2015年は1995年に北京で第4回世界女性会議が開催されてから20周年の節目の年にあたる。この会議で採択された「北京宣言」では、女性のエンパワーメントおよび地位向上を促進するために、ジェンダーに配慮した開発政策を女性が参画して立案、実施、監視することの必要性が謳われた。それから20年が経ち、どれほどの進展があったのだろうか。
2014年度のノーベル平和賞がインドのカイラシュ・サティヤルティ氏とパキスタンのマララ・ユスフザイさんに贈られたことは記憶に新しい。受賞スピーチの中でユスフザイさんは、世界中で教育を受けられない6600万人の少女たちについて触れ、女性に対する教育が特に重要だと訴えた。しかも初等教育の充実に満足することなく、中等教育への支援についても世界の指導者に訴えかけた。教育の機会を奪われている途上国の女性の声を代弁する演説であった。
今年で達成期限を迎えるミレニアム開発目標のターゲット3は「ジェンダー平等の推進と女性の地位向上」を掲げ、国連加盟国は目標達成に努力してきた。2012年末時点で、初等教育における不平等はほぼ解消されているが、ユフスザイさんが指摘するように、いまなお中等教育における不平等度は改善されていない地域が多い。目を転じて労働市場では、女性の地位向上に進展はあるものの、不平等は残存している。女性の政治参加についても、議会に占める女性議員の割合は増加してきているものの、女性の地位向上を阻む、いわゆる「ガラスの天井(glass ceiling)」の存在が指摘されている(United Nations, The Millennium Development Goals Report 2014, pp. 20-23)。この15年間で一定の成果は見られるものの、まだ多くの課題が残されていると言えよう。
ミレニアム開発目標の設定だけでなく、ジェンダー平等を目指すために国際連合をはじめとする国際社会は多くの取り組みを行ってきた。そのなかでもジェンダー平等に関する指標づくりを挙げることが出来る。たとえば国連開発計画(UNDP)は『人間開発報告書』において、1995年から2009年までは「ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)」を、2010年からは「ジェンダー不平等指数(GII)」を掲載してきている。また、世界経済フォーラムは「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」を公表している。これらの指数の提示は、その測定方法や観点の違いなどから提示されるランキングに違いはあるものの、低いランクに位置づけられた国家には一定の圧力がかかり、政策形成に影響が及んでいるのではないだろうか。ちなみに、日本は「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」で100位あたりに位置づけられており、ジェンダー平等の推進に関しては、相当の課題があることが示されている。また、新自由主義グローバル経済のもとで格差が進行しつつある日本で、これまで不可視化されてきた女性の貧困が顕在化しつつあることを考えると、日本社会におけるジェンダー平等の推進には大きな課題が横たわっていると言えるだろう。
本号の特集テーマは「ジェンダーと国連」であり、国連の場でジェンダーがどう扱われ、この問題に対してどのような方策が試みられてきたかについて6本の論稿を掲載している。ジェンダーはクロスカッティング・イシューであることから、本号では、様々な分野におけるジェンダー問題を取り上げることを企画した。では、特集セクションの6本の論文を順を追って紹介しよう。
軽部論文は、国連が採択してきた国際人権文書に焦点を当て、女性の人権やジェンダーの概念がどのように各種文書の中で規定され、発展を遂げてきたのか、国際人権法の観点から考察したものである。国際機構を通じて主権国家間の合意に基づき国際人権文書が採択され、女性の人権保障やジェンダー概念の精緻化が進んだことを本論文では明らかにしているが、他方で人権保障に関するNGOの貢献についても言及している。国連創設70周年を迎える本年に、女性の人権やジェンダー平等の発展過程を概観する意義は大きい。
池上論文では、1994年に開催された「国際人口開発会議(通称カイロ会議)」で提唱されたSRH/Rという概念について、その歴史的背景や意義、同会議からこれまで20年間のSRH/Rを巡る変遷や意義及び課題等について、特に開発領域・開発目標との関係で論じている。同会議での行動計画に関する機関間調整を含む課題の提示や、国連人口基金(UNFPA)・国連本部等が果たしてきた役割や活動など、会員の永年の国際保健衛生実務での知見・経験が活かされた論稿となっている。
上野論文は、武力紛争下における女性の権利と保護の問題について、特に「女性・平和・安全保障」に関する安保理決議1325を素材にして考察したものである。決議1325の履行確保のために、その後の関連決議によっていかなる制度的枠組みが形成されてきたのか、とりわけ性暴力への国連の対応を中心に検討することで、武力紛争時の女性の権利と保護に対する取り組みを論じている。平時における女性の人権やジェンダーの視点を論じた他の特集論文とは異なり、本論文は、いわば有事における問題を扱うことによって、特集テーマに掲げたジェンダーの議論に厚みが増したといえよう。
近江論文は、自由貿易システムにおいてジェンダーへの関心や女性に及ぼす負の影響への対応が不十分であるという現状認識を踏まえて、国連におけるジェンダー主流化について概念の発展・目的・手法・問題点等を述べた上で、特にUNCTADに焦点を当ててその貿易政策面・プログラム面・評価と課題について論じている。UNCTADのジェンダー主流化の目的とされる「貿易をジェンダー平等と女性の経済的エンパワーメントの実現に有益なものとする」ことが、いかに関係の国際機関や各国政府の実効的な取り組みを通して今後推進されうるのか興味深いところである。
谷口論文は、国連人権理事会が採択した性的指向と性自認に関する人権保障への取り組みに関する決議に焦点を当て、同決議の成立経緯や意義について、国際機関の取り組みを例に挙げながら考察し、その特徴を分析したものである。性的指向と性自認は、人権問題として議論が展開しており、国連諸機関の取り組みは、性別二元制や異性愛主義への挑戦として捉えられ、ジェンダー主流化とは離れた場所を流れてきたと本論文は指摘する。しかし、女性差別撤廃委員会が性的指向や性自認に目を向け始めたことを捉えて、ジェンダー主流化が、ジェンダー構造を支える性別二元制や異性愛主義を打開する流れと合流することで、国際社会の構造的な差別や暴力に立ち向かい始めているとして、人権保障とジェンダーとの関係性について、今後の展望を論じている。
中村論文は、人身売買対策のために大メコン川流域地区に設立された国連機関に着目し、同機関によるジェンダー・センシティヴなリージョナル・ガヴァナンスの達成具合を分析したものである。規範の定着にかかわるリージョナル・ガヴァナンスの役割といった理論的考察とともに、ASEANやEUの取り組みとも比較しながら国連の対応を分析し、課題を指摘した。性的搾取を目的とした人身売買対策に焦点を絞り、ジェンダー・センシティヴな視点を盛り込みつつ、展開地域におけるローカル・センシティヴの重要性も指摘しており、ジェンダーの枠にとどまらず、国連機関によるリージョナル・ガヴァナンスのあり方をも考察した論稿になっている。
次に、独立論文セクションの論文を紹介しよう。まず、田村論文は、暫定統治という政府を代替する統治形態において、国連が政府と同様に人権保障義務を負うのかどうか、負うのだとすればどのような法的根拠がそこに認められるのかを、国連コソヴォ暫定統治機構(UNMIK)を事例として取り上げて検証している。紛争当事者による人権保障を監視するといった国連の役割に焦点を当てるのではなく、国連自身が人権保障の義務を負うのかを問うところに特色がある。
つづいて瀬岡論文は、安全保障理事会常任理事国による拒否権行使を法的に制限することが難しい現状において、いかにして常任理事国の拒否権を制約するのかを、シリア紛争における中国とロシアの拒否権行使に対する国連加盟国の対応を詳細に分析することで、その糸口を探ろうとする。国連憲章の起草過程において主張された常任理事国の特別な責任に立ち返ってこの問題を考えることは、設立70周年を迎えた国連の課題を考える上で意義深い。
戦後70周年を迎える本年は核拡散防止条約(NPT)再検討会議開催の年でもあり、ここ数年、核兵器廃絶に向けての動きがいっそうの高まりを見せている。津崎論文は、NPTではなく国連総会に焦点を当て、日本、非同盟運動、新アジェンダ連合が提出してきた各決議に対して、核保有国がどのような投票行動を取っているのかを分析している。5年ごとに開催されるNPT再検討会議ではなく、毎年開かれる国連総会での核保有国の投票行動を分析することの利点を論じ、核軍縮議論に新しい視点を提供している。
政策レビューに掲載された横井論文は、国連食糧農業機関(FAO)のなかの国際植物防疫条約(IPPC)に焦点を当て、植物衛生分野において国際基準がどのように制定され、貿易紛争がどのように解決されるのかについて、同分野における実務家の視点から詳細が紹介されている。食料安全保障や環境における私たちの日常生活に関わる重要な問題が、このような国際的な制度が機能することで解決されていることを意識させる論稿である。
書評セッションには4本を掲載した。書評の対象となった文献は、旭英昭著『平和構築論を再構築する』、墓田桂、杉木明子、池田丈佑、小澤藍編著『難民・強制移動研究のフロンティア』、安田佳代著『国際政治のなかの国際保健事業』、二村まどか and Nadia Bernaz eds., The Politics of Death Penalty in Countries in Transition の4冊である。旭著『平和構築論を再構築する』は、国際協力に長年携わった筆者が、外交官としての経験とともに国際関係論の動向を踏まえながら、平和構築論を「再構築」している。同書については、外交に造詣の深い上田会員が紹介を行っている。墓田他編著『難民・強制移動研究のフロンティア』は、難民をはじめ移動を余儀なくされた人々について、多彩なバックグラウンドをもつ執筆陣が包括的な視野から分析している。同書については、国際関係の理論と実践について多くの研究実績のある星野会員が紹介を行っている。安田著『国際政治のなかの国際保健事業』は、連盟から連合への国際保健事業の変容と継続について、そこで中心的役割を担った高級官僚に注目して考察している。同書については、UNICEF職員として国際保健分野に豊富な経験をもつ久木田会員が紹介を行っている。洋書として取り上げた二村とBernaz著The Politics of Death Penalty in Countries in Transition は、国家の制度変革が促される体制の移行期に、死刑制度の廃止あるいは存置が決定されるといった政治性に着目して、国家政策としての死刑について考察している。同書については、移行期正義の問題を研究する望月会員が丁寧な紹介を行っている。
以上が本号の内容紹介である。戦後70年を迎える今年はミレニアム開発目標の設定から15年、ジェンダーに関しては冒頭でも触れた「北京宣言」から20年、NPTに関しては発効から45年という節目の年でもある。これらは一例に過ぎず、世界中で様々な分野に関する行事が組まれる予定だが、その大半に常に国連が関わってきたと言っても過言では無い。国連の活動を振り返りながら、どういった課題が残されたままなのか、新たな課題としてどのようなことが生起しつつあるのかを考える機会となることだろう。本号がそのきっかけの一助となれば幸いである。
2015年3月
編集委員会
(坂根徹、本多美樹、山本慎一、文責: 大平 剛)
今号では2014年12月に京都の同志社大学で開催された東アジア国連システムセミナーについて報告をさせて頂きました。報告にも書かせて頂きましたように、中国と韓国の参加者に新興国(何を持って新興国というかは議論の余地はありますが)としての勢いと、それに裏打ちされる自信のようなものを感じました。アジアインフラ投資銀行の設立に表れているように、これからの世界は、これまでの70年とは少し異なる様相を見せるのではないでしょうか。また、今回の編集過程において、世界中でテロ事件が多発し、日本人の犠牲者が相次ぎました。これまでの領域国家を基本とする秩序を受け入れない集団に対して、どのような方策を取ることができるのか、大きな課題に直面するとともに、この70年あるいは100年ほどの間にそのような素地が生成されてきた事に対して、真摯に反省する必要があると感じます。
今号では予想以上に多くの投稿があり、当初掲載を予定していた論文の依頼を取り下げさせて頂かなくてはならないという異例の事態が発生しました。関係の方々に多大なご迷惑をおかけしましたことをこの場をお借りしてお詫び申し上げます。また、今号の編集過程でも、非会員の方を含め多くの方々にご協力頂きました。編集委員会を代表してお礼申し上げます。有り難うございました。
(大平 剛 北九州市立大学)
本号では山本委員と共に特集論文を担当しました。寄稿・投稿をお寄せ頂いた会員の皆様や投稿論文の査読をお引き受け頂いた皆様に感謝申し上げます。特集論文の担当は初めてでしたが、今回の経験を次号の編集にも活かしていきたいと感じています。
(坂根 徹 法政大学)
今号では書評セクションを担当いたしました。執筆者の先生方に深く感謝いたします。また、今回は叶いませんでしたが、次号にはぜひ書評論文を掲載したいと思っています。会員の皆様からのご応募をお待ちしております。
(本多美樹 早稲田大学)
今号では初めてジェンダーについて特集を組み、予想以上に多くの論稿が寄せられ、嬉しい悲鳴でした。国連創設70周年を迎え、ますます多様化する諸課題に対し、学会誌として光を当てるとともに、従来の認識枠組みをあらためて問い直す契機になるよう、『国連研究』を発展させていければと考えていますので、今後も積極的なご寄稿をお願い申し上げます。
(山本 慎一 香川大学)
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