早稲田現代中国研究叢書 6 変容する中華世界の教育とアイデンティティ

阿古智子・大澤肇・王雪萍 編

激しく変動する中華世界において、人々はアイデンティティをどのように形成しているのだろうか。学校、家庭、コミュニティ、サイバー空間における教育の理念と実践を、歴史と現在を見据えて分析する。(2017.3.17)

定価 (本体4,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-282-6 C3031

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目次

著者紹介

阿古智子(AKO Tomoko)
東京大学大学院総合文化研究科准教授。香港大学大学院教育学系博士課程修了、Ph.D.。在中国日本国大使館専門調査員、学習院女子大学国際文化交流学部准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを歴任。主な著作として、『超大国のゆくえ5 勃興する「民」』(新保敦子と共著、東京大学出版会、2016年)、『増補新版 貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告』(新潮社、2014年)、『比較教育研究―何をどう比較するか』(共訳、上智大学出版、2011年)などがある。
大澤肇(OSAWA Hajime)
中部大学国際関係学部講師。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。国立公文書館アジア歴史資料センター調査員、(財)東洋文庫研究員、ハーバード大学イェンチン研究所客員研究員などを歴任。主な著作として、『現代中国の起源を探る―史料ハンドブック』(共編、東方書店、2016年)、『新史料から見る中国現代史』(共編、東方書店、2010年)、『文革―南京大学14人の証言』(共編著訳、築地書館、2009年)などがある。
王 雪萍(WANG Xueping)
東洋大学社会学部准教授。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了、博士(政策・メディア)。慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所助教、関西学院大学言語教育研究センター常勤講師、東京大学教養学部講師・准教授などを歴任。主な著作として、『戦後日中関係と廖承志―中国の知日派と対日政策』(編著、慶應義塾大学出版会、2013年)、『大潮涌動:改革開放与留学日本』(共編著、中国・社会科学文献出版社、2010年)、『改革開放後中国留学政策研究―1980-1984年赴日本国家公派留学生政策始末』(中国・世界知識出版社、2009年)などがある。
執筆者・翻訳者略歴執筆者・翻訳者略歴
武小燕(WU Xiaoyan)
名古屋経営短期大学子ども学科准教授。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程修了、博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員、中京大学非常勤講師などを経て現職。主な著作として、「日本と中国の道徳教育政策に関する比較研究―戦前と戦後の連続性に注目して―」『名古屋経営短期大学紀要』57号(2016年)、『改革開放後中国の愛国主義教育:社会の近代化と徳育の機能をめぐって』(大学教育出版、2013年、日本比較教育学会第24回平塚賞受賞)、「中国の学校教育における愛国主義教育の変容:政治・歴史・語文に見られる価値志向の分析」『中国研究月報』65巻12号(2011年12月)などがある。
新保敦子(SHIMBO Atsuko)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。京都大学人文科学研究所助手、早稲田大学教育学部専任講師、助教授を経て、現職。スタンフォード大学訪問研究員、ロンドン大学SOAS訪問研究員、北京師範大学客員教授などを歴任。主な著作として『中国エスニック・マイノリティの家族―変容と文化継承をめぐって』(編著、国際書院、2014年)、The Moral Economy of the Madrasa(共著、Routledge、2011年)、『教育は不平等を克服できるか』(園田茂人と共著、岩波書店、2010年)などがある。
于小薇(YU Xiaowei)
中部大学国際関係学部講師。名古屋大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。名古屋大学非常勤講師などを経て現職。主な論文として、「中国都市部における80後の消費意識への私見」中部大学国際関係学部夢構想委員会編『「国際」という夢をつむぐ―中部大学開学50周年・国際関係学部創設30周年記念論集』(中部大学、2014年)、「中国における若年人口減少と教育―一人っ子政策の展開に関わって―」『貿易風』9号(2014年)、「一人っ子政策に関する一考察―中国の家庭及び文化環境の変化と子どもの社会化―」『貿易風』5号(2010年)などがある。
エドワード・ヴィッカーズ(Edward VICKERS)
九州大学人間環境学研究院教授。香港大学大学院教育学系博士課程修了、Ph.D.。香港新界の学校教員、ロンドン大学教育研究所准教授、東北大学客員教授などを歴任。主な著作として、Education and Society in Post-Mao China (共著、Routledge、2017年出版予定)、Constructing Modern Asian Citizenship (共著、Routledge、2015年)、Imagining Japan in Post-war East Asia (共著、Routledge、2013年)などがある。
山﨑直也(YAMAZAKI Naoya)
帝京大学外国語学部准教授。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士課程修了、博士(学術)。国際教養大学国際教養学部助教、准教授などを歴任。主な著作として、「蔡英文政権の新南向政策と教育」『東亜』594号(2016年)、『台湾を知るための60章』(共著、明石書店、2016年)、『戦後台湾教育とナショナル・アイデンティティ』(東信堂、2009年)などがある。
中井智香子(NAKAI Chikako)
香港大学華正中国教育研究センター客員研究員。広島大学大学院総合科学研究科博士課程修了、博士(学術)。主な著作として、「香港の「通識教育科」の形成過程と雨傘運動」『国際教育』22号(2016年)、「香港の「通識教育科」世代の社会識をめぐって」『アジア社会文化研究』17号(2016年)、「香港の学校公民教育の多元的空間-『学校公民教育指引』改訂の軌跡」『中国四国歴史学地理学協会年報』10号(2014年)などがある。
アナ・コスタ(Anna COSTA)
香港大学現代言語文化学部特別助教。香港大学大学院博士課程修了、Ph.D.。北京大学、ロンドン大学にて修士課程修了。2014年から1年間、東京大学にも留学。Independent Diplomat(外交コンサルタントグループ)での勤務経験もある。主な著作に、`Nations and Nationalism roundtable discussion on Chinese nationalism and national identity' Nations and Nationalism, Vol. 22 No. 3 (2016年7月)、`Focusing on Chinese nationalism: an inherently flawed perspective? A reply to Allen Carlson' Nations and Nationalism, Vol. 20 No. 1 (2014年1月)、`Britain in the Aftermath of the Indonesian Invasion of Timor, 1977: The Fiction of Neutrality and the Reality of Silent Help' Pacific Affairs, Vol. 86 No. 1 (2013年3月)などがある。
桐明綾(KIRIAKE Aya)
主に教育関連の翻訳に従事。ロンドン大学教育研究所修士課程にて修士号を取得。
園田真一(SONODA Shinichi)
九州大学法学部卒業。日本鋼管(株)で輸出入業務を担当し、現在通訳・翻訳者として海水淡水化技術研修と関連業務を担当。通訳案内士と医療通訳の資格を持ち、通訳ガイド、病院通訳などにも従事。
小栗宏太(OGURI Kota)
オハイオ大学大学院政治学専攻修士課程を最優等の成績で修了。ジェンダーポリティクスを研究テーマにしていたが、現在は香港におけるインドネシア人家事労働者の人類学的研究を行っている。

あとがき

おわりに

読了された方は気づかれたかもしれないが、本書収録論文の多くは、歴史、教育制度、教育政策、教科書、カリキュラムといった観点から、中国、あるいはそれに影響を受けざるを得ない台湾、香港、あるいは日本のナショナリズムやアイデンティティを分析するという手法を採っている。

本書は論文集であるので、読者は興味をもった章から読んでもらいたい。特に5章や6章は、フィールドワークを通して、現代中国の教育制度が女性や子どものアイデンティティ形成にどのような影響を与えているのか明らかにした貴重な成果である。ただ全体として残念ながら、教育を受けることで学生・生徒たちがどのような、あるいはどのようにナショナリズムやアイデンティティを育んでいるのか、という点については、あまり多くを語っていない。何だ、「「中国」をめぐるナショナリズムとアイデンティティ」という研究プロジェクトなのに、内容が違う、詐欺だ!と思われるかもしれない。しかし、少し待って欲しい。

教育社会学が明らかにしてきたように、そして私たちが経験してきたように、教室で教わったこと、教科書に書いてあることがそのまま100%、学生・生徒の脳にインプットされるわけではない―もし、そうであれば私のように学生の試験結果に頭を抱えるような、教員たちの悩みの多くは消え去るであろう―。したがって本来であれば、教育現場に実際に入り、現地調査などを通して、教育を受ける側(学生・生徒)が、教科書、カリキュラムといった内容をどのように受け入れて、ナショナリズムやアイデンティティを構築するのか、という観点に立つミクロレベルの研究も必要なはずである。

ところが習近平政権になってから、中国では教育に関わる現地調査を行うことが難しくなっている。本研究プロジェクト所属の研究者たちも、さまざまなアプローチを試みたが、必然的に規模が大きくなってしまうこともあり、最終的に教育現場での中長期にわたる公式な調査は断念せざるを得なかった。

とはいえ、上述したように、ミクロレベルでの観察・研究は、ナショナリズムやアイデンティティ形成の研究に欠かせない。そこで私たちの研究プロジェクトが使った手法は、「法」を描いた映画を、中国の大学の授業で見てもらった後、学生たちにディスカッションをしてもらい、それを記録・整理・分析するというものであった。また比較のために、同じ作業を台湾・香港・日本でも行った。

選んだ映画は『それでもボクはやってない』。痴漢の罪で逮捕された青年の孤独な闘いを描いた作品である。従って、内容は法や裁判制度のみならず、権力、人権といった点にも及び、この映画を通して、東アジア諸国の学生の、ナショナリズムやナショナル・アイデンティティ、すなわち国家(特に自国)に対する考え方がどのようなものであり、映画を見ることで、つまり日本の事情を知ることで、国家や法に対する考え方が、どのように変わったか、あるいは変わらないか、というのが理解できるのである。

上記の研究成果は、周防正行監督も招いて行われた2016年1月の市民公開・国際シンポジウム「映画『それでもボクはやってない』海を渡る―東アジアの法教育と大学生の法意識」という形で公開された。2017年夏ごろをめどに、シンポジウムの内容をまとめた本の刊行を予定している。

最後に、別の本の宣伝を行うという異例の展開になってしまったが、本書で欠けている側面は、そちらに集中しており二冊は補完関係にある。興味のある方、あるいは本書を読んで不満が残った方は、ぜひ読んでいただきたい。

ただ言うまでもなく、現在を知るためには歴史的な流れを押さえておく必要がある。その意味で、現代中国における「愛国主義教育」が強化される前後の教科書やカリキュラムを詳細に検討した3章・4章は、現代中国の教育を知るうえで必読である。

また中国、あるいは中国に対抗する形でさまざまな社会運動が起きている台湾・香港も含めた形で、さまざまな地域のナショナリズムやアイデンティティ形成に重要な教育を正面から取り上げた第2部は、これまでにない画期的なものであると自負している。特に台湾と香港アイデンティティ形成における「中国」・「中華」要素(チャイニーズネス)の影響を解明した7章、現代台湾の教育における「中国」の影響を論じた8章、雨傘運動に至る香港学生の対中観に迫った9章などは、今後の東アジアを論ずるうえで必読であろう。

最後に、「人間文化研究機構現代中国地域研究事業」の一環として、本書刊行への助成を決断していただいた天児慧・早稲田大学教授、および本書収録論文のほとんどの日本語チェックをしていただいた澤田郁子さん、そして学術出版が困難な状況下にもかかわらず、こころよく出版を引き受けていただいた石井彰・国際書院代表取締役社長の三名に、この場を借りて御礼を申し上げたい。

2017年1月

編者を代表して 大澤肇

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