国際関係の変動と日本医療保険制度史

杉田米行
書影『国際関係の変動と日本医療保険制度史』

19世紀末以降のアメリカ的行動原理が東アジアにおける国際政治舞台で台頭し、ドッジ・ラインの実施により、1950年代までには日本における戦後医療保険医療制度の外枠が定まったことを実証する。(2022.2.20)

定価 (本体3,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-315-1 C3031 297頁

目次

  • 第1章 アメリカ的行動原理の台頭
    • はじめに
    • I 19世紀後半の世界システム
    • II 19世紀末の中国をめぐる国際関係
    • III 第一次門戸開放宣言: アメリカ的行動原理の台頭
    • おわりに
  • 第2章 ワシントン体制とコーポラティスト的枠組I(大企業)
    • はじめに
    • I ワシントン体制
    • II 健康保険コーポラティズム
    • III 健康保険法案要綱に関する議論
    • IV 国庫負担
    • V 第45回帝国議会での議論
    • VI 健康保険コーポラティスト的枠組における政府と企業の関係
    • VII 健康保険組合
    • おわりに
  • 第3章 ワシントン体制とコーポラティスト的枠組II(医師会)
    • はじめに
    • I 国家と医師会 ――対立抑制、利害調整、規範形成
    • II 政府と大日本医師会の交渉
    • III 日本医師会幹部による医師会統制
    • IV 体制の正統性
    • V 健康保険実施初期: 1927年-1929年
    • おわりに
  • 第4章 地域ヘゲモニーと公益第一主義国家(国民健康保険)
    • はじめに
    • I ワシントン体制の崩壊と大東亜共栄圏
    • II 中央集権国家の台頭
    • III 国民健康保険の文脈としての公益第一主義国家
    • IV 国民健康保険制度の導入
    • V 国民健康保険の本質
    • VI 健康保険法の修正
    • VII 半国民皆保険へ
    • おわりに
  • 第5章 地域ヘゲモニーと大東亜共栄圏(半国民皆保険)
    • はじめに
    • I 医療制度改革へ: 半皆医療保険―供給面の改革
    • II 皆医療保険に向けて
    • III 1942年改革: 国民医療法
    • IV 1942年改革: 健康保険・国民健康保険の修正(需要面の改革)
    • おわりに
  • 第6章 国際社会からの隔離と百家争鳴(占領初期)
    • はじめに
    • I ベヴァリッジ報告
    • II ベヴァリッジ報告が日本に与えた影響
    • III 敗戦: 世界システムからの隔離による国内改革
    • IV アメリカ労働諮問委員会
    • V 社会保障研究会
    • VI 社会保険制度調査会の答申:社会保障制度要綱
    • VII 新要綱に対する世論・政府の反応
    • VIII 社会保険における国庫負担の意義
    • IX ワンデル報告
    • X ワンデル報告への批判とアメリカ医師会報告
    • おわりに ――日本の選択
  • 第7章 国際社会への復帰と均衡財政国家
    • はじめに
    • I ドッジラインの実施
    • II ドッジラインとその歴史的意義
    • III 世界経済に戻った日本
    • IV 朝鮮戦争と日本
    • V 虚構としての社会保険 ――1950年「社会保障制度に関する勧告」批判
      • 1 社会保障制度の勧告に対する従来の評価とその問題点
      • 2 社会保障制度審議会の議論: 勧告1 ――「健康保険等の給付費に対する国庫負担の件」
      • 3 社会保障制度審議会の議論: 勧告2 ――「生活保護制度の改善強化に関する勧告」
      • 4 「社会保障制度確立のための覚え書」
      • 5 「生活困窮者生活援護要綱」から社会保障制度に関する勧告へ
    • VI 社会保障制度審議会の影響とその原因
      • 1 政府は無視
      • 2 虚構
    • おわりに
  • エピローグ 日米同盟と均衡財政国家(国民皆保険)
    • はじめに
    • I 日米同盟と日本の医療政策
    • II 国民皆保険: 光と陰
    • おわりに
  • 謝辞
  • 索引
  • 著者紹介

著者紹介

杉田米行(すぎた・よねゆき)

1962年大阪生まれ。

1999年University of Wisconsin-Madisonから歴史学のPh.D.取得。

現在
神戸女子短期大学教授。
専門
アメリカ外交史と日本医療制度史。
主な著作
Yoneyuki Sugita, Japan's Shifting Status in the World and the Development of Japan's Health Insurance Systems (Springer, 2019); Yoneyuki Sugita, Pitfall or Panacea: The Irony of US Power in Occupied Japan 1945-1952 (Routledge, 2003) などがある。

まえがき

本書の核心をなす学術的問いは、「日本における医療保険制度の形成と展開において、国際的要因はどのような影響を与えたのか」である。この問いに対する仮説は「国際関係の構造的変動とその中における日本の立ち位置の変遷が、日本の国家形態に影響を与え、その一環として医療保険制度が変化していった」ということである。本書の目的はこの仮説を実証的に論証することである。本書では19世紀末から1950年代までの時期を取扱っている。19世紀末に後述するアメリカ的行動原理が東アジア国際政治舞台で台頭しはじめ、ドッジラインの実施により1950年代までには、戦後医療保険制度の外枠が定まったからである。

ケネス・ウォルツは、人間・国家・戦争が国際政治の三つのイメージだと唱える*1。日本の医療保険制度の形成と発展に貢献した三つの主要因を、この三つのイメージになぞらえることができる。つまり、日本が置かれた国際関係、それにある程度規定される日本の国家形態、および具体的に医療保険制度からさまざまな影響を受ける主要なステークホールダー間の権力闘争である。

医療保険制度における従来の研究を精査すると、これは国内問題であり、官僚、医師会、関係学者、実業界など利益集団間の権力闘争によって、日本の医療保険制度が展開したという共通の認識が見られる。したがって、従来の研究では医療保険制度の形成・展開を単なる国内問題ととらえる傾向がある。国際関係論の視点からそのような傾向に疑問を持ち、国際情勢の構造的変化とその中における日本の立ち位置の変遷が、日本国内の医療保険制度の形成・展開に大きな影響を与えたのではないかという着想にいたった。

たしかにこれまでにも、国際政治経済との関係、日本の再軍備、冷戦の激化、アメリカの巨大な軍事力など、国際問題の視点を取り入れて日本の医療保険制度を分析する研究は存在する*2。しかし、従来の研究では、国際システムの変化やその中における日本の立ち位置の変遷が具体的にどのように、日本国内の医療制度の形成に連動していったのか、という着想や視点はなかった。

外交・国際関係分野と医療保険(社会保険)分野という、ふたつの異なる学問分野を融合したことが本書の特色であり、新たな学域設定の可能性を秘めている。国際社会における日本の地位の変遷という外交・国際関係分野で主に取り扱われてきた事象と、日本医療保険制度史という、社会保障・社会福祉史分野で主に取り扱われてきた事象を統合的に分析することにより、内政と外交の包括的理解への視点を提供することが可能となる。本書では主に3点に絞って論を進める。

  • (1) 19世紀末から1950年代において、日本を取り巻く国際関係がどのように変動し、その中で日本の位置づけがどのように変遷したのかを検討する。
  • (2) (1)の影響を受け、日本の国家形態がどのように変化し、どのような政策転換をしたかを検討する。
  • (3) (2)の政策転換の中で、医療保険制度の展開を具体的に検討する。

本書は以下のような構成になっている。第1章「アメリカ的行動原理の台頭」では、ワシントン体制の原型ともなった中国における第一次門戸開放宣言の歴史的意義を分析する。門戸開放宣言の究極的な歴史的意義は、中国での国際関係の軸を、ヨーロッパ的行動原理からアメリカ的行動原理に転換するための第一歩が踏み出されたことである。国際社会におけるアメリカの影響力の増大により、このアメリカ的行動原理の重要性も高まっていった。第一次世界大戦を経て、アメリカ的行動原理のもとにワシントン体制が構築された。中国における門戸開放政策は、ワシントン体制の前哨戦と位置づけることもできる。

ワシントン体制と健康保険制度の形成過程は、担当官庁も異なり、一見無関係のようだが、これらふたつの事象を後世に第三者的見地から「コーポラティズム」という概念を利用すると共通性が見出される。ヨーロッパ的行動原理からアメリカ的行動原理への移行という国際情勢に呼応する形で、健康保険コーポラティスト的枠組みという新しい秩序が打ち立てられていった。第2章「ワシントン体制とコーポラティスト的枠組I(大企業)」では、ワシントン体制に規定される形で形成されていった健康保険体制における、政府と大企業の関係を分析している。健康保険法制定時に政府の念頭にあったのは労働者というよりは経営陣だった。労使関係に関しても、労働者に問題があるというよりは、旧態依然たる態度で労働管理をしようとしていた経営陣に問題があった。政府は健康保険法を利活用して、経営陣を取り込んでいったのである。

第3章「ワシントン体制とコーポラティスト的枠組II(医師会)」では、健康保険コーポラティスト的枠組みにおけるもう一つの重要な要素である医師会との関係を分析する。日本医師会は、開業医に対する法的統制力が得られること、医師会と開業医全体が経済的恩恵を受けられること、将来の展望が明るいと考えたことなどで、健康保険に積極的に参加する方向に動いた。

第4章「地域ヘゲモニーと公益第一主義国家(国民健康保険)」では、国民健康保険の意義を分析している。国民健康保険は、国際社会における日本の位置の変化と、適切な国家に関する日本人の概念変化の賜物である。ワシントン体制のメンバーに過ぎなかった日本が、ワシントン体制から離脱して大東亜共栄圏の地域ヘゲモニー国家へと移行する過程で、日本政府は国民の結束を強化する手段としての国民健康保険を創設し、日本における平等主義と生活安定化政策の採用に重点を置くようになった。国民健康保険の展開と実施は、日本は欧米中心の世界における多くの国の中の一つという1920年代の自由主義的国家を放棄し、アジアにおける独立した地域体制における指導的立場に立とうとする1930年代後半の公益第一国家に変化していったことの表れだった。

1930年代後半から1940年代前半にかけて、国際社会における日本の地位および日本人の国家観の転換によって、需要面と供給面の両側面の改革を通じて日本の医療保険制度の転換をもたらす環境が整えられた。この転換は国民健康保険の成立で始まり、1942年の健康保険の修正と新しい医療保険制度の整備によって頂点に達した。需要面の改革では、皆保険を目指して医療保険の対象者を拡大していった。供給面の改革では、医師と国家の関係に大きな変化が生じた。第5章「地域ヘゲモニーと大東亜共栄圏(半国民皆保険)」では、このような需要面・供給面の大きな改革を分析している。国民皆保険への強い志向は、ワシントン体制から離脱し、大東亞共栄圏という新たな独立地域体系を作り、その盟主にならんとする日本の国際社会における地位の変化と補完しあいながら進んでいった。

第6章「国際社会からの隔離と百家争鳴(占領初期)」では、連合国軍による日本占領初期における、戦後医療保険制度構想が百家争鳴の様相を呈していた状況を分析している。1948年末、日本には、国民の国家への依存度が最も低いアメリカ医師会報告から、最も高い社会保障案まで、さまざまな戦後医療保険構想があった。しかし、日本は、医療保険制度に関して国民と国家の関係を真摯に考える機会が与えられていたにもかかわらず、目の前の諸問題に目を奪われ、長期的観点にたった政策を打ち立てることができなかった。

第7章「国際社会への復帰と均衡財政国家」では、ドッジラインが国際社会における日本の地位と戦後日本医療保険の転換点だという仮説を検証している。ドッジラインの緊縮財政政策により、占領初期に打ち出された、理想的・民主的・革新的な社会保険構想が排除された。さらに、社会保障制度審議会が出した社会保障制度に関する勧告は、戦後日本社会保障にとって重要なものと思われているが、ドッジラインの実施により、少なくとも短期的にはほとんど効果はなかった。しかも、長期的には、この勧告最大の遺産は、社会保険に対する誤った認識を国民に植え付けたことである点を示している。日本の医療保険制度、とくに国民健康保険は、税金を大量に投入する公的扶助の性質が強いにもかかわらず、国民はそれが保険であり、保険料を払っているので、自分の権利だと誤解して利用するという虚構の上に成り立っている。日本社会では、戦後半世紀以上、このような社会保険の概念が定着していった。

エピローグ「日米同盟と均衡財政国家(国民皆保険)」では、日米同盟と国民皆保険の関連性に言及している。サンフランシスコ講和条約での片面講和、占領終結後のアメリカ軍駐留、日本再軍備等、安全保障・日米同盟は国論を二分するイデオロギー論争となり、政府は左翼からも右翼からも批判された。そのような状況下、社会保障の拡張は、国民の支持を得られる数少ない国家目的の一つだった。1950年代は経済成長の時代であり、日本は、経済成長か社会保障の拡張かというジレンマには陥らなかった。経済成長と社会保障の拡張という目的を遂行している限り、占領終結後、アメリカとの同盟関係を含む国家安全保障上の諸問題に関するイデオロギー対立を抑えこむことができた。1950年代は、日米同盟、経済成長、社会保障の拡張がワンセットになっていた時代といえる。この3要素による連関的発展の帰結が、国民皆保険の達成である。

〈注〉

*1: ケネス・ウォルツ『人間・国家・戦争:国際政治の3つのイメージ』(勁草書房2013年)。

*2: 小山路男『現代医療保障論』(社会保険新報社1969年); 林俊一『日本資本主義における国民医療の諸問題』(医療図書出版社1984年); 林健久・加藤栄一編『福祉国家財政の国際比較』(東京大学出版会1992年);伊藤周平『社会保障史恩恵から権利へ: イギリスと日本の比較研究』(青木書店1994年); 杉山章子『占領期の医療改革』(勁草書房1995年)など。

索引

事項索引

  • 数字
    • 1950年勧告 241, 242, 243, 260, 262, 263, 268
  • あ行
    • アメリカ医師会 6, 208, 209, 210, 211, 212, 213,
    • アメリカ的行動原理 3, 4, 5, 15, 16, 24, 25, 28, 31, 32, 33
    • アメリカ労働諮問委員会 178, 179, 180, 185
    • 医師法 80, 86, 88
    • 医薬制度調査会 146, 149, 150, 154
    • 医療国営 152, 153, 155
    • 医療制度改善方策 149, 153, 156
  • か行
    • 革新官僚 111, 112, 113, 114
    • 家族給付 123, 128, 131, 133, 134
    • 幹事案 147, 148, 149
    • 企画院 111, 114
    • 基本国策要綱 109, 133
    • 給付・反対給付均等の原則 263, 268
    • 組合管掌(健康)保険 70, 82, 90, 128, 157, 185, 186, 202, 208, 288
    • 結果の平等 176, 177, 195, 199
    • 健康保険組合 42, 50, 52, 54, 56, 61, 62, 66, 67, 68, 69, 70
    • 健康保険コーポラティスト 5, 66
    • 健康保険等の給付費に対する国庫負担の件 244, 247
    • 健康保険法施行命令要綱 65, 68, 69
    • 憲政会 42, 49, 50, 51, 52, 59, 88
    • 公益第一主義国家 107, 113, 114, 115, 118, 120
    • 公衆衛生福祉局 178, 179, 187, 188, 189, 190, 191, 213, 248, 256, 258, 262
    • 厚生省 122, 131, 132, 134
    • 国際労働機関 47, 48, 51, 65
    • 国民医療法 153, 154, 155
    • 国民皆保険 122, 123, 124, 133, 135, 136, 145, 155, 159, 160, 165, 177, 178, 180, 181, 182, 183, 185, 189, 206, 212, 242, 244, 283, 286, 287, 288, 289, 290, 291, 292, 293
    • 国民健康保険制度案要綱 116, 117
    • 個人主義的自由主義的国家 113, 124
  • さ行
    • 三国干渉 20, 21
    • 七人委員会 288, 289
    • 社会保険診療報酬支払基金法 244, 246
    • 社会保険制度調査会 181, 184, 185, 186, 187, 191, 193, 195, 196, 197, 199, 206, 207, 209
    • 社会保障研究会 179, 180, 182, 183, 187, 196
    • 社会保障制度確立のための覚え書 241, 252, 253, 255, 265
    • 社会保障制度研究試案要綱 241, 256, 257, 258, 260
    • 社会保障制度審議会 230, 241, 244, 246, 247, 248, 249, 250, 251, 252, 253, 255, 256, 258, 259, 260, 261, 262, 265
    • 社会保障制度十原則覚書 252, 253, 265
    • 社会保障制度に関する勧告 168, 230, 240, 241, 255, 260
    • 社会保障制度要綱 168, 181, 182, 183, 184, 192, 193, 195, 196, 197, 199, 202, 204, 205, 214
    • 収支相等の原則 194, 199, 200, 263, 268
    • 職員健康保険 131, 132, 134
    • 診療報酬単価 98, 99, 100, 101, 132, 157
    • 生活保護制度の改善強化に関する勧告 249, 251,
    • 生活保護法 176, 205,
    • 政府管掌(健康)保険 62, 82, 89, 91, 94, 128, 129, 157, 184, 186, 202, 208, 288
    • 政友会 51
  • た行
    • 大東亜共栄圏 108, 110, 111, 136
    • 大日本医師会 80, 81, 82, 83, 84, 85, 87, 88, 95
    • 団体自由選択主義 80, 81, 83, 84, 85, 86, 87, 88, 89, 91, 92, 94, 98, 99, 101
    • 通商産業省 239, 240
    • ドッジライン 6, 229, 230, 231, 232, 233, 234, 235, 237, 238, 240, 246, 247, 249, 262
  • な行
    • 内務省 50, 51, 53, 55, 64, 65, 68, 80, 83, 94
    • 日本医師会 5, 79, 80, 83, 86, 87, 88, 89, 90, 91, 92, 93, 94, 95, 96, 97, 98, 99, 100, 101
    • 農商務省工務局 51, 65
    • 農商務省工務局労働課 52, 54
  • は行
    • パクス・ブリタニカ 17, 33
    • 復興金融金庫 232, 235
    • ヘゲモニー 17, 18, 24, 107, 110
    • ベヴァリッジ報告 145, 165, 166, 167, 168, 169, 171, 172, 173, 180, 181, 186, 193, 195, 197, 202, 205, 207
  • ま行
    • 無差別平等の原則 175, 176
    • 門戸開放宣言 16, 24, 26, 28, 30, 31, 32, 33
  • や行
    • ヨーロッパ的行動原理 4, 5, 15, 16, 18, 23, 24, 25, 28, 31, 32, 33
  • ら行
    • 労働保険調査会 53, 54, 55, 57, 58, 59, 60, 61, 62, 65, 68, 69
  • わ行
    • ワシントン体制 4, 5, 6, 41, 42, 43, 46, 47, 48, 53, 63, 64, 67, 70, 79, 108, 110, 111, 136
    • ワンデル報告 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213

人名索引

  • アルファベット
    • C. F. ・サムス 179, 180, 209, 248, 256, 258, 259
  • あ行
    • 青柳一郎 172, 246, 248, 250, 251, 256
    • アルフレッド・ヒッピスレー 26, 27, 29
    • 池田勇人 233, 234, 237, 239
    • 石橋湛山 290, 291
    • 稲葉秀三 191, 192, 197
    • ウィリアム・ロックヒル 26, 27, 29, 30, 31
    • 内ヶ先騰次郎 80, 84, 85
    • 内田嘉吉 55, 57, 58, 61
    • 内野仙一郎 172, 188, 189
    • 江木翼 55, 56, 57, 60, 61, 62
    • 大石武一 247, 248, 250, 251, 255
    • 大内兵衛 241, 247, 252, 256, 258
    • 大河内一男 171, 180, 196
    • 奥村喜和男 111, 112, 114
  • か行
    • 加藤於兎丸 149, 152
    • 上山顕 181, 197
    • 川村秀文 117, 122, 123, 126, 127
    • 北里柴三郎 81, 82, 83
    • 北島多一 83, 88, 91, 96
    • 木戸幸一 122, 125
    • 近衛文麿 109, 112, 114195
    • 近藤文二 180, 182, 183, 184, 187, 189, 190, 192, 196
  • さ行
    • サー・クロード・マクドナルド 22, 23
    • 斎藤斎 247, 252
    • 四條隆英 83, 84
    • 清水玄 51, 66, 67, 69
    • ジョン・ヘイ 16, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32
    • 末高信 173, 178, 180, 181, 182, 183, 184, 187, 188, 189, 190, 191, 192, 193, 195, 196, 198
    • 膳桂之助 54, 55, 56, 59, 60, 61, 62, 81, 82, 84
    • 添田敬一郎 55, 147, 148
    • 園乾治 180, 182, 183, 184, 187, 248
    • ソールズベリー首相 22, 23
  • た行
    • 田中隆三 53, 55, 57, 59, 62, 63, 64
    • ダグラス・マッカーサー 208, 209, 212
    • チャールズ・デンビー 21, 23, 27, 30, 31
    • 寺邑毅一 83, 86, 87
    • 友納武人 165, 172, 176, 178, 180, 188, 214
  • な行
    • 中山壽彦 153, 247, 248, 252
    • 長岡隆一郎 67, 80, 83, 84, 88, 89, 90, 91, 95
    • 長尾春雄 248, 249, 251, 252, 253
    • 丹羽七郎 116, 119, 129
  • は行
    • 鳩山一郎 284, 285, 289
    • 平井章 135, 159
    • 平田冨太郎 171, 178, 180
    • 廣田弘毅 108, 109
    • フォレスト・ハーネス 208, 209
  • ま行
    • 宮尾武男 191, 249, 254
    • 武藤山治 58
    • 森荘三郎 55, 59, 62
  • や行
    • 山下義信 247, 259
    • 山本達雄 53, 59
    • 湯浅佑一 249, 250, 251
    • 湯澤三千男 80, 83, 90 , 91, 92, 93, 95, 96
    • 吉田秀夫 247, 253, 254
  • ら行
    • ラルフ・ヤング 236
    • 李鴻章 21
  • わ行
    • 渡邊房吉 97