国連大学は、1969年、当時のウ・タント国連事務総長による「真に国際的な性格を有し、国連憲章が定める平和と進歩の諸目的に合致する国際連合の大学」の設立提案に始まります。当時の日本の総理大臣佐藤栄作氏がその構想に共感し、翌年1970年には日本政府が国連大学設立へのサポートを表明しました。1972年の国連総会で国連大学の設立が承認され、1973年の国連総会で国連大学の設置についての約款ともいうべき「国連大学憲章」が採択されました。
こうして1975年、国連大学は、日本(東京)に本部を置く唯一の国連機関として活動を開始しました。以来、45年にわたって、国連のシンクタンクとして、人類の存続・発展・福祉にかかわる緊急かつ世界的・地球規模的な課題の解決に関係した研究、人材育成、および知識の普及といった活動で実績を積んでいます。
現在では、世界十数ケ国に研究拠点を持ち、世界各国の研究機関等との協働により、国連やその加盟国が直面する喫緊の課題の解決へ向けて、調査分析に基づく信頼性の高い助言や提言を提供しています。
創設後の35年間、国連大学は固有の大学院機能を持たず、数日から1か月程度の短期人材育成コース(キャパシティ・デベロップメント・コース)を開催していました。しかしながら、学位プログラムに対して盛り上がる期待に応えて2010年には国連総会で国連大学憲章が改正され、国連大学傘下のいくつかの研究所に大学院修士課程と博士課程が設置されました。現在では名実ともに大学院大学として、地球の持続可能性と人類の発展にかかわる実践機関や研究機関に有為な人材を送り出しています。
国連大学のキャパシティ・デベロップメント・コースや大学院の修了生たちは、“UNU Alumni Association(UNU同窓会)”を組織し、たえざる連携と友好を図っています。初期の修了生たちの中には大学教授になった同窓生や国連機関の中枢で仕事をしている同窓生もいます。
本書は、その“UNU Alumni Association(UNU同窓会)”の創立10周年を記念して開催されたUNU/jfUNUジュニアフェローシンポジウムの成果として、修了生たちが世界の現場でどのような課題に直面し、どのような活動をしているのかを持ち寄り、国連の2030年アジェンダが掲げている持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)にかかわる多様な取り組みを議論した結果をとりまとめたものです。
SDGsについては本書の中でその成立の経緯や世界各地での日本をはじめとする各国政府レベルから草の根に至る様々なレベルでの取り組みが詳細に紹介されているとおり、2015年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2030アジェンダ)の中核をなす21世紀における世界の大義名分です。
2030アジェンダが採択された際のスローガンは“誰一人取り残さない(no one will be left behind)”として知られていますが、このSDGsはミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)に比べると極めて理想主義的で「誰一人文句が言えない」野心的な目標設定となっています。2030アジェンダと同じく2015年に採択された気候変動対策の国際的な目標を定めた「パリ協定」にも現状の延長線上ではなかなか達成が困難な目標が掲げられており、2015年にはそうした野心的な主張が現実路線を凌駕する国際社会の雰囲気が醸し出されていたのかもしれません。あるいは、現実的な目標設定では取り残されてしまいそうな国や地域からの異論を抑えて文書を採択するには理想主義的な目標設定にせざるをえなかったのかもしれません。
SDGsの究極の目標は17の目標の達成に留まらず、人類の幸福度(well-being)の増進だと考えられます。健全な自然環境、持続的な経済発展、平和で公正で包摂的な社会の三者がお互いを支えることによって自然資本、人工資本、社会資本、人的資本を形成し、水・エネルギー・食料といった基本的人権的側面を持つ財や教育・真っ当な仕事などが提供され、幸福度に直結する健康や安全、生産と消費などの持続的な開発が実現されるのではないでしょうか。SDGsとしては明記されていませんが、2030アジェンダ本文には書きこまれている重要なキーワードとして尊厳(dignity)や自由(freedom)も挙げられます。
一方で、SDGsさえ達成できれば人類の幸福(well-being)の増進は申し分ない、というわけでもないのではないでしょうか。現状のSDGsは物質的、現世的な御利益の追求に重点が置かれていて、精神的な豊かさや心の安寧などが目標として明確には掲げられていません。ターゲット4.7に文化的多様性への理解の教育が触れられているだけです。しかし、知的好奇心の充足や多様な歴史文化・精神世界の探求、あるいは芸術や娯楽コンテンツやスポーツも人類の幸福度の増進にとってやはり必須だと思います。SDGsがすべてをカバーしているわけではない点にも目配りが必要でしょう。
そういう意味では、2030アジェンダの様な国際的な合意文書に対して、その内容を理解して従う「観客」として振る舞うばかりではなく、より良い取り組みにつながるような枠組みの提案をする「選手」として様々なステークホルダーが様々な角度から積極的に関与していくかかわりが非常に重要だと思われます。
国連大学の修了生たちは、国際社会の様々な舞台でまさにそうした「選手」として活躍できる才気を兼ね備えた人材です。本書後半には母国に限らず世界各国の現場を支えている彼ら、彼女らの報告や提言がまとめられています。SDGsをめぐるそれらの様々な思いや活動に触れて、SDGsの達成に向けた取り組みに、皆さん自身がどんなグローバルパートナーシップを構築し生かせるか、いろいろと思いをめぐらせていただけるよう祈念しています。
国連大学上級副学長、国連事務局次長補
沖大幹
2017年3月11日~12日、東京にある国連大学(United Nations University: UNU)において、「持続可能な地球社会を目指して:私のSDGsへの取組み」と題したシンポジウムが開催されました。2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」と、そのために達成すべき「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」に、私たちはいかに取り組むべきかが議論されました。
このシンポジウムは、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU Institute for the Advanced Study of Sustainability: UNU-IAS)と公益財団法人国連大学協力会(The Japan Foundation for the United Nations University: jfUNU)によって共催され、外務省と文部科学省に後援されたものです。多くの組織のパートナーシップと、多くの人びとの協力によって実現したシンポジウムでした。
また、UNU/jfUNUジュニアフェローシンポジウムとして位置づけられ、UNUの各種の教育・研修プログラムの修了生が、かつて学んだ「母校」とも呼ぶべきUNUに集うという意味で、いわばホーム・カミングの機会だったとも言えます。2017年は、修了生によって構成されるUNU Alumni Association(UNU同窓会)が発足して10周年にあたる年でした。
さて、本書は、このシンポジウムにおいて英語で議論された内容の記録であると同時に、そこで触発されて、さらに考察したことを新たに執筆した原稿も含んでいます。したがって、この1年間に新たに起こったことを踏まえて、アップデートした部分もあります。
SDGsは、すべての国連加盟国に課された課題です。もちろん、日本にとっても、日本に住むすべての人びとにとっても、重要な課題です。日本は、先進国に分類されますが、それでも、相対的貧困、生活習慣病、ジェンダー格差、エネルギー、過労死、国内の不平等、災害リスク、環境問題など、多くの問題も同時に抱えています。これらに、私たちはどのように取り組んでいくべきなのでしょうか?また、日本がこれまで多くの課題を克服・解決してきた経験を、とくに途上国へ伝えることも期待されています。私たちは、日本の国際協力にどのように貢献できるでしょうか?こうしたことも、読者の皆さんと一緒に考えていきたい点です。
これからの数年、日本にとって、国際社会においてリーダーシップを発揮できる機会が多くあります。2019年にG20大阪サミットが開催されますが、日本が開催国となるのは初めてのことです。また、同年、第7回アフリカ開発会議が横浜で開催されます。そして、2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。こうした機会に、SDGsを自分たちの課題として考えることは大切でしょう。
公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)は、国連児童基金(United Nations Children's Fund: UNICEF)と公益財団法人日本ユニセフ協会と協力して、2018年の「開発と平和のためのスポーツ国際デー」(4月6日)に、「オリンピック休戦」を呼びかけるため、「折り鶴」を用いたPEACE ORIZURU(www.peaceorizuru.com)をスタートさせました。SDGsの目標16につながる、誰でも参加できる取組みの1つだと思います。
さて、本書の出版にあたっては、多くの方にお世話になりました。まず、そもそも、UNU同窓会の発足を働きかけ、UNU/jfUNUジュニアフェローシンポジウムを企画した、jfUNUの長谷川善一専務理事及び森茜常務理事・事務局長に感謝します。また、集まった原稿の編集作業においては、小林知美さん、上田通江さん、北見瑛子さん、塩野智子さんに、ていねいな仕事をして頂きました。最後に、株式会社国際書院の石井彰社長には、本書の出版にあたって、大変にご尽力いただきました。心より感謝いたします。
編者 勝間靖
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