国際社会科学講義: 文明間対話の作法

武者小路公秀 著、監訳: 三橋利光・松本行広 武者小路研究会 訳

現代世界の問題群・存在論的課題の解明に向けて「螺旋的戦略」を提起する。技術官僚的パラダイム偏向を正し、形式論理学を超えた真理を求めるパラダイム間の対話、声なき声を聞きここに新しいフロンティアを拓く。(2015.1.26)

定価 (本体2,500円 + 税)

ISBN978-4-87791-264-2 C1031 386頁

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目次

著者紹介

著者紹介

武者公路公秀(むしゃこうじ・きんひで)

経歴
研究歴
教育歴
活動歴
研究業績

監訳者

三橋利光(みつはし・としみつ)
東洋英和女学院大学名誉教授(国際関係論博士)
1942年東京生まれ。
上智大学外国語学部仏語学科、東京大学教養学部教養学科仏分科卒業。上智大学大学院国際関係論研究科修士課程修了・同博士課程満期退学。その間、仏政府給費留学(3年間パリ大学IV等の博士課程)。名古屋聖霊短期大学助教授、東洋英和女学院大学国際社会学部教授、同大学大学院国際協力研究科長(2005–2006年度、2008–2010年度)を歴任。
主要業績:『メキシコ革命におけるナショナリズム』(上智大学イベロアメリカ研究所、1976年)、"Un autre aspect de la réévaluation de la sociologie d'Auguste Comte" (Société, No.38, Paris,1992, pp.359-365), 『コント思想と「ベル・エポック」のブラジル』(勁草書房、1996年)、『国際社会学の挑戦』(春風社、2008年)、『国際社会学の実践』(春風社、2011年)。
松本行広(まつもと・ゆきひろ)(第6章担当)
1993年:明治学院大学国際学部修士課程修了(国際学修士)/武者小路公秀教授ゼミ出身。
専攻はグローバルモデルへの数理応用また「Pen+:スタートレックの魅力を探る」監修等「スターフリート東京」の代表も務める随筆家(ピカーク松本としても知られる)。

訳者(分担)

福田州平(ふくだ・しゅうへい)(第1章担当)
群馬県生まれ。
現在:大阪大学グローバルコラボレーションセンター特任研究員。博士(国際学)。
主要業績:『現代文化を読み解くプラクティス』大阪大学グローバルコラボレーションセンター、2013年。「博覧会における「文明」と「野蛮」の階梯―人類館事件をめぐる清国人留学生の言説」大阪大学中国文化フォーラム編『現代中国に関する13の問い―中国地域研究講義―』大阪大学中国文化フォーラム、2013年。「現代テロリズム研究の展望」河内信幸編『グローバル・クライシス―世界化する社会的危機』風媒社、2011年。翻訳に『国連開発計画(UNDP)の歴史―国連は世界の不平等にどう立ち向かってきたか』(共訳、明石書店、2014年)。
前田幸男(まえだ・ゆきお)(第2章担当)
博士(学術/国際基督教大学)。現在、大阪経済法科大学法学部准教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。専攻:政治理論、批判的国際関係論、現代思想、人文地理学など。
主要業績:「人の移動に対するEUの規制力」、遠藤乾・鈴木一人編『EUの規制力』(日本経済評論社、2012年)。佐藤幸男、前田幸男編『世界政治を思想するI・II』(国際書院、2010年)など。
井上浩子(いのうえ・ひろこ)(第3章担当)
東北大学大学院法学研究科、早稲田大学政治学研究科などを経て、2013年オーストラリア国立大学より博士号取得。現在、日本学術振興会特別研究員PD。専攻:国際関係論。
主要業績:「国家構築と文化職変:東ティモールにおける村会議制度の構築」、平野健一郎他編、『国際文化関係史研究』(東京大学出版会、2013年)。「東ティモールの独立―トランスナショナル市民社会論を手がかりに―」、『法学』、第71巻第3号、2007年など。
山口治男(やまぐち・はるお)(第4章担当)
現在、神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程。専攻:批判的環境ガバナンス論。
主要業績:第6部「ヴァンダナ・シヴァ」、土佐弘之編『グローバル政治理論』(人文書院、2011年)。「木材」、佐藤幸男編『国際政治モノ語り』(法律文化社、2011年)など。
千葉尚子(ちば・なおこ)(第5章担当)
国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程退学(博士候補資格)。現在、国際基督教大学社会科学研究所助手・研究員。専攻:国際関係論。
主要業績:「国際社会と国際協力―開発援助という思想」、大賀哲・杉田米行編『国際社会の意義と限界』(国際書院、2008年)、「水―水との共生を求めて」、佐藤幸男編『国際政治モノ語り―グローバル政治経済学入門』(法律文化社、2011年)など。
佐藤幸男(さとう・ゆきお)(第7章担当)
1948年東京生まれ、国立大学法人富山大学名誉教授。
明治大学政治経済学部卒業、明治大学大学院政治経済学研究科修了、政治学修士、広島大学、名古屋大学をへて富山大学大学院教育学研究科教授。この間、国立大学法人富山大学理事・副学長を歴任。
主著:『相互依存の国際政治学』(共著)有信堂。『現代の国際紛争』(共著)人間の科学社。『政治のトポグラフィ』(共著)新曜社。『開発の構造』(単著)同文館。『世界政治を思想するI・II』(共編著)国際書院。『国際政治モノ語り』(編著)法律文化社。
太田昌宏(おおた・まさひろ)(第7章担当)
1984年高岡市生まれ、富山大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修士課程修了、修士(教育学)。現在、竹内プレス工業(株)勤務。

まえがき

まえがきに代えて

執筆者の独り言: 前編

1)なぜ「独り言」を言いたいのか?

国連大学(UNU)副学長、世界政治学会(IPSA)会長として書き溜めた論文を英語で出版した旧著、Global Issues and Interparadigmatic Dialogue: Essays on Multipolar Politics,(Abert Meynier, Torino, 1988)を、今日の若い社会科学研究者にも日本語で読んでいただくために、「国際社会科学講義:文明間対話の作法」という題をつけて出版する運びとなりました。訳して下さった「武者研」の皆様、特に用語の統一や註の点検をしてくださった三橋さんと松本さん、訳書の出版に踏み切った下さった国際書院の石井さんにまず、お礼の言葉をつぶやきたいと思います。

それと同時に、この旧著を日本語で、特に若い読者の皆様に読んでいただくことについて、かなり躊躇していたこと、しかしやはり読んでいただきたいという、かなり矛盾した気持ちも、呟きたい、そういう気持ちで「独り言」を言いたいのです。特に、英語版の原題、「グローバル諸課題とパラダイム間対話:多極政治に関する論考」で昔発表した諸論考を、日本語版では「国際社会科学講義:文明間対話の作法」という題で刊行する大決心をした経緯について、誰ともなくつぶやきたいのです。

英語版は、その題が示している通り、当時、まだ米ソの冷戦が終わりかけ、アジア・アフリカそして特にラテン・アメリカ諸国の中から、今日BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)と呼ばれる新興諸国が現れるなどの多極化政治が現れかけていた時代でした。この時代に国連大学や世界政治学会で、平和問題・開発問題・人権問題・環境問題などのグローバル諸課題と取り組むために、資本主義と社会主義の対立よりもはるかに複雑な南北経済格差、米欧覇権諸国という「西欧」(ウェスト)とその他大勢の「非西欧世界」(レスト)との文化摩擦という、文明間のパラダイムの間で、相互の利害と価値観の違いを超えたパラダイム間の対話を進めないと世界は持たない。

そういう気持ちでIPSAでは世界各国の政治学研究者、国連大学ではもっと広く北と南、西と東の多様な社会科学研究者の間の対話をもとにした共同研究を進めていました。そんな1980年代の旧著を出してから30年もたった2010年代の今日、社会科学研究者のみなさんに読んでもらえるだろうか、という気持ちが強かったのです。

しかし、最近では、旧著の日本語訳を是非読んでもらいたいという気持ちの方が膨れ上がっています。この書物を読んで下さる読者、もちろん私と同じ年寄りにも読んでもらいたいのですが、それよりも、1980年代の日本のバブル時代、世界が新自由主義のもとで新しいグローバル覇権体制に突き進もうとしていた危機の時代を歴史教科書の中でしか知らない若い方々に読んでいただきたい気持ちでいっぱいです。それは、30年前に始まっていた新自由主義グローバル化の経済格差・文明差別の傾向がますます進行する一方、今日、全人類が一緒にならない限り、克服できない地球上の全生命体の危機も、またそれを解決できない現状も、黙ってみていられない、というアセリの気持ちがたまりにたまっているからです。

世間では大日本帝国への回帰を夢見てヘートクライムに走るネット右翼が台頭する一方で、米国中心の軍事化が進行し、社会科学界もアメリカや西欧にばかり偏って学習されている日本でも、最近国際社会科学に対する関心が高まっているようです。しかし、この現状では、結局は米欧中心の偏ったパラダイムに寄り掛かる擬似的国際社会科学の流れが支配しそうな予感を禁じえない気持ちです。その意味で、米欧文明にも非米欧諸文明にも開かれた真に国際的な社会科学を目指して、みなさんに本書を読んでいただきたいと思います。いや、読んでもらわないといけない時代を生きているんだという、ヤヤ傲慢な自信(?!)を持っているのです。

2)技術官僚主義(テクノクラシー)についての「独り言」

まず「技術官僚主義」についての「独り言」を聴いてください。今、社会科学の研究関係のデータとしてだけでなく、市民の政治・経済問題につての判断基準としても、マスメディアで市民に提供される情報においても、科学技術専門家が作成した数値データが取り上げられています。3.11の福島第一原発爆発事件に伴う放射性物質の拡散問題に伴う放射性物質の被曝に関する数値や許容されるべき量の閾値についていろいろ問題になってきました。生態系関係では、地球の温暖化についても、また色々な世論調査や証券市場の相場の変動、数量的なデータとこれを材料にした専門家の意見が皆さんの目と耳に届けられています。そして大学では、そのようなデータの数量化を専門的に扱う学科と、数量化では表現・測定できない複雑な現実についてこれを歴史的に分析したりする学科の講義が、バラバラに並んでいます。

本書では、これら横並びに陳列されているさまざまな学問領域や社会科学方法論などについて、それが第二次大戦以後の冷戦時代にどのように作られてきたか、を経験してきた「年の功(!?)」で、その経緯について知っていることを皆さんにお伝えし、その可能性と限界について、問題を提起したいと思います。数量化による予測と計画、経済や政治がうまくいっているかどうかを判断する専門家の役割が、最近50年間に急激に増加しています。技術官僚と呼ばれる、科学技術の専門家の言うことを参考にしながら(あるいは、聞いたふりをしながらその専門家にいろいろ言わせる)政策決定を司る官僚が、今日の経済や政治を動かしているのです。

この数量化をすることで学問の進歩があった1950年代に私は大学を卒業し、研究者の道を歩き始めました。そして1970年頃に、この数量化万能主義の下でべトナム戦争などが起こって、数量化した社会科学の混迷期が始まった時代を国連大学の副学長として、あるいは世界政治学会の会長としての時期を含めて経験しています。その混迷の時代は、今日も続いているのです。このことをハッキリ認識して、新しい考え方を見つけなければいけないと自覚する研究者達と、1970年代以来沢山付き合ってきました。べトナム戦争がイヤになった米国の知識人だけでなく、米国や西欧以外の非西欧知識人の間で西欧独特の合理主義によって新しい数量化した社会科学が進められてきたことに納得できない研究者が出てきているのです。

今は、そんな対立の中で人間の知識が急速に変わってゆく、そういう大変革の時期に入っているのです。数量化に関する情報の知識が今の世界の問題の解決に役立つかどうかとは無関係に、グローバル化する社会では数量化・ディジタル化・情報化がドンドン進んでいます。今、皆さんは携帯端末を肌身離さず持ち歩いています。その基本になっているパソコン、そのまた基になっているコンピューターも当たり前に使っている専門家が社会の各所にいます。この人間が作った不思議な玩具は、私が大学を卒業してから徐々に流行していきました。私がコンピューターを使い始めた頃に、私の世代の計量政治学を始めた人達の感動に満ちたコンピューターへの期待感など、若い世代の皆さんには到底想像していただけないと思います。苦労して集めた意識調査のデータをパンチカードに打ち込み、そのカードのかなり重い束を箱詰めにして計算機センターまで運ぶ……運びながらこのカードを多変量解析にかけることで、どんな結果が出てくるか、自分が始めているささやかな研究であっても、いわゆる行動科学―日本と言うクニに民主主義を確立するための合理的・科学的な根拠となる行動政策科学を、その日本に広げる使命感―に「燃えていた」ことを思い出します。

計算機を使用したシステム分析のおかげで、日本は原子力発電を導入し、これをエネルギー源にして世界でも例を見ない工業開発に成功したのです。数量化社会とこれを支えにした情報化社会が、日本を豊なクニにすることに非常に貢献しました。成功し過ぎて1980年代のバブル経済が1990年代に破れました。また情報化が工業化を促進して、原発経済が日本列島を風靡(ふうび)しました。そのシッペガエシのように、3.11大震災と原発爆発事件が起こったのです。皆さんの世代は、このバブル時代は知らないかもしれませんが、3.11原発爆発事件を経験しました。それでも平気で情報科学のさまざまな機械に囲まれ、これを当たり前のように使っているのです。そのことを強調するのも、私の世代に情報化社会作りに参加したからです。オートメーション化、情報化の下での工業化は、大量生産・大量消費・大量廃棄の世界でした。その結果出てきたのは、環境破壊・公害問題でした。このような文明を進めてきたのは、他ならぬ技術官僚達でした。その予測と計画で巨大の富を手にしたクニの官僚と政治家、大企業中心の財界や言論界が、人類の生存を不可能にしかねない政策を一路推進する誤った道を今も歩き続けているのです。「技官」とは、元来、専門知識のある知識人の束ね役として良い意味で使われ始めた言葉だったものが、今では否定的な意味で使われることの方が多くなっています。

しかし情報化社会には、よい面もあります。最近、すでに書いたように私もフェイスブックでいろいろ議論を始めましたが、インターネットにおけるツイッターやSNSと呼ばれている社会メディアなどをかなり早くから提唱していたのは、国連大学で私が共同研究をしてその偉大な知性に圧倒されたイヴァン・イリイチでした。彼は万物を商品化している社会のかわりに、ヒトビトが人間らしくコミュニティ(共同社会)の中で競争するのではなしに平等互恵の贈与経済によって、与え合うことの楽しみをともにする饗宴社会[コンヴィヴィアル社会]を提唱し、その成立には、インターネットを使う仲良しグループができる必要があることを1970年代に提案していました。その後この考え方を実際に応用して、SNSと呼ばれる社会メディアが生まれました。そんな訳で、情報化社会という考え方・メディアという考え方・SNSという考え方を発明したり日本で流行させた人達と、かなり以前から付き合う経験をしたのです。このことは、最近ますます大事なことだと考えるようになっています。本書を書いた時には、ただ技術万能で人間を道具のように考えている技術官僚に包囲された学問環境のただなかでした。しかし今そこを抜け出して、むしろイリイチの考え方に同調している人達と仲よくなっています。

その中に、カナダのヨーク大学のフェミニスト社会科学者のアンナ・アガタンゲルー1 がいます。ギリシャ系のキプロス人ですが、彼女はギリシャ語が母国語で、技術官僚への批判という点で意気投合しています。彼女からの受け売りですが、古代ギリシャ語では、奴隷労働、つまり言われた労働をすることをテクネーと呼び、自由人の労働はポイェシスと言っていたそうです。ポイェシスから詩をポエジーと呼ぶ言葉ができたように、ポイェシスは自然に囲まれた都市国家の共同社会の中で、芸術家仲間になってモノ作りをすることだったそうです。イリイチの饗宴社会の中でのモノ作り、コンヴィヴィアル社会のポイェシスによって、テクネーの奴隷労働を置き換えることを提案したいと思っています。前縁ですが、本書を書いた時にはなかった新しい知恵です。そのようなわけで、本書でテクノクラシー批判について読む時に、今その延長線上で私がこれから宣伝しようとしている新しい考え方―「ポイェトクラシー」について、この「執筆者の独り言」のオマケをつけたいと思います。

すでに1970年代に日本でいち早く石油ビタシの経済を切り替えた時、イタリアで、日本でのオートポイェシス2 を真似ようとする論文が出ました。オートとはギリシャ語で「自動的に」=「自然に」との意味で、「自己組織システム」と米国で言われるようになった自然にみんなで同じ方向を向いて社会全体で協力していくことを言います。日本にはそのようにテクネーとは異なる社会の共同の労働があると、言われていたわけです。テクノクラシー(技術官僚主義)からポイェトクラシー(自己組織主義)に移ること、これこそ3.11福島第一原発爆発事件の後で、日本列島を再建する際の合言葉になることを祈っています。

なお本書では、第5章でポイェトクラシーと言う言葉を使わないで、むしろ技術官僚主義の枠の中で、個人を単位にした倫理の問題として、平等と連帯について議論を展開しています。なぜ、この二つの価値を取り上げたかといいますと、南では断然「連帯」が、そして北の西欧文明では、社会主義も資本主義も基準が違っていますが、どちらも目指しているのが「平等」だからです。「アイデンティティ・コミュニティ」のメンバーを繋ぐ「連帯」は、結局、前近代的な価値とされるか、近代化に反対する未来逆行の反動思想とみなされがちだからです。今日でも人権をあくまでも個人に限定して、集団を否定する西欧先進諸国の人権活動家は、なぜそんなに集団を嫌うのかと言うと、集団権を認めると個人が「アイデンティティ」集団権の中に埋没されるから、との答が返ってきます。

しかし時代とともに、そういった西欧あるいは米欧の考え方が隠ぺい・不可視化していた考え方が世界の注目を引く時代が到来したのです。その一例として、本書の執筆時には注目をひいていなかったコスモゴニー(宇宙生成論)として、ラテンアメリカ先住民族の「パチャ・ママ」(母なる大地=地球)の神話が、ボリビアの先住民族出身のイーボ・モラーレス大統領によって、ボリビア国内法で引用され、また国連でも「パチャ・ママの日」が制定されました。この流れと別個に最近になって、人権理事会で「平和への権利」が研究されています。この集団的人権は、日本国憲法の「平和に生存する権利」を人権として認めようと言う動きです。これらが米諸国とカリブ海諸国によって推進されています。こうして、パチャ・ママの宇宙論が先進工業諸国の技術官僚を凌駕する勢いで、自然とも連帯して、平等な生き甲斐を楽しむと言う、新しい「平等」と「連帯」との共存する「饗宴世界」を目指す動きとなり、これを支える「平和への権利」が国連人権理事会に現れています。このことに注目しながら、本書の第5章を是非読み返してください。

ところで幸か不幸か、この訳書が刊行される今日の日本では、3.11のツナミと福島第一原発爆発事件の後始末がまだできていない現在の時点と、たまたまかち合っているのです。私が書いてきた行動政策科学・情報化社会・コンピューターによる予測と計画・メディアの多様化の中でのヴァーチュアルな人間関係―そんな雑多な日本社会の技術環境・経済環境・文化環境の中で市民の日常生活が支えられているのです。今、私もフェイスブックで変わった名前の個人グループ「ムシャジー(武者爺)」で、「世直し」についての議論をしています。その中心になっているのは、原発問題です。私は原発再稼働に反対し、原発廃炉を一日も早く実現することが絶対必要だとする運動に参加しています。それは反核と言う立場からでもありますが、特にこの日本列島に住むすべての人々(日本国籍を持っていてもいなくても)が、とりわけ人間だけを取り出して自然と対立させている西欧近代の考え方を止めれば、日本列島のすべての「生きとし生ける」ものたちの安全は保障される、と考える自然と人間との安全の保障の立場からの運動です。技術者と官僚との癒着、そのような科学技術の専門家とマスコミと財界の癒着という技術官僚主義の政治化の問題が、日本市民―すくなくともフェイスブックで私のムシャジー・グループに参加している若者を含めての怒りの対象になっています。

未だに続いている福島第一原発による放射性物質の垂れ流し問題について、原発ムラの再稼働政策を進めている政界・財界・言論界を支配している官僚と技術者の問題が、今日の原発再稼働を支える技術官僚中心の情報操作の問題として扱われているのです。いささか我田引水になりますが、本書の中で私が取り上げている技術官僚制度(テクノクラシー)の持続不可能性の問題は、今も続いています。

第1章では、技術官僚の思考枠組みについて、現在のグローバル危機の問題が捉え切れないとする認識論の限界の問題、第2章では、技術官僚が最初には創造性を持っていた知識層だったのに、自分達の作ったモデルというせせこましい知的な土俵に縛られてその知的な創造性を喪失してしまった問題、第3章では、政策を政治の上位に置いていたにもかかわらず、政府の主張する予測の客観性の正当性が失われている政治の時代に入ってから権威を失墜している問題について触れています。これらの指摘はいずれも今、日本列島で原発を再稼働させようと考える技術官僚主義について有効である側面と当時私が充分認識していなかった側面の双方が存在すると、ここで補足強調したいと思います。

グローバルな政治の復活においては本書執筆当時にはそれを、技術官僚の支配下にある政府に異論を唱えるテロを含む批判勢力を呼ぶことを強調していました。当時も今もテロよりも大きな影響力があるのは、例えばウォールストリート占拠運動のような非暴力市民運動です。3.11以降に日本列島の各地で起こっている反原発のパレードは、原発再稼働を東電はじめ電力会社を支えてきた科学技術者のいわゆる「原発ムラ」に対抗して、主張する市民による技術官僚支配への政治的な抵抗を今日でも続けています。

つまり科学技術の利権を守る財界・政界・官界・学界・メディアの技術利権集団の政策に対する市民の民主主義的な政治活動が、民主主義を支える技術官僚主義の政治化現象です。しかし今日の原発問題の政治化を考える時、それはまた技術主義集団そのものの政治化と言う側面を、無視できなくなっているのです。

原発問題をめぐる政治には、反原発運動を無視して原発再稼働を進めている原発ムラそのものの政治活動があります。これによって、技術官僚自身が政策論争を超えた政治―それもカネが動いていると噂されるような汚い政治活動が日本の原発ムラの上位組織である、多国籍原発ムラによって進められているのです。つまり政治の上に科学技術に基づく政策を位置付けていた技術官僚主義が堕落して、その上位に国家のみならず、国家よりも巨大な多国籍企業などの利権による政治介入の手先に成り下がっているとの問題が出てきているのです。そこで特に若い読者に考えていただきたいのは、この危機の時代における研究の動機付けの問題です。科学技術か人間か、どちらを大事にして研究するのか、と言う問題です。

第2章を中心にして、国際社会科学研究における創造性の動機付けの二つの流れとして、技術官僚的動機と人間主義的動機とを取り上げ、前者が専門家の考える世界モデルだけを分析する方向性での、人間主義的に政策によって生活を変えられる民衆の立場での科学研究の方向性、この両者を比較・検討しました。その上で、この両者の間の取っ組み合いとしてのグローバル問題への対応について、人間主義を大事にしたいとする希望を書いています。その考え方は、上に書いたテクネーとポイェシスとの対概念を使って読んでいただければよりよく理解していただけると思います。つまり奴隷労働のように目的合理的に予測と計画を上から決めてかかる技術官僚主義に対して、コミュニティの中で生活する仲間が一緒に「地域起こし」をする、そういった自己組織化(オートポイェシス)を中心にする方が、技術官僚主義の外から上からの「専門家」の知識に頼るよりも、はるかに豊かな知的創造性を持つことができる―そのことを中心にしたポイェトクラシーを目指す―そんな意味を本書の行間から読み取ってもらえるとありがたいと思います。

(後編、249頁に続く)

あとがき

あとがきに代えて

執筆者の独り言: 後編

3)オリエンタリズムとオクシデンタリズム(前編、19頁の続き)

ここで、第二の「独り言」に移ることにします。「ウェスト(西欧)」と「レスト(非西欧)」との対比で、「レスト」の社会科学の知的創造性を大事にしようではないか、と考える問題意識を基にした「独り言」です。簡単に割り切って言えば、「ウエスト」は、第一の「独り言」で問題にしたように、技術官僚主義では、今日、われわれ人類が取り組まなければならないグローバルな諸問題に対応することができない、という問題があります。このような限界を持つ技術官僚主義を作り上げた西欧の啓蒙思想では、今日の文明の危機は乗り越えられない、と言うことが、3.11以降、日本でもますますはっきり表出しています。西欧カラーの技術官僚では解決できない問題と取り組むためには、どうしても、古来ポイェトクラシーの中で生活していた「レスト」(非西欧の諸文明)に知的創造性の源泉を汲み取る必要がある、との問題を取り上げないではいられません。そのことについて、若い知識人の皆様の耳に届くような「独り言」が語りたいのです。

近代科学の偉大さを認めた上ではありますが、その目的合理性で組み立てられた「科学技術」では割り切れない問題が沢山あります。それが今、色々なところで噴出しています。その種の問題群は3.11の経験につながる問題提起です。本書では、ほとんどすべての章で、「ウェスト」だけでは間に合わない問題と取り組むために、「レスト」(非西欧)の学問の伝統に立ち返ってみる必要について書いています。

本書の最後の章「国際知識人のグローバル化と科学技術交流:国連大学のケース」では、特に国連大学を作る段階から、西欧の科学技術を非西欧に知識の移転をする大学を作るのか、それとも非西欧の伝統知を掘り起こして、今の西欧を模倣する開発の代わりにこれとは別のオルタナティヴな社会作りの自然科学・社会科学・人文科学のフロンティアの学問を構築するのか、と言う、国連大学創設期から私が副学長として、社会科学関係のプロジェクトを担当した頃の国連大学の周辺でおこなわれていた熾烈な論争を取り上げています。

その他の章でも、技術官僚主義の問題を取り上げている箇所では、その背後に「ウェスト」に対する「レスト」の立場で考える筆者の問題意識が隠れています。第3章では、今も続いている社会科学の危機の問題について、特に非西欧政治学の特色を、北米とヨーロッパの政治学とを比較して論じています。第4章では、英語の原著を出版した当時、本書の中で国連大学の非西欧諸国の研究仲間から面白いと評価してもらったのは、この章での日本政治学についての紹介でした。特に柳田國男の影響での民俗学と政治学の統合の努力、神島二郎先生、京極純一先生などの理論を紹介して、西欧とは異質の非西欧の一国としての日本の政治文化の特色と、異質の西欧普遍主義諸価値を導入したことで必要になってきた、コスモロジーと政治制度・機構・組織の間のギクシャクした関係を克服する問題について紹介しています。

今、日本の政治学の活性化でも、このような非西欧の政治過程の研究による西欧の社会との比較に、若手の社会科学者の皆さんがもう少し関心を持って欲しいと思います。西欧との比較のみならず、非西欧の諸文明・非西欧の中の政治文化の多様性にも、もう少し注目していただきたいと思います。ただ本書を刊行した時、執筆者の頭には西欧の社会科学を毒しているオリエンタリズムに対抗する意識があったけれども、「オクシデンタリズム」3と言う最近台頭してきた考え方は全く意識していなかったことを、ここで説明します。

国連大学の共同研究に参加していたアヌアール・アブデルマレクは、オリエンタリズム批判を世界的に流布したエドワード・サイードの言説を理論的に準備した最初の非西欧研究者でした。邦訳も出ている彼の『社会の弁証法』にあるように、彼は「西欧から見た世界のヴィジョンを世界的ヴィジョンとして提示」できるようになった西欧による文明形成の過程の結果として、「オリエンタリズム」を定義しています。そしてこれに対抗する非西欧の文明的な過程を、「民族のルネッサンス」と規定していました。

原著の中で私が日本政治学による日本政治の仕組みを理解する努力は、近代主義でかなりオリエンタリズムに近い丸山先生の日本ファシズム分析を近代主義と切り離す方向で進めていた。そのことに、特に関心をもっていました。ところが最近、1960年代に日本で芸術活動に参加して唐十郎の劇団にも加わっていたオランダのヤン・ブルマー等が作った「オリエンタリズム」の対概念としての「オクシデンタリズム」が出てきたのです。そのことと関連付けて、日本政治学の優れた特色を今一度強調したいと思います。

日本政治学は、オリエンタリズム的な近代主義政治学の西欧普遍主義の視点を修正はしたけれども、諸悪の根源として西欧を捉える「オクシデンタリズム」の立場に陥っていないことをここで念を押したいと思います。神島理論では、言語学の概念を活用し、西欧政治文化の根底に「異化」、日本政治文化の根底に「」を置いて比較しています。私もこれに習って、西欧の「えらび」の文化に対して日本の「あわせ」の文化と言うことを対比する理論を工夫してきました。このようなモデル化は決して前者が間違いであって、後者が正しいなどと言うことは一つも言っていません。あくまでも自己を批判的に振り返るメタ認知の理論です。そこに1930年代の「近代の超克」の中にあったオクシデンタリズム的な反西欧主義に陥る危険性(例えば近年のテロの温床となっているそれ)を微塵も含んでいない理論が立てられているのです。「オクシデンタリズム」ではない日本の政治学の日本政治の分析は、非西欧政治文化の一つである日本の政治文化の分析であることが、本書で紹介している第二次大戦後の日本政治学の特色であることをここで強調します。

いずれにしても、いま西欧文明の行き詰まりが見えている時代、国際社会科学は、西欧の政治文化あるいはもっと広く社会認識の枠組みと、多様な非西欧諸文明の政治文化と社会認識の枠組みの違いの問題を、深い所まで掘り下げて研究する必要があります。このことは、本書を英語で刊行した時代よりもさらに大切になってきています。なぜなら、3.11、9.11の二つの事件が、「ウェスト」と「レスト」との対立を露呈している、と断言できるからです。そこで本書を執筆した時より以上に、今こそ「ウェスト」とは違う「レスト」の政治経済文化の問題を無視しては、グローバル危機と取り組むことができなくなっていると思います。一言づつ、「ウエスト」と「レスト」の対峙現象としてのこの二つの事件の特色に触れたいと思います。

先ず3.11以降の日本での、原発再稼働問題をめぐる日本国内の政治の分極化は、両陣営ともある意味で、非西欧の政治の論理に支配されています。原発再稼働を推進しているのは、主義としての西欧をなぞるものの基本は明治以来の国家総動員による非西欧大国の国威を目指す立場を取っています。反原発勢力は私も含めて、西欧のウェストファリア体制の中の資本主義開発の自然支配そのものの持っている持続不能性を断念して、自然との和解の下で、自然エネルギーを活用する新しい政治経済文化の構築を目指しています。この問題意識は、本書刊行時代には非西欧の知識人にしか通じなかった非西欧の政治文化=生態系重視文化=アニミズムを再評価する米欧の知識人を含めて支配層の「レスト」尊重の傾向と、翻って「レスト」に対する警戒心の増加が、今かなり大事な世界政治経済を動かす力になっていると私は考えています。

尊重という傾向については3.11が一つの転機になっていますが、その傾向はそれ以前からありました。生態系問題に関心を持つ知識人にも同調してもらえる時代に入っているのです。このことは、2010年に名古屋で生物多様性条約についての締約国会議COP10が開かれた時に痛感しました。紙面の都合でこれ以上このことに触れませんが、伊勢三河湾流域圏の生態環境問題の研究者達と、西欧的な生命観が人間中心に他の生命体を「資源」としてしか捉えていないことなど、西欧的な人間中心主義に対する批判が、COP10開催地住民の憂慮を同会議締約諸国に対して表明した開催地住民アピールの主題になっていました。この声明の指摘は、3.11原発爆発事件に伴って、一層説得力を持ってきていることだけを指摘しておきます。

9.11との関係では、無差別非国家テロに対する米国の対抗国家テロリズムの台頭、これを正当化する形で国連を巻き込んで展開されている米欧大国指導課の「人道介入」の論理にみられる、西欧による非西欧へのグローバル・スタンダードの押し付けの問題があり、普遍人権をめぐる西欧先進工業諸国と非西欧諸国との国連人権理事会における対峙状態にまで波及しています。人権を外から押し付ける外発的な人権外交と、人権を内発的に発展させるべきだとする南米諸国による「平和への権利」宣言の決議、これと同じ方向でべネスエラからボリビアまでの中米諸国が開始したボリバリスモ革命路線のような新自由主義米国覇権に対する非西欧市民と諸国との共同戦線の形成など、本書の執筆時にはなかった「ウェスト」と「レスト」との双極冷戦システムへの新傾向が現れていると思います。ただそのことも、単に指摘するにとどめておきます。

4)未来の対話にかけて

そこで最後に、本書の中心的なテーマであるパラダイム間の対話の問題に関連して、「対話」と「和解」について「独り言」を言わせてください。「対話」と言う言葉は、一般に相互理解の手続きとして議論されることが多いと思います。私は、相互理解よりも、グローバルな生態系や投機的な金融の問題に対応するために、問題を共有し、これに対する対策について知恵を出し合うと言う意味で、パラダイム間の対話を提案しました。その理論的な総論として、第1章の「科学革命と学際的パラダイム対話」を書いたわけです。しかし最近になって私の関心は、ただ問題解決の知恵を出し合うだけでなく、「和解」のために「対話」をすることが、最も急を要する課題であるとする確信のようなものを持つようになっています。

そこで本書の邦訳に当たって、原著にあった「パラダイム対話」の問題を、なぜそしてどんな形で「和解」のための手立てとしても提案するのか、について説明します。このように考えるようになったのは、2013年夏、ソウルで歴史的和解の会議に出席したのち、ピースボートに乗船し、ヴェトナムのダナンからエルサルバドールまで航海した時にいろいろな「対話」の経験があったからです。韓国での韓国・中国・日本の市民間の会議で、私は日本国憲法前文の「平和に生存する権利」が、植民地侵略をおこなって周辺諸国の市民の「平和に生存する権利」を侵害した反省に基づいて日本国憲法の前文に掲げられていることを指摘しました。「平和的生存権」の思想は世界で初めて、植民地侵略が人権侵害であることを認めている歴史的に大変重要な植民地主義否定の大原則です。このことを日本国家が再確認することで、植民地侵略の被害を蒙った韓国・朝鮮と中国、そして東南アジア諸国との「和解」を達することができるのです。

その後ピースボートに乗船してからは、「ウェスト」と「レスト」の問題を中心に連続講義とゼミをおこないました。ピースボートの海の旅を、約150年前のジュール・ヴェルヌの小説『80日世界旅行』と比べながら、「ウェスト」中心の大旅行の特徴について話しました。西欧による世界支配は、世界の海をつなぐ海路とスエズ運河と米大陸横断鉄道とを開通させることで、世界一周がタッタ80日でできる産業興隆を支える貿易のグローバル化に成功したというハナシをしました。スエズ運河とパナマ運河を造った技術官僚達の仕事を支えていたのは、空想社会主義といわれているサン・シモンの理想社会の構図でした。科学技術を駆使して世界経済を振興することで世界平和を実現するのが、両運河を造るのに主要な役割を果たしたフェルディナン・ド・レセップスのサン・シモン主義の信念でした。

そう言う「ウェスト」の理想主義は今日、核の平和利用という名のもとで、福島第一原発爆発事件を引き起こした日本の技術官僚の信条と一脈相通じています。福島第一原発爆発事件が福島県で起こったことと、スエズ運河が中東戦争の火元にもなったこととは、ともに「ウェスト」のテクノクラシーの問題性を示していたことを説明しました。そしてその次の講義では、これとバランスを取る「レスト」の大旅行の話として、『アラビアン・ナイト』の「船乗りシンドバッドの大旅行」の話をしました。『アラビアン・ナイト』はイスラーム文学の古典ですが、「シンドバッドの冒険」の荒唐無稽な話は、ヴェルヌの科学的な旅行談と正反対の夢物語です。その夢は実は中国の船乗りの夢、信心によって海路の安全がはかられ、船は沈没しても生き残るばかりでなく、自力あるいは土地の王様から黄金やダイヤや美女をもらう、そういう贈与経済とありがたい現世利益の物語です。ある意味では、技術官僚主義と正反対であるポイェトクラシーの夢物語と言えます。

そういった講義に続いて、大西洋を渡る時に話したことは、大西洋の二つの顔についてです。北大西洋のルーズヴェルトとチャーチルとの大西洋宣言の話と、アフリカから大西洋を奴隷船で渡海した黒人が、南北アメリカとカリブ海諸国に素晴らしい音楽をもたらした話をしました。大西洋はその意味で北大西洋自由主義革命とともに、アフリカとアメリカの二つの大陸を結ぶ悲惨な奴隷制と壮大な文明の興隆の両方を成り立たせたブラック・アトランティック4 として、多様なアフリカの各地から多様な新大陸の各地との間に広がる黒人の海洋であることを強調したのです。

そこで、本書の第1章に書いたことに戻ることになります。大西洋は、西欧普遍主義とアフリカ・ラテンアメリカの反植民地主義の「対話」と「和解」の海です。同じ「対話」と「和解」は太平洋でも進められるべきです。しかしそれが可能になるのには、何等かの仲介者が必要です。そこに本書第1章で触れた、パラダイム間の対話の第三の極の問題が浮上してくるのです。この極は実は「無」であるとの、本文の「混沌王」のハナシを思い出してください。この話は南北の「和解」のための対話の話であることを、ピースボートで講義をしながら気付きました。「ウェスト」と「レスト」の「和解」に向けての対話については、大西洋の二つの流れ、北大西洋における「大西洋憲章」が謳い上げた大西洋革命(名誉革命から米国独立戦争、フランス革命に続く西欧啓蒙思想を支えにした民主主義革命)の北の歴史の流れと、アフリカから奴隷船に乗せられて南北アメリカ大陸に新しい音楽をもたらし、レゲエによってアフリカへの帰還を歌い踊ることで希求するラスタ運動によって、アメリカ(カリブ海を含む)とアフリカ両大陸をつないで起こっている黒人ルネッサンス運動の流れとの「和解」ができる方向での歴史的な動きが始まっています。この動きは、すでに2001年9月にダーバンで開かれた国連反人種主義国際会議での西欧諸国の奴隷制と植民地主義に関するEU諸国の謝罪声明の形で始まりました。一方、太平洋での植民地と奴隷制(従軍慰安婦軍事性奴隷制)についての「和解」は、日本にオクシデンタリズム政権が成立するまでに高揚してきた復古ナショナリズムによって、不可能な状態が続いているのです。

そこで、及ばずながらSNSフェイスブックを活用して、饗宴社会を作る民衆レべルのコミュニケーションとして「世直し」と「和解」に向けた国際サイバー対話を進めています。この形で、本書で提案したパラダイム間の対話を「和解」と言うことにつなげる実験を進めているのです。この実験のおかげで、フェイスブックで友達になった方に勧められて、田辺元の「懺悔道としての哲学」を読みました。その結果、くわしいことは省きますが、「混沌王」として南北の「和解」の仲介者となる道が、日本の社会科学者にあることを知りました。そのことについての「独り言」は、若い社会科学研究者の皆さんのお耳に入れたい一番大事な話題です。

まず「懺悔道」の問題に入る前提として、西欧文明以後の世界文明の問題について触れる必要があります。数年前にダカールで開かれた世界社会フォーラムで、I・ウォーラースティンは、次のような意味のことを言ったそうです。「今、世界で歴史的な大転換が起っている。その性格付けはいろいろできるが、ひとつ言えることは、西欧の普遍主義に基づく世界支配の時代が終わりかけていると言うことだ」。これに対してサンゴールは、「この際、アフリカなどの多様な非西欧諸文化のそれぞれの特殊性を掘り下げて、その根底にある非西欧的な普遍価値を発掘すべきときだ。」と述べました。この西欧と非西欧の偉大な知識人の言葉は、オリエンタリズムを否定する西欧と、オクシデンタリズムに捉われないアフリカとの「和解」を象徴していたと思います。

もしこれでハナシがつくなら、「混沌王」の出番がありません。ただ太平洋では今、日本政府を中心にして、かなりたちの悪い修正オクシデンタリズムが支配し、日本ほど手におえない形は取っていませんが、中国と朝鮮半島にも、同様の修正オクシデンタリズムが台頭しています。修正オクシデンタリズムは、単純なオクシデンタリズムよりはるかに危険な思想です。ヤン・ブルマーが批判の対象にしているイスラーム圏などのオクシデンタリズムは、何事でも西欧が悪いと断定して、非西欧の家父長主義や独裁制を正当化しています。

これに対して、修正オクシデンタリズムは、西欧の普遍主義を諸悪の根源としながら、西欧に対抗するために、西欧植民地主義の手口だけはうまく取り入れるとする修正主義です。西欧近代の啓蒙思想を裏付けているウェストファリア諸国家体制は、普遍主義の推進役となりました。主権国家はその市民との安全契約を基にして、相互不可侵・内政不介入の大原則を立てました。しかし、この原則は西欧文明諸国同士だけの約束でした。西欧諸国、特に諸大国は普遍主義を世界に流布するために、植民地拡張競争をすることをウェストファリア体制により事実上認めていたのです。この植民地侵略への肯定について修正オクシデンタリズムは、植民地侵略を自分達がすることは良いと考える反抗植民地主義の立場を取ります。諸悪の根源としては、啓蒙思想以来の普遍主義原則・西欧の普遍主義・人権とか市民の自由とか、三権分立、官僚の民主的な監視を否定・攻撃しますが、しかし国家権力を伸ばすために使っていた植民地侵略主義など、西洋諸大国に対抗するために西欧を真似たり西欧の大国を利用する点では、西欧の悪知恵をうまく利用する修正主義です。

安倍晋三首相はこの修正オクシデンタリズムによって、敗戦以来の日本ファシズム批判のオリンタリズム的な傾向を180度、反西欧の方向に切り替えようとしています。明治近代国家建設以来の天皇制総力戦国家に戻ろうとするこの修正オクシデンタリズムは、日本国憲法の「平和に生存する権利」を無視して、日本とその侵略の対象となった諸国民との「和解」を不可能にしているのです。それと同時に安倍政権は、オバマ大統領の下で不可視化されながらも続いている米国の「文明間の衝突」の覇権主義とEUの人道介入の新植民地主義に手を貸すとの離れ業で、原発からのプルトニウム備蓄によって日本が将来、米国をも対象にする核保有国になるという本質的な反米主義を隠しているのです。

そのような米帝国主義と復活した大日本帝国との悪しき和合ではなく、オリエンタリズムとオクシデンタリスムとの「和解」の上に、西欧啓蒙思想の普遍主義と日本の「和」に基づく多様な自然との「和解」と、多様な人間集団の相互の「和解」を進めるような、3.11と9.11に対抗する「和解」をさせることが今の日本社会科学の最重要課題だと思います。

そこに「混沌王」の出番があるのです。南アフリカでネルソン・マンデラ達が始め、今チモールやエルサルバドールでも実施されている「真実」と「和解」のプロセスは、仲介なしで進められます。西欧普遍主義のおせっかいなやり方は国連でも採用され、「ウェスト」が普遍主義のグローバルスタンダードによって仲裁することになっています。その仲裁は、いざとなれば強制力によって、悪者が刑事裁判にかけられます。

「混沌王」は五感を備えていないので、実力で介入しません。誰が正しく、誰が悪いかを判断しない姿勢で仲介したからこそ、南北両王国間の和解に成功したのです。押し付けでない仲裁は、懺悔によってだけ可能になるのだ、ということを、田辺元の「懺悔道としての哲学」5 を読んで初めて分かったような気がします。田辺によると、「懺悔」とは「絶望的に自らを擲ち捨てる」ことです。日本は植民地侵略を自国の国民への被害も含めて反省せず、自国や他国を問わず、その被害者に対して真摯に詫びることもしないと頑張っています。侵略とこれに伴う被侵略地域の住民の「平和に生存する権利」の侵犯は、どんなに詫びても詫び切れるものではありません。徹底的に自分の悪行を自覚するそのような「無」の境地を以って、植民地侵略の問題について当事者達の対話に参加することで、日本国憲法前文の「平和に生存する権利」を無言のまま実現する「懺悔」―ギリシャ語で言う「メタノイヤ」によって「真実と和解」過程に参加している当事者達にも各自で「懺悔」するように無言のまま勧める―が「混沌王」が五感を持っていないことにつながると、分かるような気がしています。

田辺によると「メタノイア」を基にした哲学は、「メタノエティーク」です。「エティーク」は倫理、これを包む「ノエティーク」は認識または認知です。この認識・認知を、「メタ」、つまり超越したところから見詰め直すのが「メタノエティーク」になります。認知心理学でも使用されているメタ認知は、自分の無力を認めながら、南北両側・植民地化された側とした側とが共同して、侵略主義・植民地主義に反対する倫理的・認識的、それをすべて超えたメタな立場での「自分の無力」を認めた上での「世直し」の「行」をすることです。田辺元の難しい言葉をそのまま引用すれば、「支離滅裂、七花八裂の分裂に進んで身を任す」ことで、認識と倫理との一大転換をするのです。「ウェスト」と「レスト」、北と南との「和解」に向けて「世直し」を進める準備のために、日本市民、特に知識人が世界各国においてそれぞれの立場で積極的に「懺悔」を進める方向に先鞭を付ける事ができる筈だと思います。そういったことで画一的な答えがない時代の現実を直視して、生命の多様性と一体性、文化の多様性と一体性を実現する方向への一大転換を図ることが、パラダイム間の対話における「混沌王」の役割でありましょう。だとすれば、今大事なことは、「懺悔道」としての哲学のみならず、社会科学の役割をはっきり明確にすることではないでしょうか? そんな答えの出てこない疑問を読者の皆様に聴いてもらえることを期待して、長たらしい「執筆者の独り言」を閉じます。

(武者小路公秀)

訳者あとがき

2014年は第一次世界大戦100周年であった。明けて2015年は冷戦終結25年、第二次世界大戦が終わって戦後70年、朝鮮戦争65

年、アジア・アフリカ(バンドン)会議60年、さらには日韓条約締結50年の節目になる。世界が、アジアが、そして日本が戦渦に喘いだ歴史に否応無しに向き合わねばならない時代となった。英国の歴史家E・H・カーを持ち出すまでもなく、国際政治学研究は、市民に拓かれた学問として発展し、世界をみる眼を養うためのものであったが、いまや世界のさまざまな地域から変革を求める声が上がり、地球的規模での問題解決にむけた思考実験に取り組まねばならなくなっている。もとより『国際』とは、二国間国家間関係を意味するものではなくなり、グローバルシステムにおける政治的経済的社会的文化的な諸問題が境界を超えて行き来(クロス)する振幅的な往還社会をさしている。

本書は、Kinhide Mushakoji, Global Issues and Interparadigmatic Dialogue : Essays on multipolar politics. 1988.Albert Meynier Editore.Torino,Italy,を全訳したものに、著者自身が「日本語版まえがき」と「あとがき」を加筆した畢生の作品である。

周知のように、武者小路公秀先生は、日本における国際関係理論研究の開拓者の一人であり、いまなお真摯に国際問題と向き合う数少ない知識人である。その神髄がみごとに本書で展開されている。21世紀世界の知識人と呼ぶにふさわしい。本書では行動論政治学を日本に積極的に導入して以降、創設期の国連大学副学長として、文字通り世界の知的リーダーとして国際社会科学発展の牽引役を引き受けられ、グローバル危機における科学技術の倫理観と思考枠組みの転換にとってなにが必要かを問い、あるべき方途と道筋をつなぎあわせる社会の実現を語っている。その思考の支脈がみごとに披瀝された珠玉の学問論となっているのである。著者自らがグローバルな視点に立って学知の刷新をめぐる思索にあわせるかのように、米国国際政治学界の重鎮ブルース・ラセットは『カール・ドイッチュ:国際関係理論の開拓者』(スプリンガー社、2014年刊)を出版したのもまったくの偶然ではない。

本訳出は、2002年6月29日にたちあがった「武者小路公秀研究会」(通称:「武者研」)から始まった。正しくは国際書院の石井彰社長とともに呼びかけ人として、当初「武者小路公秀先生を囲む会」としてスタートした。そこからいつしか「武者研」と呼ばれるようになり今日に至っている。いずれにしても「武者研」は、先生の学恩にお応えするべく、80歳(傘寿)を言祝ぐ作業と、世代を超えて内外の研究仲間が忌憚のなく語り合う場であった。季節の変わりごとに年数回集まって論議する緩やかに組織された勉強会である。今年86歳を迎えられ、いまなお意気軒昂に活躍されている先生であるが、本書出版企画からはすでに相当の時間が流れてしまった。ここに深くお詫びする次第である。

武者研から13年、これまでさまざまな方々に支えられ、知的刺激を受けながら楽しむ会となったことに改めて感謝したい。武者小路公秀先生のさらなるご活躍を祈念する。

2015年1月1日

武者小路公秀研究会

代表世話人:佐藤幸男

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