本書は、2010年10月の活動開始から、2015年6月の法制史学会東京部会との共催の形で行なわれたミニシンポジウムに至るまでの戦時法研究会の共同研究の成果を、一書にまとめて世に問うものである(なお、2014年6月1日に行なわれた、法制史学会第66回総会ミニシンポジウム「戦時・戦後における「経済法」―比較法的観点から」の成果の要旨は、別書において公表される予定となっている)。戦時法研究会の成立に至る経緯は、第1章第1節の「本書の分析視角」の冒頭で既に言及したところであるが、編者となった3名は、小野博司と出口雄一が日本法制史の観点から、松本尚子が西洋法制史の観点から、戦時下の法と法学のあり方について以前より関心を抱いており、一橋大学のアジア研究教育拠点事業「東アジアにおける法の継受と創造」に参加する過程で、より深い共同研究の可能性を模索していた。戦時下の法と法学への関心は、小野は外地法制から、出口は占領法制から、松本はナチス法制からそれぞれ出発している。研究会の組織に先立って2010年7月に国立のロージナ茶房で行った準備会では、お互いの問題関心に即した乏しい材料を持ち寄りながら意見交換を行うことになったが、依拠すべき先行業績の少ないこの研究対象にどのように接近すべきかという困難な課題を前に、まるで学生時代に戻ったかのように自由闊達な意見交換が行われたことを思い起こす。法制史の領域においてはほとんど未踏の荒野であるが故に、今後どのように「戦時体制」の法と法学の全体像を描いていくことが出来るか、という課題は、編者を含めた研究会の構成メンバーの学問的な好奇心を掻き立てる、極めて魅力的なテーマであった。
研究会の活動を開始してから本書の刊行に至るまでの5年余りの期間に、本書が取り扱う対象である「戦争」と「法」に関する検討についてのアクチュアリティは(残念ながら、と言うべきであろう)飛躍的に増大した。2015年に戦後70年を迎えた日本においては、「立憲主義」や「法治主義」といった、戦後日本社会において法学者たちがその重要性を強調し続けてきた理念が、「戦時体制」を想起せざるをえないような形で動揺し、その価値が根底的に疑われるに至る事態が進行している。研究会を組織した当初にはほとんど想定していなかったことではあるが、我々の共同研究の成果が、現在進んでいる「戦争」と「法」に関する変動を冷静に分析する視座を提示することが出来ているのであれば幸いである―いささか複雑な感覚を抱かざるを得ないが。
本書では、上述の準備会の席で話し合われたささやかな研究計画すら実現できていない部分も少なくないが、それでも、一応の成果を活字として公表するに至るまでには、数多くの方の協力が不可欠であった。
まず、なんといっても、戦時法共同研究に関心を抱き、研究会に参加いただいた方々がいなければ、この書籍は成立しなかった。年に3回の研究会及びミニシンポジウムを5年以上に亘って継続することが出来たのは、これらに積極的に参加いただいた方々のおかげである。本書の射程の限界から、すべての方にご寄稿いただくことは叶わなかったが、研究会及びミニシンポジウムにおいて報告及びコメントを引き受けていただいた以下の各氏に、特に感謝を申し上げたい(登壇順、2016年3月の第18回研究会まで)。金昌禄氏、趙暁耕氏、高橋良彰氏、石川健治氏、山口陽氏、岡田健一郎氏、岩垣真人氏、小島慎司氏、泉水文雄氏、永江雅和氏、矢切努氏、服部寛氏、遠藤泰弘氏、宮平真弥氏、久保秀雄氏。また、上述のアジア研究教育拠点事業「東アジアにおける法の継受と創造」と平行して行われた比較近代法史研究会(通称「日曜研究会」)では、2008年7月に広渡清吾氏をお招きして、同氏の著書『法律からの自由と逃避』(日本評論社、1986年)について小野と出口が「書評」を行ない、広渡氏から直接コメントをいただく貴重な機会を得た。若手研究者に出会いの場を提供し、そして新たな構想を生み出すきっかけとなった、自由かつ知的緊張感に満ちた同研究会を主催された水林彪氏と、会の事務局を務めてくださった宇野文重氏への感謝は尽きない。
本書の土台となった研究会は、ミニシンポジウムを除いてすべて上智大学において継続して行なわれた。本書の刊行にあたっては、上智大学法学部個人研究成果発信奨励費、及び、上智大学研究成果公開支援事業「学術図書出版支援プログラム」の助成を受けている。更に、研究会活動にあたっては、2014年度及び2015年度に、末延財団から助成金の補助を受けた。ここに記して感謝を申し上げる。
最後になったが、出版事情の大変厳しい中、快く本書の刊行をお引受けいただき、書籍の完成に至るまで行き届いたご配慮をいただいた国際書院の石井彰氏に、執筆者を代表して心よりの御礼を申し上げたい。
2016年3月
小野博司・出口雄一・松本尚子
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