国際社会における法と裁判

東壽太郎・松田幹夫 編著

日本は明治初期のマリア・ルース号事件から近年の南極海捕鯨事件まで、種々の国際紛争に巻き込まれ国際裁判の当事国となった。本書は国際裁判について過去の歴史を踏まえるとともに、アップツーデートな内容で充実させることを意図した。(2014.12.1)

定価 (本体2,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-263-5 C1032 325頁

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目次

著者紹介

「国際判例研究会」メンバー

まえがき

まえがき

私どもの「国際判例研究会」の研究は、横田喜三郎先生の常設国際司法裁判所の『国際判例研究』の流れを受けて、高野雄一先生のご指導の下で、18人の当時の若手研究者が1965年に『判例研究 国際司法裁判所』を刊行したことに端を発する。1979年以降、世話役の労をとられた波多野里望氏の下で、研究会の名称を正式に「国際判例研究会」とし、『国際判例研究 領土・国境紛争』(波多野里望/筒井若水編著・東京大学出版会)、1990年の『国際判例研究 国家責任』(波多野里望/東寿太郎編著・三省堂)、1996年の『国際司法裁判所 判決と意見 第二巻』(波多野里望/尾崎重義編著・国際書院)、1999年、『判例研究 国際司法裁判所』(1965年)に手を加えたニュー・バージョン『国際司法裁判所 判決と意見 第一巻』(波多野里望/松田幹夫編著・国際書院)、2007年の『国際司法裁判所 判決と意見 第三巻』(波多野里望/広部和也編著)と数年毎に共同研究の成果を発表してきた。

『判例研究 国際司法裁判所』の刊行後、国際司法裁判所の判例の累積が緩慢であり、次の刊行のために着手する研究の素材として量的に不十分であったこと、さらに、国際仲裁裁判の研究はわが国でまとまった形で公刊されたことがないことから、仲裁裁判判例の研究を始めることになった。さらに、過去の仲裁裁判の中でも、領土・国境紛争は、事件の数、判決の重みの点で重視すべきものであり、北方領土、竹島との関連で我が国がかかえている未解決の課題でもあった。『領土・国境紛争』の刊行後も、国際司法裁判所の事件受諾件数が伸びない状況の中で、国際連合の10巻余の『国際仲裁裁判所判決集』が刊行され、仲裁裁判判例研究の便が与えられたので、私どもは『国家責任』の研究を行った。

裁判所の判例の蓄積が進まなかった原因には、新しい国連加盟国が先進国によって形成されてきた国際法に十分な信認をおくことができず、したがって法によって紛争を解決する国際裁判になじめなかったこと、また裁判官団の構成が先進国あるいは大国出身者に片寄りがちであったことが影響していた。しかし、1980年代に入って1976年のエーゲ海大陸棚事件の受諾を契機としてアフリカ諸国からの提訴が増え、裁判所に提訴し易いように制度を改変したこともあって、ここ20年近く年々数件の付託がおこなわれるようになった。私ども研究会も、1996年、1999年、2007年と判例研究書を公刊してきた。

2004年からの国際司法裁判所判例研究第四巻の準備を進めている最中に、わが国は、ミナミマグロ事件、南極海捕鯨事件への提訴を受けた。さらに、最近では、北方領土問題を巡る日ソ交渉、韓国大統領の竹島上陸、尖閣諸島の国有化、中国防空識別圏の設定という国際法上の紛争が発生した。第二次大戦終結後、日本はオーストラリアに対してアラフラ海真珠貝漁業事件を国際裁判に訴えようとする動きがあったが、時機を得なかった。その後も国際裁判の仮想相手国との裁判管轄権という困難があって、裁判に訴えようという論調は見られなかった。しかし、現在では、紛争がかなり純粋に国際法上の問題であり、裁判ではわが国に有利であるとの見方が強いため、国際裁判に付託して解決すべきではないかという期待が起こってきた。永年にわたって国際裁判の研究をしてきた私どもにとっては、裁判に訴えかねている現在の事態は特に不思議なことではない。しかし国際裁判制度の仕組み、運用の実態、判決の効果等々について理解が普及しているとはいえない現状では、裁判に訴えるか否かについて、「何故、何故」という疑問しか起きないであろう。判例研究は終りのない道であるが、今は現在の実態の中で国際裁判の枠組みを、日本を例にとりながら判り易く説くことは、この分野の研究者にとっての大事な役割であるが、と考えつつも出版までは考えつかなかった。そこに、私どもの判例集や多くの国際関係の本の出版に当たってこられた国際書院の石井彰氏から、売れる売れないを考えるよりとにかく今出版しましょうとの声をいただいた。これが本書、誕生の真相である。

研究会では、早速、横田洋三氏が山村恒雄氏の補佐を受けて、本全体の企画、構成、分担を定め、研究会の運営と本書の刊行を実行された。

編著者は、1965年から国際判例研究会で学んだ年月の重みを評価されて名をつらねたものである。

2014年9月24日

国際判例研究会メンバー 一同に代わって

東壽太郎

松田幹夫

はじめに

廣部和也

本書は、国際裁判について、分かり易く説明した一書である。国際裁判は、国際社会において国際法を基準としておこなわれる裁判である。今日の国際社会においては、国際紛争は国際法によって解決されるべきであると認識されている。紛争を解決する方法・手段は種々認められるが、裁判が最も公正で強力な方法であることは、国際社会においても国内社会(国家)と同じである。現在の国際社会にはさまざまな種類の国際裁判を見ることができるが、最も重要なのは、国際連合の一機関として設置されている国際司法裁判所でおこなわれる国際裁判である。本書は、国際司法裁判所を中心に、国際裁判の組織や機能を実際の判決例を含めながら分かり易く説明することを意図している。

本書の内容を簡単に示しておこう。

第1章は、国際裁判の基準となる国際法について、近代以降におけるその形成過程を概観しながら基本的性質や役割を取り上げている。また、現在の国際法の多くが国内法制度と深く関わっていることに鑑み、国際法と国内法の関係・調整についても説明をしている。そして、特に日本と国際法の関係について、国際法が日本の近代化に大きく関わってきたことを実例を通して解説し、現代の日本が抱える主要な国際問題を適示しつつ、日本が国際法を通して利益を受けていることが強調される。

第2章では、国際紛争と裁判の関わりを取り上げる。国際社会における国家間の紛争は多様であり、それに応じて解決方法も多種多様である。特に、重要なのは、今日の国際法の下では、国家は国際紛争を平和的に解決しなければならない義務を負っていると言うことである。かつて、国際法は、戦争を合法的なものとし、武力を用いて紛争を解決することを認めていた。国際法の古い教科書では、国際紛争の解決方法には、強力的解決方法と平和的解決方法があると述べられている。しかし、今日の国際法の下では、戦争に代表される武力行使や武力による威嚇は禁止され違法である。したがって、国際紛争の強力的解決は認められず、国家には紛争の平和的解決義務が課せられているのである。国際法の制度としての平和的解決方法にはいくつかのものが認められるが、その中でも、法的拘束力を有する最終的な解決が国際裁判である。

第3章は、国際裁判の歴史について述べている。18世紀末から19世紀において、国際紛争を解決するために専ら国際仲裁裁判が用いられた。20世紀に入って国際司法裁判が登場した。国際連盟の常設国際司法裁判所である。第二次世界大戦後、国際司法裁判所が、国際連合の主要機関の一つとして設置され、裁判と勧告的意見の作用を司っている。国際裁判をおこなうためには、国家間の合意がなければならず、その意味では、国際裁判は、基本的に任意的裁判である。つまり、裁判を受けるか否かは国家の任意である。しかし、国際裁判の進展とともに、裁判所の管轄権を強制的に生じさせる義務的裁判へ向けての努力と試みがなされてきた。また、今日の国際社会においては、国際司法裁判所以外に、機能面から、国際公務員を保護するための国際連合行政裁判所や国際労働機関行政裁判所、海洋法に関する問題を解決するための国際海洋法裁判所、そして、集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪および侵略犯罪を犯した個人の刑事責任を追求するための国際刑事裁判所が設置されている。さらに、裁判所の名前は付されていないが、世界貿易機関(WTO)には、紛争解決のためのパネルや上級委員会が設けられており、裁判と同様の機能を果たしている。以上のような一般的裁判所以外に、今日では、地域的裁判所がみられ、独特の組織体である欧州連合(EU)に欧州司法裁判所が設置され、人権を保護するための欧州人権裁判所や米州人権裁判所が設置されている。

第4章では、日本が当事国となった4件の国際裁判判決を紹介している。マリア・ルース号事件(1875年)と家屋税事件(1905年)はいずれも第一次世界大戦以前のものであるが、ミナミマグロ事件(2000年)と南極海捕鯨事件(2014年)は比較的最近の事件である。それぞれの事件ごとに、裁判に至る経緯を含めた事実、裁判の判決、主要な論点や裁判後の動きなどが述べられている。

第5章は、国際司法裁判所の機能と組織について述べている。訴訟手続きは、第6章で取り上げられるので、本章では、機能としては、紛争を悪化することを防ぐための仮保全措置について解説する。組織については、裁判所の基本的構成員である15名の裁判官の選任手続きや法的地位等について説明している。さらに、国際裁判に特有の制度である国籍裁判官・特任裁判官について述べる。また、通常の裁判手続きとは別の特別裁判部について解説する。

第6章は、国際司法裁判所における手続きとして、訴訟手続きと勧告的意見の手続きが説明される。訴訟手続きは、事件の付託、審理、判決、判決の履行の順を追って説明がなされる。特に、裁判所の管轄の問題は、国内裁判とは異なる複雑さを持っている。紛争当事国が合意をして共同付託をする場合は管轄の問題は生じないが、一方的に提訴がなされた場合は、まず、裁判所の管轄の有無が争われ、これに対する裁判所の判断が示される。管轄の存在が認められて、しかる後、紛争そのものの解決を目指す本案についての審理がなされるのである。

最後の第7章は、具体的裁判事例を扱う。対象としているのは、領土問題と海洋境界画定問題である。言うまでもなく、いずれも、日本が抱える当面の問題である。領土問題については、まず、国家が領域を取得および喪失する場合の国際法の原則を述べ、次に、領土紛争が国際裁判で扱われる場合の主要な原則を取り上げている。事例として、4件の国際判決を取り上げているが、島の帰属のみならず、国境線を争う問題も含まれている。そして、最後に、日本の2つの領土問題(北方領土問題・竹島問題・尖閣については「領土問題」は存在しないというのが、日本の公式的立場。研究会で確認)について、その内容と法的論点を示し、筆者なりの見解を述べている。海洋境界の画定問題は比較的新しい問題である。海洋法制度の出発時においては、海洋は狭い領海と広い公海と言う二分割の制度であったが、今日では、海域の区分は多元的かつ複層的に構成されており複雑である。そのため、予備知識として、海域の種類とその区分および夫々の水域に対する国家の権限を知っておく必要がある。海洋境界の区分に関する6件の国際判決を取り上げ、境界画定紛争がどのように解決されたかを示す。最後に、日本に関係する海洋境界問題を説明する。

以上のように、本書は、国際裁判の全体像を示すことを意図したものである。一書を読み通すのは簡単なことではない。しかし、日本が置かれている状況に関心を持ちながら、若干の努力をしていただければ読み通すのはそう難しいことではない。ただ、基本的には、国際裁判の全体像を把握してもらいたいと言うのが本書の目的である。したがって、その目的が達成されることが重要であり、最初から読み通さなければならないということではなく、上述の簡単な紹介を基に興味の持てる個所から読み始めることを薦めたい。

あとがき

おわりに

廣部和也

読み終わっての感想は如何であろうか。国際裁判の全貌を理解できたでしょうか。あるいは、国際裁判の一端なりとも関心を持っていただけたであろうか。法と裁判の結び付きに新しい認識を持っていただけたかもしれない。

本書は、国際裁判に関する書籍であり、国際裁判の全体像を知らせ理解してもらうことを主眼とするものである。しかし、同時に、本書の題名にもあるように、法と裁判の関わりを記述している。言うまでもなく、法と裁判は深く関わっている。法は最終的には裁判によって担保され、裁判は法を基準としておこなわれるのが、通常の姿である。このことは、国内社会でも国際社会でも異ならない。しかし、国内法における法の支配または法治主義が国際法についても同様に認められるわけではない。国内法の場合は、一般市民は法を遵守し、権力の行使もまた法に基づいておこなわれるのであり、そのことを確保するため、市民間の紛争は裁判によって解決され、権力の行使が法に基づいているかどうかは裁判所によって判断される。換言すれば、国内法においては、法と裁判は直接相互に結びついて一体として機能している。国際法についてみれば、今日の国際社会においては、国家は、自らの行動が国際法に違反していないことあるいは国際法に合致していることを強く主張し、他国に対してもそのことを求める。国際社会にも国際法に対する遵法の原則は確立している。しかし、そのことが直ちに裁判に結びつかないことは、本書の読者にはすでに理解済みであろう。国際社会では、法と裁判が直接直ちに結びつくわけではない。裁判をおこなうためには、改めて紛争当事国家間の合意が必要である。国際法の遵守という観点からは、紛争当事者の両国が自ら進んで裁判に付託する合意をするべきであろう。しかし、実際には、簡単にはいかないのが実情である。この点で、本書の読者は、実情を理解しつつ、国際裁判の強制的管轄権が普遍的となることこそが最も望ましい方向であることを認識していると思われる。

法が力を組織化したものとすれば、法は制裁を社会的に組織化したものともいえよう。国家の場合には、社会が力を独占することによって力の行使が集中され、中央執行権力による法律共同社会が国家となっているのである。国際社会がその構造において国家と異なることは言うまでもない。そうである以上、国際社会に国家と完全に同じ裁判制度を期待することはできないであろう。確かに、一般的に強制的管轄権を持った国際裁判制度が出現すれば、そのような国際社会が平和であることは間違いない。しかし、国際社会に国内社会と同様の裁判制度が出現するのは、国際社会が世界連邦・世界国家に置き換えられた場合であろう。国際社会が国家主権を有する国家で構成されている以上、国際社会における普遍的な強制的裁判管轄権は理念型ということになる。理念型と言ってしまえば、現実にはありえないということになりかねないが、現実的に考えれば、100パーセントでなくとも70パーセントあるいは80パーセントの達成があれば随分と状況は異なってこよう。さらに達成度が低くとも現在の状況よりも良いということもありえよう。つまり、さまざまな段階での把握の仕方が可能だということである。また、時として、国際社会に中央執行権力が存在しないことあるいは存在しえないことを前提とする議論がある。しかし、法の歴史は、国内法の状況において、法適用機能の集中化が法創設機能の集中化に先行する事実を示している。すなわち、裁判所の設立が立法機関の設立に先行しているのである。立法機関がなくとも法が存在しうることは説明するまでもない。

国際社会の平和・安全を考えることは、さまざまな側面・方向から取り上げることが可能であるが、法と裁判の問題はその一つの捉え方であり、最も重要なアプローチの一つである。国際紛争の解決が平和的手段によってなされることが徹底されれば、それは間違いなく平和な国際社会といえよう。換言すれば、国際社会においていかに力の行使をコントロールすることができるかということでもある。国際社会の在り方を考えることは、現在のわれわれの生活に直結する問題である。平和で安全な国際社会は、すべての人類が望むことであるが、国際法と国際裁判の有り様は、その重要な手がかりとなる。読み通していただければ分かるように、本書は、一義的には、国際社会あるいは国際関係における法と裁判の仕組みや実相を伝えようとするものであるが、随所に見られるように、同時に、国際社会において、法がどのように力を制御しようとしているかを学ぶことになるであろう。

索引

〔事項索引〕

〔事件索引〕

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