イタリア憲法の基本権保障に対するEU法の影響

東 史彦

古代ローマから現代に至る長く豊かな法文化の伝統を持っているイタリアにおける憲法とEU法、国際条約、欧州人権条約法との関係をそれぞれ時系列に沿って追い基本権保障の視点から総合的に考察した。(2016.11.20)

定価 (本体4,600円 + 税)

ISBN978-4-87791-278-9 C3032

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目次

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著者紹介

東 史彦(あずま・ふみひこ)

専攻: EU法

2001年東京外国語大学外国語学部イタリア語学科卒業。

横浜国立大学国際社会科学研究科博士前期課程、イタリア・ボローニャ大学国際法学修士課程を経て、2008年慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。2015年慶應大学より博士(法学)。

現在ジャン・モネEU研究センター(慶應義塾大学)主任研究員・事務局長。

主な論文に「EC法とイタリア法の関係」石川明編集代表『国際経済法と地域協力』信山社(2004年)555頁、「イタリア法、ガット及びEC法の関係」法学政治学論究(慶應義塾大学)74号(2007年)137頁。

まえがき

はじめに 本研究の問題意識と目的

第1節 問題の所在

2度もの未曾有の世界大戦の主戦場となり、著しい人権侵害の場ともなったヨーロッパは、国際連合やGATT1947の経済的繁栄を通じた平和追求等の、世界規模の国際的制度への参加のみならず、EUや欧州人権条約制度等の地域的経済統合法、地域的人権保障制度を確立してきた。国際連合による世界の平和の推進やWTO協定による国際経済活動の自由化等の、国際法に基づいた世界規模での活動は、必ずしも問題なく進んでいるとは言い難いが、EUでは、最近の経済危機・難民危機を別にすれば、確かに半世紀以上に渡って戦争が起こっておらず、EUの人権保障の先導者としての地位も確立してきている。EU加盟国は、国際連合やWTO等の世界規模の組織のみならず、EUや欧州人権条約等の地域的な法制度を確立し、平和、経済、人権の問題に重層的に取り組み、一定の成功を収めてきたといえよう。EUは、この成功を、国内法、国際法のみならず、EU法という新たな法秩序によって果たしてきた。

一方、日本は、EUや欧州人権条約制度に匹敵する地域的経済統合、地域的人権保障の制度がアジア地域で未だ発足していないため、国際連合やWTO協定等の世界規模の国際制度への参加の他には、一部2国間の自由貿易協定、経済連携協定を締結しているのみである。とはいえ、昨今のTPP協定の交渉参加等にみる日本をとりまく状況をみると、日本にもさらなる地域的経済統合の波が急速に押し寄せてきているようである。これに対し、日本でも、地域的経済統合法が日本では、また他の参加国では憲法上どのような法的性質を有するのかという問題や、地域的経済統合法が設置する紛争解決機関の判断が、事業者にとってどのような影響力を有するのかという問題についての意識が、次第に高まってきている。これらは、日本法と地域的経済統合法とがどのような関係を有するか、という問題である。

これまでこうした問題は、日本法と国際条約との関係に関する伝統的な国際法の理論の枠組の中で考えられるのが一般的な傾向であったように思われる。つまり、こうした問題を議論する際にEU法を参考事例として示すと、EU法はヨーロッパ固有のものであり、世界の他の地域にとっての普遍性が低い現象であるとして、重要視されないのである。しかし、ヨーロッパで起こっている法現象は、本当に普遍性が低いのだろうか。日本の今後の地域的経済統合は、EUの経験から学ぶ必要なく、従来の国際法の枠組で進むのか、進むべきなのか、それともEU法のような固有の法秩序を創設して進むのか、進むべきなのか。前者であれ後者であれ、もっとも進んだ地域的経済統合法がどのような性質を有し、どのような問題を生じうるかを、EU加盟国に学ぶべきではないのだろうか。

本研究は、このような問題意識を背景に、イタリア憲法の基本権保障に対してEU法がどのように影響を与えたかを示し、日本法への示唆を得ることを目的とする。そのために、固有の法秩序たるEU法の性質と、伝統的な国際法の枠組における国際条約の性質とが、主権の制限の有無の点で異なることを示し、また、主権国家がEU法のような主権の制限をともなう固有の法秩序を受け入れた場合、基本権保障に関して問題が生じうることを確認し、実際にEU法がイタリア憲法の基本権保障に対して影響を与えていることを、イタリアにおいてイタリア憲法と国際条約、イタリア憲法とEU法、およびイタリア憲法と欧州人権条約の関係が検討された判例を素材に考察する。

イタリア法を題材とする理由としては、次の諸点が挙げられる。

イタリアは古代ローマから現代にいたる長く豊かな法文化の伝統をもっており、社会生活のあらゆる領域に成文法の規制が張り巡らされた国でる。しかし国家の定める諸法規が全体として整合性を欠き、見通しのきかないジャングルのような状態になっている。人びとは自分(と家族・友人)にとって好ましい法規のみを援用し、その結果、法体系は個別特権の集合のようになってしまう。このことは法の適用に直接あたる官僚・役人についてもあてはまり、むしろ官庁その他の公的機関においてこそ最も著しい。イタリアの役所の非能率の原因は、公務員の能力だけにあるのではなく、高級官僚から守衛まですべての公務員がそれぞれの「裁量」の特権を行使するために、官僚機構に不可欠な予測可能性が小さいためであるとされる*1。その結果、イタリア法は、EUの他の加盟国に比べても、国内法とEU法との関係*2、および国内法と欧州人権条約法*3との関係に関する判例が極めて豊富である。このことは、地域的経済統合においてイタリアが様々な法的問題に対応してきていることを示しており、日本法にとっての示唆にも富んでいると考えられる。

また、イタリア法は、以上のような豊富な題材を提供しているにもかかわらず、EU加盟国の中でも、ドイツ、フランス、イギリス等に比べると、日本において紹介される機会が比較的少ない。しかし、イタリア法は、明治時代に日本が独仏英等と並んで法制度を継受する元となった法の一つでもある*4。またイタリアは、日本と同様、第2次大戦後、共に国際社会に復帰するために平和的・国際的な憲法を掲げ*5、度重なる憲法解釈の変更と、比較的少ない憲法改正を通じてEU統合に参加してきた。このような点に鑑みても、イタリア法の比較法学的示唆は、日本法にとってけして少なくない。本論は、そのようなイタリア法の情報を日本で提供する一助としたい。

第2節 先行研究の状況と本研究の特色

まず、イタリア憲法とEU法との関係については、日本では、EU法におけるEU法と国内法との関係に関する講学上の「模範」事例とされている判例にイタリアのものが多いため、EU法の研究の一部としてイタリア法の事例に触れている研究は数多くある。一方イタリア法の視点に重点を置いたものとしては、EU法とイタリア法の関係の関係性構築の道程の序盤の部分については曽我秀雄先生*6が、前半の包括的な部分について伊藤洋一教授が詳細な研究を行われている*7。また、重要な論点については、伊藤洋一教授*8、須網隆夫教授*9が、また最新動向については江原勝行准教授が*10、折に触れて研究を行われている。しかし、EU法とドイツ法やフランス法、イギリス法との関係に関する研究と比較すると、その層は圧倒的に薄い。そこで著者は、EU法とイタリア法の関係に関する包括的な研究を修士課程で行った。その研究も当時から10年以上が経過し、イタリア憲法とEU法の関係にも進展があったため、現時点の視点にもとづく修正・加筆を行い、本論における考察の基礎としている。

また、イタリア憲法とEU法との関係についてのEUにおける研究は、イタリア以外の研究は、やはりEU法の研究の一部としてイタリア法の事例に触れているものがほとんどであり、イタリア法の視点に重点を置いたものはイタリアの研究者による研究である。本論のイタリア憲法とEU法との関係に関する考察は、こうしたイタリアの研究者の研究によるところが大きい。

イタリア憲法と国際条約の関係については、無論、イタリアの研究者の研究が無数に行われているが、日本では、皆川洸先生が、広く国際法とイタリア法という視点から研究を行われている*11。本論のイタリア憲法と国際条約の関係については、これらの先行研究を基礎としている。

イタリア憲法と欧州人権条約との関係については、日本では、江原勝行准教授が最新動向について研究を行われている*12。EUでは、主にイタリアの研究者が、イタリア憲法とEU法との関係をも踏まえて、数多くの研究を行っている。イタリア憲法と欧州人権条約との関係は、もはやEU法との関係を抜きにしては考察できないものになっている。

右のような先行研究との関係における本研究の特色は、イタリア憲法とEU法、国際条約、欧州人権条約の関係を、基本権保障の観点から総合的に考察する点にある。

第3節 本研究の射程と構成

本論は、イタリア憲法と国際条約、イタリア憲法とEU法、およびイタリア憲法と欧州人権条約法の関係が検討された裁判例を検討の対象とし、イタリア憲法の基本権保障に対するEU法の影響を考察する。

そのための視座を得る目的で、まず、第1章では、イタリア憲法における基本権保障がどのように行われているかを考察する。まず、イタリアの基本権保障を実現するための基本的な司法制度を外観し、次に、イタリア憲法の基本権保障の根幹であるイタリア憲法第2条および第3条の原則を確認し、若干の判例に触れる。その後、主権国家としてのイタリアが締結している国際人権条約による基本権保障を、判例を通じて考察し、一般的な国際条約の国内的性質が当該締約国の憲法秩序によって決定されること、ないしイタリアにおける基本権保障が、最終的にはイタリア憲法により行われていることを確認する。

次に第2章でEU法の性質について確認し、EU法秩序における基本権保障の発展の経緯およびメカニズムを考察する。EU法は、国際条約に基礎を置く地域的経済統合法とはいえ、今やその適用範囲において各加盟国国内法の憲法に対してまで優越し、国内の実体法の分野に広く影響を与えている。すなわち、EU法は各加盟国の主権の制限をともなう自律的な新しい法秩序であり、EU法の性質はEU法自体によって決定される。そのようなEU法は、当初、基本権目録を備えていなかったが、まず判例を通して基本権がEU法の一般原則の不可欠の一部であることを示し、その内容を明確化するために、加盟国の憲法的伝統や欧州人権条約等を参照するようになった。そうした判例法の原則は、EU基本条約(本書では適宜、現行基本条約以前のものをも含む表現として使用する)に明文化もされ、さらに2009年のリスボン条約による基本条約改正では、EU基本権憲章にEU基本条約と同等の法的効力が付与され、またEUによる欧州人権条約への加入も規定されることとなった。その結果、現在では、EU法においては重層的な基本権保障枠組みが存在する。

第3章では、イタリア憲法規範がどのようにEU法を受容してきているかを確認する。EU法は各加盟国の主権の制限をともなう自律的な新しい法秩序であり、その適用範囲においては加盟国憲法に対しても優越する。つまり、EU法の適用範囲においては、原則として、各加盟国が自国の憲法にもとづく基本権保障を及ぼすことはできない。しかし、EU法は当初基本権目録を備えていなかったため、EU法の適用範囲において基本権保障の空白が生じる可能性があった。そこで、イタリア憲法裁判所は、EU法のイタリア法に対する優越性を受け容れる際、同時に、EU法がイタリア憲法の基本原則および不可侵の人権を侵害する場合にはEU法の優越性を否定するという、「対抗限界」を設ける。一方EU法は、イタリア憲法裁判所等のこうした姿勢に対する対応として、加盟国の憲法的伝統や欧州人権条約に含まれる基本権をEU法の一般原則として保障するという、独自の基本権保障を確立することとなる。その結果、実際にイタリア憲法裁判所が対抗限界に依拠したことは今までなく、EU法により規律される領域においては、原則として基本権保障がEU法に委ねられ、例外的に、重大な看過しがたい人権侵害がEU法によって生じる場合にのみ、EU法により規律されるはずの領域において、イタリア憲法にもとづく人権保障を行う可能性が排除されてはいないという、均衡関係が保たれている。

第4章では、EU法の受容の結果、イタリア憲法と欧州人権条約法との関係にいかなる変化が生じたかを確認する。イタリア憲法秩序は、当初、欧州人権条約を一般的な国際条約として捉えていたが、欧州人権条約法は、次第にEU法の一部にも取り込まれてきたために、EU法の射程外ではイタリア憲法秩序にとって一般的な国際条約の一であると同時に、EU法の射程内ではイタリア憲法秩序にとってEU法の一部であるというように、2面性を有することとなる。その結果、EU法の射程内外で、欧州人権条約法の扱いが異なることになる。この点について、EU法は問題としていないが、イタリアの学説のなかには問題視するものがあり、EU法の射程外における欧州人権条約法の扱いを、EU法の射程内におけるEU法の一部としての欧州人権条約法の扱いに準ずるべきとの主張がでてくることとなる。

第5章では、EU法の適用範囲および国内法の適用範囲はどこまでなのか、それぞれの適用範囲が衝突した場合にはどのように調整されるのかを考察する。EU法の適用範囲は、基本条約によりEUに付与された権限の範囲であるが、最近のEU判例を概観すると、EU法の射程が広がり、国内法の射程が狭められてきている状況がある。そのような中、EU司法裁判所もイタリア憲法裁判所もEUと加盟国との権限配分を判断する権限を主張し、両者の判断が抵触する可能性がある中で、双方が互いをけん制し合いつつ尊重し合うという関係が構築されている。

終章では、以上を総括し、イタリア憲法が基本権保障に関してEU法によりどのように変容してきているかを考察する。

第4節 用語の整理

次に、本論における用語の整理を行う。

1 「EU」

1951年4月18日のECSC条約調印により「ECSC」(欧州石炭鉄鋼共同体(The European Coal and Steel Community))が1952年7月23日より発効し、それに続いて1957年3月25日、EEC条約調印により「EEC」(欧州経済共同体(The European Economic Community))が、およびEAEC条約調印により「Euratom」(欧州原子力共同体(The European Atomic Energy Community))が、1958年1月1日より発効した。3つの共同体は合わせて複数形の欧州共同体(The European Communities)「ECs」で表された。その後EECの呼称が単数形の欧州共同体(The European Community)「EC」に変更されたため、「ECs」とは「ECSC」、「EC」および「Euratom」の総称となった(その後、2002年7月23日をもってECSCは終了した)*13

1992年2月7日には欧州連合(EU)条約すなわちマーストリヒト条約が調印され、1993年11月1日に発行した。同条約により、ECsを第1の柱、共通外交・安全保障政策(the Common Foreign and Security Policy:CFSP)を第2の柱、司法内務協力(Cooperation in the fields of Justice and Home Affairs:JHA)を第3の柱とする3本柱構造が導入された*14。第1の柱は主権の制限を伴なう超国家的法秩序を構成する「EC法」(ないし「共同体法」)により規律され、第2・第3の柱は主権の制限を伴わない政府間協力にもとづく「狭義のEU法」により規律された*15

1997年10月2日にはマーストリヒト条約を改正するアムステルダム条約が署名され、1999年5月1日に発行した。同条約により、第3の柱の1部が第1の柱のECへ移行し、その結果、第3の柱は警察刑事司法協力(Police and Judicial Co-operation in Criminal Matters:PJCC)となった。

2007年12月13日にはリスボン条約が署名され、2009年12月1日に発行した。これにより、単一のEUの下で3本柱構造が廃止され、マーストリヒト条約から始まったEUが制度的に完成したといえる*16。結果として、以前は法的性格を異にしたEUとECが並存する法体系が結合されて、単一の法秩序が創出されている。このような単一の法秩序を成すEUにおいては、(ECから引き継がれた)超国家性が支配的である。ただし、これは政府間主義が廃止されて、すべての事項が「共同体化」されることにより超国家的な性格を帯びるというわけではない。とくに共通外交・安全保障政策(CFSP)との関係でEUは事実上の2本柱構造となっている*17

このような経緯を踏まえた上で、本論では「EU法」という用語を使用するが、それは、従来より、主権の制限を伴なう超国家的法秩序として第1の柱を規律してきた以前の「EC法」(または「共同体法」)を意味することとする。

2 直接適用可能性、自動執行性、直接効果

本論では、条約の「自動執行性」とEU法の「直接効果」は、重なり合う部分があるとは言うものの、同一ではない別個の概念であるとの前提で*18、以下の用語を定義する。

(1) 「自動執行性(to be self-executing)」

本論では、国際条約の「自動執行性」を、「当該条約が国内においてそれ以上の措置の必要なしに適用されうる」こと*19、すなわち、「条約のまま実施が可能なために国内立法が必要ではな」く、「『独立の』裁判基準として裁判所が用いることができる」*20条約規定という意味で用いることとする。条約が国内において自動執行性を有するか否かを決定するのは、国内法である*21

この概念を本論の事例に当てはめると、イタリア法秩序において、国際条約規定が「自動執行性」を有する(それ以上の措置の必要なしに適用されうる)か否かは、イタリア法秩序にもとづき決定される、ということになる。

このような条約の自動執行性の概念は、「直接適用可能性」という用語で示されることも一般的であるが、本論では「自動執行性」という用語で統一する。その理由は、便宜上、次の、EU法秩序における「直接適用可能性」の概念との区別を容易にするためである。

(2) 「直接適用可能(directly applicable)」、「直接適用可能性(direct applicability)」

本論では、「直接適用可能」または「直接適用可能性」の用語を用いて、「国際法規範が国内法秩序において法規範としての地位を有すること」を意味することとする*22

EU法における「直接適用可能性」とは、EU法の「規定が国内法において適用されること」*23、「国内法に受容され『その地の法』となること」*24、またはEU法規定が「『効力を有し、連合諸機関によるだけでなく加盟国法秩序においても、広義の意味において適用されなければならない』*25ことを意味するとされるとされるが、本論では、「EU条約・EU機能条約や派生法が加盟国国内法秩序において法規範としての地位を有すること」*26との意味で用いる。

この概念を本論の事例に当てはめると、イタリア法秩序において、EU法規定は「直接適用可能」(国内法において法規範としての地位を有する)ということになる。

(3) 「直接効果」(direct effect)

EU法の直接効果*27とは、「[EU]法が加盟国の領域において法源となり、[EU]諸機関および加盟国だけでなく[EU]市民にも権利を付与しおよび義務を課し、ならびに、特に国内裁判官の前において[EU]法から権利を引き出しかつ同法に適合しない全ての国内法規定を排除させるために[EU]市民により援用されることができる能力をいう」*28。EU法規定が直接効果を有するとされる場合、「国内裁判所が認めなければならない個人の権利を創設すること」が表裏一体のものとして不可分の関係にあることが前提とされている*29。なお、EU法規定が私人に向けられた特定の権利を創設していない場合でさえ、当該規定が裁判所で考慮され、遵守確保されることができるほど「無条件かつ十分に明確」な義務を創設しているならば、国内裁判所で直接に遵守確保が可能である*30

EU法が「直接効果」を有するためには、「直接適用可能」でなければならない*31

また、直接効果の有無に関しては、司法裁判所が独占的な解釈権を有する。国内裁判所が独自に判断することはできない*32

この概念を本論の事例に当てはめると、イタリア法秩序において、EU法規定は「直接適用可能」(国内法において適用される)であり、司法裁判所の判断により「無条件かつ十分に明確」な義務を創設しているならば、イタリア国内裁判所で直接に遵守確保が可能である。

以上の「自動執行性」、「直接適用可能性」および「直接効果」は、判例や学説において相互互換的に使用されることが多々あるが、特に、伝統的な「自動執行性」は国内法秩序の基準によって判断される事項であるのに対して、「直接効果」は外部の法によって判断される事項であるという点で異なる点*33に注意しつつ、本論では、「自動執行性」、「直接適用可能性」、「直接効果」の使い分けについて、裁判例からの引用部分では原文のまま引用し、その他の部分においては、右で定義した意味で使用することとする。

*1: 馬場康雄「イタリア人と政治」馬場康雄・岡沢憲芙編『イタリアの政治』早稲田大学出版部(1999年)、28頁。

*2: 一方で欧州統合を熱烈に支持しながら、他方においてEU法を履行しないとい矛盾の原因の一つは、EU法とイタリア法の関係をめぐる二元論が一定の影響を及ぼしたという指摘がある(曽我秀雄「EC法とイタリア法」松井・木棚・薬師寺・山形編『グローバル化する世界と法の課題』東信堂(2006年)、79頁。

*3: イタリアに対する欧州人権裁判所への申立が多い原因として、イタリア憲法上(欧州人権)条約が法律に優位せず、直接適用が行われず、個人のイタリア憲法裁判所への申立手続がない点が指摘されている(Soriano, Mercedes Candela,“The Reception Process in Spain and Italy", Keller&Stone Sweet, eds., A Europe of Rights: The impact of the ECHR on national legal systems, Oxford Unversity Press, 2008, pp. 417-8)。

*4: 大島俊之「イタリア旧民法規定を継受したわが物権法規定」『神戸学院法学』第24巻3・4号(1994年)、171頁。

*5: 阿部照哉「イタリア共和国憲法」阿部照哉・畑博行編『世界の憲法集(第3版)』有信堂(2005年)、18~9。

*6: 曽我秀雄[2006]、79~99頁。

*7: 伊藤洋一「EC条約規定の直接適用性」『法学教室』263号(2002年)、106~112頁。伊藤洋一「EC法の国内法に対する優越(1)」『法学教室』264号(2002年)、107~111頁。伊藤洋一「EC法の国内法に対する優越(2)」『法学教室』265号(2002年)、113~120頁。

*8: 伊藤洋一「EC判例における無効宣言判決効の制限について(1)」『法学協会雑誌』第111巻2号(1994年)、161~217頁。

*9: 須網隆夫「イタリア憲法とEU法の優位―イタリア憲法裁判所2008年2月12日判決―」『貿易と関税』第58巻1号(2010年)、65~72頁。

*10: 江原勝行「イタリア憲法―超国家的・国際的法規範の受容と主権の制限の意味―」中村民雄・山元一編『ヨーロッパ「憲法」の形成と各国憲法の変化』信山社(2012年)、109~128頁。

*11: 皆川洸「国際法と国内法」『国際法研究』有斐閣(1985年)。

*12: 江原[2012]。

*13: 庄司克宏『EU法基礎編』岩波書店(2003年)、2頁。

*14: 庄司克宏『EU法新基礎編』岩波書店(2013年)、15頁。

*15: 庄司[2003]、3~5頁。

*16: 庄司[2013A]15頁。

*17: 同上。

*18: 須網隆夫「ECにおける国際条約の直接効果」『早稲田法学』第76巻3号(2001年)、85頁。

*19: 岩沢雄司『条約の国内適用可能性』有斐閣(1985年)、291頁。須網[2001]、59頁。

*20: 小寺彰「条約の自動執行性」『法学教室』251号(2001年)、134頁。

*21: 岩沢[1985]、321~324頁。Cannizzaro, E.,“The Effect of the ECHR on the Italian Legal Order: Direct Effect and Supremacy", The Italian Yearbook of International Law, Vol. 19, 2009, p. 173.

*22: 酒井他『国際法』有斐閣(2011年)、386頁参照。ただし、同書においては、「国際法規範が国内法秩序において法規範としての地位を有すること」に「直接適用可能性」の用語は使用されておらず、「直接適用可能性」の用語は「国内法秩序において国際法規範を適用する際、国内法上の措置(立法など)を介在せずに適用がなされること」の意味(本論における「自動執行性」)で使用されている。

*23: Edward, David O. A.,“Direct Effect: Myth, Mess or Mystery?", Prinssen, J. M. and Schrauwen, A. eds., Direct Effect: Rethinking a Classic of EC Legal Doctrine, European Law Publishing, 2004, p. 6.

*24: Winter, J. A.,“Direct Applicability and Direct Effect, Two distinct and Different Concepts in Community Law,"Common Market Law Review, Vol. 9, 1972, p. 425.

*25: Rosas, A., and Armati, L., EU Constitutional Law: An Introduction, Hart Publishing, 2010, p. 63.

*26: 酒井他[2011]、387頁。

*27: 庄司克宏「欧州司法裁判所とEC法の直接効果」『法律時報』第74巻4号(2002年)、14~20頁。

*28: Dony, Marianne, Droit de la Communautéet de l'Union Européenne, Quatrième edition, Edition de lʼuniversitéde Bruxelles, 2001, p.117.庄司[2003]、120頁に引用。

*29: Winter[1972], p. 425-438.

*30: Cases C-246/94, C-247/94, C-248/94and C-249/94, Cooperativa Agricola Zootecnica S. Antonio and Others v. Amministrazione delle Finanze dello Stato,[1996]ECR I-4373, para.18.庄司[2003]、122頁。

*31: 庄司[2013A]、246頁。Edward[2004], p. 6.

*32: 庄司[2013A]、248頁。De Witte, Bruno,“The Contituous Significance of Van Gend en Loos", Maduro, M. P., and Azoulai, L., The Past and Future of EU Law, Hart Publishing, 2010, p. 10.

*33: Cannizzaro[2009], pp. 173-4.

あとがき

あとがき

本書は、私の慶應大学審査学位論文をもとに加筆修正したものである。

本書は、イタリア憲法の基本権保障に対するEU法の影響を、イタリアにおいてイタリア憲法と国際条約、イタリア憲法とEU法、およびイタリア憲法と欧州人権条約の関係が検討された判例を素材に、総合的に考察している。イタリア法に軸足を置いたEU法と加盟国法との関係に関する研究は、イタリア関連判例が豊富で特色があるにも関わらず、ドイツ法、フランス法、ないしイギリス法にもとづく研究と比較すると、その層は圧倒的に薄い。本書はそのようなイタリア法の情報を日本で提供する一助となればと願っている。

本書の執筆にあたっては、収集した数多くの文献を熟読し、それらを丁寧に整理し考察を確かなものにしたいと考えていたが、絶えず進展する判例や、それに関し膨大な文献が目前に積み重なり続けていく中で、粗削りではあるかもしれないが、一旦強引に区切りをつけ、一人の未熟な研究者の視点に映ったものを纏めて公表することは、一定の意義があることと考え、研究として形にすることとした。問題点、ご批判、改善点等、忌憚のないご指摘を頂ければ幸いである。

本書の執筆に際しては、多くの方々のご指導、ご鞭撻を頂いた。

慶應義塾大学の庄司克宏先生は、私が東京外国語大学でイタリア語を学んでいた時にEU法をご教授下さり、私がEU法と出会うきっかけを下さった。その後、横浜国立大学の修士課程を経て、現在までお世話になっている。私の博士論文執筆にあたっては、ご研究や学務のお忙しい合間を縫って、丁寧なご指導を頂いた。

常磐大学の森征一先生には、慶應義塾大学の博士課程で、ご専門の西洋法制史の視点からご指導を頂いた。現在のEUにおけるイタリア法の状況を、古代ローマに遡るイタリア法の歴史の継続として捉える視点を育んでいただいたおかげで、私の研究の次元を豊かにして頂いた。

慶應義塾大学の田中俊郎先生には、修士課程の頃よりご自身のEU政治のゼミに参加させて頂き、学際的な視野を持つことの重要性を学ばせて頂いた。

東京大学の伊藤洋一先生には、直接の指導教員ではないにも関わらず、私の研究内容にご助言頂いたり、資料収集の便宜を図って頂くなど、多大な応援を頂いた。先生が期待されていた水準の成果を本書でお目にかけるには至らなかったが、心より御礼を申し上げたい。

また、東京外国語大学の山本真司先生には、学部時代にイタリア語を、広島修道大学の高橋利安先生にはイタリア憲法を、ボローニャ大学のロッシ教授にはEU法をご指導頂いた。

その他にも、慶應EU研究会、日本EU学会等でお目にかかる諸先生方にも折に触れて激励頂いた。心より感謝を申し上げたい。

本書の出版に際しては、国際書院の石井彰様に大変お世話になった。私の遅々とした作業の進展にも寛大に対応して下さり、そのお陰で色々と余計な作業を強いられたかと想像しているが、にもかかわらず、初めての出版にあたって貴重な助言を下さり、背中を押して頂いた。ここに感謝を申し上げたい。

最後に、日頃支えてもらっている家族や見守って頂いた方々に感謝を述べたい。

両親は、私に十分な教育を施してくれ、特に母は、父の他界後も、世の中の常識や偏見に縛られることなく、温かい心で私を受け入れてくれた。また、父のご同僚の先生方には、そのような私達家族を支えて頂いた。私の研究は、両親、家族、そして周囲の方々の支えによるものでもある。

この他にも、ここにお名前をお挙げすることはできないが、たくさんの方々に支えて頂いている。この場を借りて、御礼申し上げたい。

なお、本書の刊行に際しては、慶應法学会による助成を受けた。

2016年9月

東 史彦 

索引

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