松隈潤(まつくま・じゅん)
「地球共同体(Global Community)」を構想することは可能であろうか?
本書は、Global Community を「地球共同体」と把握し、国際法の発展が将来的に「地球共同体の国際法(International Law for the Global Community)」と評価できるような現象となり得るかという問題意識をもって分析したものである。すなわち、「地球共同体の価値や利益」を保護する法の発展という現象について分析を行うものである。
国際法の視点から「地球共同体」を論じた先行研究としてはカパルド(Giuliana Ziccardi Capaldo)の研究がある*1。カパルドは「国家と国際組織が共同で行う国際法強制機能」という観点から、「共通利益と正当性の制度的コントロールの必要から行動する国家」、「共同体の代理人として国連諸機関が行う一般的強制権限」、「国際法強制の統合的システム」について論じている*2。カパルドは国際秩序が主権国家に対して課す制限という文脈で、個別の国益に比してより大きな価値が認められている一般的利益の観点から、主権国家が集団的意思の実施を許容することを余儀なくされることがある旨論じている*3。他方、廣瀬は「国家、国際組織、さまざまなサブナショナルな主体(個人も含む)が作り出す、あらゆる種類の下位システムの集合で、そこに何らかの共通の理念が存在するもの」を「世界共同体(world communities/soceities)」と定義したうえで、これと地球環境との相互作用を一体としてとらえ分析する概念として「地球共同体(global communities/societies)」を提案している*4。また、フォークはその著書において「地球村(Global Village)」という概念を使用している*5。
本書において「地球共同体」という用語を用いる際には、国連を中心とする国際組織の発展が、グローバル・ガバナンスにいたる道程を導き、一定の「共同体」と呼びうる実在を伴っていくという認識を前提としている。そして伝統的には国家間関係の規律を中心として発展してきた国際法に関し、今日、法の履行確保に関する集団的な展開ともいうべき現象がみられることに着目するものである。
さて、「地球共同体」の構想に関し、その出発点となると考えられる国際組織に関する研究については、「国際法学的なアプローチ」のみならず、「学際的なアプローチ」も存在している。国際法学の一分野としては、「国際組織法」という学問分野があるが、バウエット*6、スヘルメルス*7、高野*8、佐藤*9らの体系書がある。また、チェスターマン、ジョンストン、マローンによる資料集*10は教材として広く用いられている。「学際的なアプローチ」の場合には「国際機構論」と呼ばれることも多いが、ハード*11、カーンズとミングスト*12、最上*13らによる体系書がある。学会としては国連システム学術評議会(The Academic Council on the United Nations System)が学術誌Global Governance を刊行しており、また日本においては日本国際連合学会が年報『国連研究』を刊行してきている。
本書において「地球共同体」について論じる際、先行研究の基盤がないままに独創的な議論を展開しても学術上、実務上の意義はないであろう。よって本書は、主として国際組織法、国際機構論の先行研究に依拠しながら、前提的な議論および本書の各章において取り扱う分野に関する「問題の所在」を確認していきたいと考えている。そしてそのような「問題の所在」を出発点として、著者は「地球共同体の国際法」の可能性について考察してみたい。
*1: Giuliana Ziccardi Capaldo,`The Law of the Global Community: An Integrated System to Enforce“Public International Law", The Global Community Yearbook of International Law&Jurisprudence, Vol.1, Issue 1, 2001, pp.71-120.
*2: Ibid., pp.79-116.
*3: Ibid., p.74.
*4: 廣瀬和子「安全保障概念の歴史的展開―国家安全保障の2つの系譜と人間の安全保障-」世界法年報第26号、2007年、11-13頁。
*5: Richard A. Falk, Law in an emerging global village, a post-Westphalian perspective, Transnational Publishers, 1998.
*6: Philippe Sands Q.C. and Pierre Klein, Bowett's Law of International Institutions, SIXth Edition, Sweet&Maxwell, 2009.
*7: Henry G. Schermers&Niels M. Blokker, International Institutional Law, Fifth Revised Edition, Martinus Nijhoff Publishers, 2011.
*8: 高野雄一『国際組織法(新版)』有斐閣、1975年。
*9: 佐藤哲夫『国際組織法』有斐閣、2005年。
*10: Simon Chesterman, Ian Johnstone, David Malone, Law and Practice of the United Nations: Documents and Commentary, 2nd edition, Oxford University Press, 2016.
*11: Ian Hurd, International Organizations, Politics, Law, Practice, Third Edition, Cambridge University Press, 2018.
*12: Margaret P. Karns and Karen A. Mingst, International Organizations: The Politics and Process of Global Governance, Third Edition, Lynne Rienner Publishers, 2015.
*13: 最上敏樹『国際機構論講義』岩波書店、2016年。
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