめとする多様なアクター(主体)―国際機構、地域機構、国家、市民社会、企業など―はどのような活動をおこなってきたのか、あるいは今後どのような役割と課題を担うことが期待されているのか、といった点が分析されている。
以下に、掲載した 4本の論文を掲載順に紹介する。
池島論文「公共圏におけるグローバル・コモンズの安定的利用と国連の役割」は、公海、深海底、極地(南極・北極)、宇宙といった公共圏がどのように運用され、国際的なガバナンスがどのようにおこなわれてきたのかを、特に国連の役割と機能を中心に検討を加えている。国際社会には、グローバル・コモンズは誰もが継続的に自由に安定的に使用できる公共の利益であるという共通の認識はあるものの、誰がどのような方法で秩序の維持を図るかは定められておらず、それぞれの場所を管理・運用するためのルールや運用も画一的ではない。公共圏におけるグローバル・コモンズの安定的な利用のために、国連には何ができるのかと筆者は問う。加盟国が集い議論する代表的なフォーラムとしての国連の役割と課題を考える上で貴重な材料を提供している。
上村論文「グローバル金融が地球共有財となるために―タックス・ヘイブン、『ギャンブル経済』に対する処方箋 ―」は、グローバル化によってつながり合った金融は地球共有財(グローバル・コモンズ)になりうるかを問う。本来、グローバル金融はすべての人々に共有される「財」および「善」であるべきで、世の中に偏在する資金が必要とされる所に行き渡り、富の生産に役立つべきであるが、現実には、一部の人々が巨額の利益を得る「歪んだ金融」になっていると筆者は指摘する。論文では、グローバル金融の実態を概観した後、グローバル・タックスがグローバル・ガバナンスの透明化、民主化、アカウンタビリティ(説明責任)の向上に資する可能性について言及し、グローバル金融がグローバル・コモンズになるための方途を探求する。
毛利論文「グローバル気候ガバナンスを解剖する―気候正義運動からの批判―」は、先進国が気候ガバナンスを推進する際に、気候変動の解決策として、市場原理主義を導入したことによって、汚染者の不正義を正すよりも、自己利益の追求に走ったと指摘する。そして、現行の気候ガバナンスの背後には、先進国による不正義を甘受させる差別主義あるいは新植民地主義的な思考が存在すると論じる。気候正義とは何か、市民社会による気候正義運動は何を主張しているのか、その主張はロビー活動を中心とする国際環境NGOとどう異なるのか、また、国際社会は気候正義運動の要求にどのように対応してきたのか、あるいはしてこなかったのかについて考察を加えている。気候資本主義の独走を許した気候ガバナンスの在り様について強く問題提起する論考となっている。
秋山論文「グローバル・コモンズと核不拡散秩序」は、核不拡散をめぐる国際秩序の変化について論じる。筆者は、不拡散をめぐる国際秩序を「グローバル・コモンズ」と分類することの妥当性について検討した後、「グローバル・コモンズ」という概念が核不拡散の政策領域をめぐる議論にとってどの程度の有意性があり、政策推進上有用であるのかについて評価を加える。現在、核兵器・核関連技術の供給や核分裂性物質・核燃料の供給は、特定の少数の国家によって管理されているのではなく、「多極化」の時代にあると筆者は指摘する。核拡散という国際社会にとって大きな地殻変動を起こす可能性のある領域において、誰が、どのようなルールや規範に基づいて、安定的に核の秩序を維持していくのか、その方策が「グローバル・コモンズ」というレトリックの中で考察されている。
次に、独立論文の紹介をしよう。今号では独立論文のセクションに 2本の論稿を掲載した。まず高澤論文「保護する責任(R 2P)論の『第 3の潮流』―2009年以降の国連における言説を中心に」は、R 2P論に焦点を当て、国連における言説や実践の変遷をたどりながら、3つの潮流に分類して考察をおこなったものである。本論文は、第 3の潮流の存在とそれが浮上してきた過程を明らかにするため、R 2P論への関心が再燃したとされる2009年以降の国連における言説の分析を中心に据えて議論を展開している。2001年に提唱され、2005年の世界サミットで国連内でも大きく取り上げられたR 2P論だが、これまでの言説や実践から読み取れる潮流を整理するとともに、第 3の潮流として新たな視座を提供するところに、本論文の意義がある。
続く赤星論文「国際人道システムの発展と国際連合―国内避難民支援における機関間調整を事例として」は、国内避難民支援に従事する機関間の調整に着目し、その制度設計がなされた要因を解明するため、国連文書や職員らによる聞き取り調査を通じて、国家と国際機関や国際機関間で展開される政治過程を分析したものである。本論文は、国際人道システムにおける機関間調整を法的・制度的な観点から分析する従来の研究では、制度自体の解説や問題点の指摘にとどまり、制度設計の決定要因への回答が不十分であると指摘する。そこで組織論や行政学の知見を採り入れて、国際人道システムの選択肢を理論的に整理し、そのシステムの変化を政治的な観点から論じたものである。本論文によって、現在の国際人道システムの中心となるクラスター・アプローチの導入経緯が明らかになるとともに、国連諸機関の行動原理の一端が示されたといえよう。
研究ノートでは、坂本論文「サイバー攻撃に関する法的整理と対処の方向性」を掲載した。同論文は、サイバー攻撃事案を紹介しながら、その対応に焦点を当てた 3つの国際文書を手がかりに、サイバー攻撃の法的位置づけを整理した上で、サイバー攻撃の性質を捉えて対処の方向性を論じたものである。同論文において、サイバー攻撃に対しては、犯罪や安全保障の概念で捉えて対処しうることが示された。しかし、「国」という枠組みを超えうるサイバー攻撃に関しては、従来の「国」を基礎としたアプローチのみでは限界があると指摘し、国際法の自己変革的な取り組みや国連の一層のイニシアティブが求められていると結論づける。今回、独立論文と研究ノートで取り上げた上記の論稿は、いずれも特集テーマにも関連する内容であった。今号の募集要項でも示したように、R 2P論は新たな国際秩序のあり方を模索する議論であるし、国際人道システムも、人権や人道といった国際社会の重要な価値を、いかに守るかという観点から実践的に編み出され、発展したものである。その性質から「国」を基礎としたアプローチに限界があるサイバー攻撃への対処でも、サイバー空間におけるグローバルな秩序のあり方を検討することが求められている。今号の特集テーマであったグローバル・コモンズは、このように多様な観点から論じうるテーマであり、特集論文だけでなく独立論文として投稿されたこれらの論稿も併せて読むことで、国連研究の文脈におけるグローバル・コモンズ概念を理解する一助となるだろう。
続いて、書評論文のセクションでは、前号に続き 1本の論稿を掲載することができた。これは「世界銀行をめぐる 2つのNGO関係」と題して、世銀とNGOについての著作もある段会員が、松本悟・大芝亮編著『NGOから見た世界銀行』とエリック・トゥーサン著、大倉純子訳『世界銀行』という立場・主張の異なる 2冊を評したもので、世銀の実像やあるべき世銀とNGO協力への理解の多様性について論述し、情報公開等について評者の持論を展開した後、国際機関とNGOの関係一般についての指摘で結ばれている。
そして、書評セクションでは以下の 7本を掲載した。秋月弘子・中谷和弘・西海真樹編著『人類の道しるべとしての国際法』は、本学会の創設以来その発展に尽力され国際法・国際機構法の分野で幅広い活躍と優れた業績の数々を生み出してこられた横田洋三先生の古稀記念論文集であるが、これを植木会員が横田先生への思いを込めて、24編の論稿すべてに言及した上で同書の全体を評している。Sukehiro Hasegawa, Primordial Leadershipは、東ティモールで国連事務総長特別代表も務めた長谷川会員による著作であるが、これを上杉会員により「プリモーディアル・リーダーシップ―東ティモールにおける平和構築と現地主体性」という邦訳で、同書の中から同国独立後に起こった 2006年の危機とその収拾に際しての東ティモールの指導者の役割に焦点を当てて、そこから得られた教訓も含めて論評がなされている。上杉勇司・藤重博美・吉崎知典編著『平和構築における治安部門改革』については、山下会員により、紛争後の治安部門改革(SSR)についての明示的に取り上げた意義ある邦著と位置づけつつ、同書の問題意識・理論的基礎づけ・政策的視点の 3点を中心に論評がなされている。山本慎一・川口智恵・田中(坂部)有佳子編著『国際平和活動における包括的アプローチ』は、「日本型協力システムの形成過程」という副題の通り、活動内容が拡大し多数のアクターが関与するようになった 90年代以降の国際平和活動について、包括的アプローチという概念を据えて日本の取り組みを重点的に取り上げているが、これを久保田会員が、各章紹介や同書の意義・課題、そして日本の研究状況等について論じている。上野友也『戦争と人道支援』は、「戦争の被災をめぐる人道の政治」が副題になっているように、人道支援活動の政治的機能や人道支援機関の当事者性に焦点を当てた論考であるが、これに白戸氏が、国境なき医師団(MSF)での経験・具体例も紹介しつつ実務の視点を活かした論評をおこなっている。Joseph E. Stiglitz and MaryKaldor eds., The Quest for Securityは、「新たなグローバル・ガバナンスのための宣言:保護主義なしの保護」と題する国際会議で議論されたペーパーをまとめたものであるが、内田会員により、5部・15章にわたる論点を概観した上で、同書の評価に加えて、社会科学と政策との関係のあるべき姿という問題提起もなされている。ステン・アスク、アンナ・マルク=ユングクヴィウィスト編、光橋翠訳『世界平和への冒険旅行』は、功刀会員により、スウェーデン政府がダグ・ハマーショルドの生誕 100周年を記念して 2005年に編纂した評伝集の約半分の邦訳であることの紹介等の後、事務総長就任前から就任後の活躍・苦闘および殉職までに至る軌跡、国際的リーダーシップとカリスマ、そして原著や翻訳・翻訳者に至るまで論じられている。
本号でもこれまでと同様に、日本国際連合学会紹介セクションとして、国連システム学術評議会(ACUNS)報告と東アジア国連システム・セミナー報告を掲載している。ACUNS年次研究大会は 2013年 6月にスウェーデンのルンド大学で開催されたが、ACUNS理事でもある長谷川会員が報告を寄せて下さっている。長谷川報告にもあるように、ACUNSと本学会、それに韓国、中国の国連学会等が有機的につながることが期待されるが、その点で、地道に活動を続けてきた東アジア国連システム・セミナーの存在は大きいと言えよう。第 13回目を迎えた同セミナーは韓国の昌寧で開かれたが、概要については渡部会員が報告を寄せて下さっている。
冒頭で述べたように、スチュワート・パトリックは国連の正統性が希薄化したと断じ、インフォーマルなものも含め、さまざまな場での国際協調が生まれていると指摘している。しかし、実効性を重視してアジェンダを細分化したとしても、それぞれの問題が複雑に絡み合っている以上、全体を俯瞰して討議する場は不可欠なのではないだろうか。本号の特集論文ならびにその他の論稿から、パトリックの指摘する点が確認できるかもしれないが、その一方で、国連がなし得たことや国連がこれから関与できる(あるいは引き続き関与しなければならない)点も浮かび上がることだろう。
2014年3月
編集委員会
(坂根徹、滝澤美佐子、本多美樹、山本慎一、文責:大平剛)
前期体制から引き続き編集委員を務め、本号からは主任という重責を引き受けることになりました。至らぬ点があるかと思いますが、宜しくお願いします。『国連研究』は学会員限定の機関誌ではなく、広く一般にも書店を通じて販売されているものであることから、日本国際連合学会の活動を広く世に知らせる役割を持っています。このように「学会の顔」であることを意識して、今後も編集活動に勤しんでいきたいと思います。
本号も非会員の方を含め、多くの方々にご協力をいただきました。ここに厚くお礼申し上げます。とりわけ国際書院の石井さんにはいつも無理をお願いして、入稿からとても短い期間で発行をお願いしています。有り難うございます。
(大平剛北九州市立大学)
新たに編集委員会の委員となり、本号では書評論文・書評セクションを担当しました。バックナンバーを確認すると第 10号の書評 7本が最多でした。今回、書評論文 1本・書評 7本の計 8本を無事に編集できたのは、お忙しい中執筆を引き受けて頂いた評者の先生方・皆様に加えて編集主任・大平先生など関係の皆様のご協力あってのものです。この場を借りて御礼申し上げます。
(坂根徹法政大学)
新米の編集委員として御論稿から多くを学ばせていただいたことを、この場を借りて感謝します。特集テーマ「グローバル・コモンズと国連」で共有と分配という問題と向き合う諸論考から見えてくる国連の役割に、グローバルな規範の設定がありました。その規範が示す分配の在り様は正当なものかどうかは定かではないことも示唆されました。一層多様な主体間の協調と調整の場として、国際機構が役割を果たせるか今後も見守っていきたいと思います。
(滝澤美佐子桜美林大学)
2014年度より新たな編集委員会のメンバーとして編集業務に携わることになりました。本号では、大平主任の下で、滝澤委員とともに特集論文を担当いたしました。特集テーマである「グローバル・コモンズ」を、国際社会が地球規模の問題に取り組む秩序作りの努力と捉えたことから、さまざまな視点からの分析が可能となり、興味深い論文が揃いました。執筆者の先生方に感謝を申し上げたく思います。また、編集作業を通じてたくさんのことを学ぶことができました。ありがとうございました。
(本多美樹早稲田大学)
今期も引き続き『国連研究』の編集に携わる機会を与えていただきました。今号では独立論文セクションを担当いたしましたが、徐々に投稿も増えていき、セクションとして定着した印象を受けました。これも丁寧に査読をしてくださる諸先生方のご協力があって成り立つもので、心より御礼申し上げます。『国連研究』では、編集委員会が投稿者と査読者の間をつなぎながら、より良い論文に仕上がるような体制をとっていますので、今後も積極的な投稿をお待ちしています。
(山本慎一香川大学)
2014年3月
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