国連研究 23 人権と国連

日本国際連合学会 編
書影『人権と国連』

2022年2月下旬に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、武力不行使や紛争の平和的解決といった国際社会の基本原則に深刻な影響を与えている。人権を保障する国際的な取組みが急務である。(2022.6.30)

定価 (本体3,200円 + 税)

ISBN978-4-87791-317-5 C3032 259頁

目次

  • I 特集テーマ「人権と国連」
    • 1 国連と人権: 77年の歩み――その出発点と到達点植木俊哉
    • 2 ビジネスと人権: 「人間の安全保障」の視点から佐藤安信
    • 3 先住民族の参加と国際連合: 先住民族権利宣言の起草と実施における影響富田麻理
  • II 研究ノート
    • 4 国際移住機関の変容と人権: 国連「関連機関」化の規範的含意と実践的影響大道寺隆也
  • III 政策レビュー
    • 5 国連と地域機構の安全保障パートナーシップのリアリティ・チェック: スーダンの事例中谷純江
    • 6 新型コロナウイルス感染拡大の影響にみる安保理北朝鮮制裁の課題竹内舞子
  • IV 独立論文
    • 7 国際連盟期の平和維持: 大戦再発防止の使命と国境紛争・内戦調停の前面化のあいだ帶谷俊輔
  • V 書評
    • 8 竹内俊博・神余隆博編著『国連安保理改革を考える: 正統性、実効性、代表性からの新たな視座』植木安弘
    • 9 川村真理著『難民問題と国際法制度の動態』秋山肇
    • 10 政所大輔著『保護する責任: 変容する主権と人道の国際規範』清水奈名子
  • VI 日本国際連合学会から
    • 1 国連システム学術評議会(ACUNS)2021年度年次研究大会に参加してキハラハント愛
    • 2 第20回国連システム東アジアセミナー(英文)庄司真理子
    • 3 規約及び役員名簿
  • VII 英文要約
    • 編集後記
    • 執筆者一覧

表紙写真

Mrs. Eleanor Roosevelt of the United States holding a Declaration of Human Rights poster in French. [Exact date unknown]UN Photo

  • Preface
  • I Articles on the Theme
    • 1 The United Nations and Human Rights: 77 Years HistoryToshiya Ueki
    • 2 Business and Human Rights: From the “Human Security" PerspectiveYasunobu Sato
    • 3 Indigenous Participation at the United Nations: Their role and effect to the standard setting and implementation of human rightsMarie Tomita
  • II Research Note
    • 4 The IOM's Incorporation into the UN System and Human Rights: Normative Implications and Practical ConsequencesRyuya Daidouji
  • III Policy Perspectives
    • 5 Reality check of the UN-regional partnership in peace and security: Sudan as a case studySumie Nakaya
    • 6 Impact of the COVID-19 Pandemic on the Implementation of the UN Economic Sanctions against North KoreaMaiko Takeuchi
  • IV Independent Article
    • 7 League of Nations Peacekeeping: The Great War, Border Disputes, and Civil WarsShunsuke Obiya
  • V Book Reviews
    • 8 Toshihiro Takeuchi and Takahiro Shinyo, eds., UN Security Council Reform Revisited: New perspectives on legitimacy, effectiveness and representationYasuhiro Ueki
    • 9 Mari Kawamura, Refugees and the Dynamics of International LawHajime Akiyama
    • 10 Daisuke Madokoro, The Responsibility to Protect: An Evolving International Norm of Sovereignty and HumanitarianismNanako Shimizu
  • VI Announcements
    • 1 The 2021 Annual Meeting of the Academic Council on the United Nations System (ACUNS)Ai Kihara-Hunt
    • 2 The 20th East Asian Seminar on the United Nations SystemMariko Shoji
    • 3 Association's Charter and Officers
  • VII Summaries in English
    • Editorial Notes
    • List of the contributors and editorial members

Cover: Mrs. Eleanor Roosevelt of the United States holding a Declaration of Human Rights poster in French. [Exact date unknown]©UN Photo

著者紹介

〈執筆者一覧〉掲載順 *所属および職位は2022年4月時点のもの。

植木俊哉 (うえきとしや)
東北大学理事・副学長、大学院法学研究科教授
専門は、国際法・国際組織法。
近著に、「国際組織の設立条約に対する留保に関する一考察」編集代表岩沢雄司・岡野正敬『国際関係と法の支配(小和田恆国際司法裁判所裁判官退任記念)』(信山社、2021年7月)735-760頁、「BBNJ協定の交渉・形成プロセス―その動態と特徴―」坂元茂樹・薬師寺公夫・植木俊哉・西本健太郎編『国家管轄権外区域に関する海洋法の新展開』日本海洋法研究会叢書:現代海洋法の潮流第4巻(有信堂高文社、2021年6月)91-107頁など。
佐藤安信 (さとうやすのぶ)
東京大学大学院総合文化研究科教授
専門は、紛争処理法、開発法学。
主な著書に、“Japan's Approach to Global Democracy Support: Focused on Law and Judicial Reform Assistance," in Michael R. Austin and et al (eds.), U.S.-Japan Approaches to Democracy Premotion, Sasakawa Peace Foundation USA, 2017, pp. 37-44;「平和構築論の射程」高橋哲哉・山影進編『人間の安全保障』東京大学出版会、2008年がある。
富田麻理 (とみたまり)
亜細亜大学国際関係学部特任教授
専門は、国際法、国際人権法、国際組織法。
主な著書に、『新国際人権入門: SDGs時代における展開』法律文化社、2021年;「アジア地域人権機構設立の可能性―ASEAN等による地域機構の人権の保護・促進活動の検討をとおして」『西南学院大学法学論集』45巻3・4号、2013年、123-165頁がある。
大道寺隆也 (だいどうじりゅうや)
青山学院大学法学部准教授
専門は、国際関係論、国際機構論。
主な著書に、『国際機構間関係論―欧州人権保障の制度力学―』信山社、2020年;“Inter-organizational Contestation and the EU: Its Ambivalent Profile in Human Rights Protection," JCMS: Journal of Common Market Studies Vol. 57, Issue 5, 30 April 2019, pp. 1130-1147 がある。
中谷純江 (なかやすみえ)
一橋大学森有礼高等教育国際流動化機構講師、
国際連合平和活動局政務官、安全調整担当官
専門は、紛争解決、国際平和活動、危機管理。
主な著書に、“Victimization, Empowerment and the Impact of UN Peacekeeping Missions on Women and Children: Lessons from Cambodia and Timor-Leste" in Albrecht Schnabel and Anara Tabyshalieva (eds.), Defying victimhood: women and post-conflict peacebuilding, UN University, 2012, pp. 96-117; “Aid and transition from a war economy to an oligarchy in post-war Tajikistan," Central Asian Survey Vol. 28, Issue 3, 2009, pp. 259-273がある。
竹内舞子 (たけうちまいこ)
早稲田大学紛争交渉研究所招聘研究員、
前国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員
専門は、経済安全保障、貿易管理、経済制裁。
主な著書に、「安保理北朝鮮制裁における適用除外規定と実務上の取扱いの変化―人道支援を中心に―」『国際法研究』第9号, 2021, pp.69-87;“UN financial sanctions against the Democratic People's Republic of Korea-Challenges and proposal for efficient implementation," in Sachiko Yoshimura (ed.), United Nations Financial Sanctions, Routledge, 2021,
pp. 134-149がある。
帶谷俊輔 (おびやしゅんすけ)
成蹊大学法学部准教授
専門は、国際関係論、国際機構論。
主な著書に、“Between `Coercive League' and `Consultative League': a reappraisal of debates surrounding the `Reform' of the League of Nations," International Relations of the Asia-Pacific Vol. 21, Issue 3, September 2021, pp. 465-492;『国際連盟―国際機構の普遍性と地域性』東京大学出版会、2019年がある。
植木安弘 (うえきやすひろ)
上智大学グローバル・スタディーズ研究科教授
専門は、国際関係論、国際機構論。
主な著書に、「リベラルな国際秩序と国連」納家政嗣・上智大学国際関係研究所編『自由主義的国際秩序は崩壊するのか:危機の原因と再生の条件』勁草書房、2021年、57-78頁;『国際連合:その役割と機能』日本評論社、2018年がある。
秋山肇 (あきやまはじめ)
筑波大学人文社会系助教
専門は、国際法、国際機構論、平和研究
主な論文に、Global Movement to End Statelessness and Japanese Nationality: History, Human Rights and Identity, The Hallym Journal of Japanese Studies Vol. 39, December 2021, pp. 259-284;「自由権規約における子どもの国籍取得権と国家の義務-自由権規約第2条の観点から」『国際人権』30号、2019年、115-119頁がある。
清水奈名子 (しみずななこ)
宇都宮大学国際学部准教授
専門は、国際関係論、国際機構論。
主な著書に、「性的搾取・虐待の被害者救済と防止 ― 国連平和活動が関わる事例を中心として」片柳真理他著『平和構築と個人の権利―救済の国際法試論』広島大学出版会、2022年;「人道的介入は正当か」日本平和学会編『平和をめぐる14の論点』法律文化社、2018年がある。
キハラハント愛 (きはらはんとあい)
東京大学大学院総合文化研究科教授
専門は、国際人権法、国連平和活動。
主な著書に、“Challenge to the Rule of Law in North-East Asia" in Modesto Seara Vzquez (ed.), Pandemic: The Catastrophic Crisis (English and Spanish Editions). Universidad del Mar. 2021, pp. 317-350;Holding UNPOL to Account: Individual Criminal Accountability of United Nations Police Personnel, Martinus Nijhoff, 2017がある。
庄司真理子 (しょうじまりこ)
敬愛大学国際学部教授
専門は、国際関係論、国際法。
主な著書に、『新グローバル公共政策』晃洋書房、2021年; “The UN Global Compact for Transnational Business and Peace: A Need for Orchestration?" in Mia Mahmudur Rahim (ed.), Code of Conduct on Transnational Corporations: Challenges and Opportunities, Springer Nature, February 2019, pp. 89-110がある。

〈編集委員会〉五十音順

赤星聖
神戸大学准教授
石塚勝美
共栄大学教授
上野友也
岐阜大学准教授
軽部恵子
桃山学院大学教授
本多美樹
法政大学教授(編集主任)
柳生一成
広島修道大学教授
吉村祥子
関西学院大学教授

まえがき

『国連研究』第23号は「人権と国連」を特集テーマに編纂した。今や国際社会を構成するすべての行為主体(アクター)が人権問題に関して責任を持つべきステークホルダー(利害関係者)であり、国家に限らず、市民社会も人権抑圧や人権の保護に関する啓蒙活動、条約や宣言の起草への関与、人権状況、国家の動向への監視活動、国連や人権機関との連携を積極的に行っている。経済活動を展開する企業にとっても人権への配慮は欠かせなくなっている。このように、企業やNGO、地方自治体など多種多様なアクターによる人権への関与が実質的になったことで、人権に関するさまざまな規範も作られ、規範の実行性を確保するための体制も徐々に作られている。

国連はその設立当初から人権と基本的自由の尊重を組織の目的に掲げ、人権を中心とする法体系や制度作りなど国際的な人権保障体制を進めてきた。国連を中心とした人権規範の形成と普及、国連人権理事会の設立や国連人権問題調整官の活動などを通じて人権の理念は追求され、その崇高な理念は多くの人びとの人権状況の改善につながり、人権を保障するための各国内の法律や制度の整備と法の支配の強化にも貢献してきたといえよう。しかしながら、依然として、人種差別、女性や子どもに対する差別、性的マイノリティ、先住民族、障害者などに対する差別は目立つ。ミヤンマーや中国などでの人権抑圧に対して欧米諸国が独自の措置をとるなど、人権は国際社会を分断しかねない重大な争点である。序を書いている現在、ロシアによるウクライナへの侵攻によって、多くの人々の生命が奪われ、住む場所を失った人々は祖国を追われて周辺国に避難するという重大な人道危機が起きている。

本号では、国際社会が直面する人権侵害を解決するために国連は何ができるのか、また、その解決のためにはどのようなアクターといかに連携したらよいのかなどについて検討した。国連をはじめとする国際機構の役割について、国際法、国際政治、また歴史的視点からの論考が揃った。

以下、特集論文から掲載順に各セクションの論文を紹介する。

植木論文は、国際連合と人権に関する歴史的な展開と現代の課題を総括している。国連憲章第1条第3項では、国連の目的の一つとして人権の尊重が掲げられ、それ以後も、国連総会では1948年に世界人権宣言が採択され、1966年には国際人権規約が採択された。国連ではこのような規範の設定だけでなく、人権の実施と監視を目的として経済社会理事会が人権委員会を設立し、2006年には国連総会が人権理事会を創設し、人権理事会は人権委員会の役割と機能の一部を継承した。このような組織や制度のほかに、国連難民高等弁務官や国連人権高等弁務官が果たしてきた役割も重要であると述べている。しかし、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻は、1945年に国連が設立した国際人権体制に大きな影響を与える可能性があると指摘する。国連の主要な目的である「平和と安全」「人権」の双方が強い関係にあることを喚起させるものであることを強調した。

佐藤論文は、「ビジネスと人権」に人間の安全保障の観点を改めて盛り込む意義を論じたうえで、2021年2月1日にクーデターが起きたミャンマーに対して国連および日本は何ができるのか、政策提言を行っている。「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011)は人権侵害のリスクを事前に評価・対応することを企業に求めるが、それのみでは脆弱な立場におかれる労働者の切り捨てにつながる場合がある。本論文は「企業のための『人間の安全保障』指標(CHSI)」を提示し、労働者の「保護」のみならず、教育などを通して「エンパワーメント」を実施した企業に高い評価を与えることで企業の自主的な改善を期待することを提案している。さらに、国連は多様なアクターのネットワークを促進する「ファシリテーター」としての役割を果たすべきであり、ミャンマーに対しては、国連機関や日本、企業や財団などが一緒になってアジア「人間の安全保障」官民共同基金(仮称)を設立し、また大学や学会を含む学術機関のネットワークが「人造り」に寄与することを提言している。

富田論文は、従来は国際法や国際関係等の観点から論じられることの多かった国連と先住民族の関係と先住民が国連にもたらした変革について、国連研究の視点から論じている。富田は、先住民族の定義について整理したのち、2007年の「先住民族の権利宣言」の起草を担当した作業部会に注目して先住民族が権利宣言に与えた影響について分析している。そして、国連を舞台に人権以外の分野にも先住民が与えた影響についても考察を加えた。国際社会での民主化の動きが、今後先住民族以外の人々も巻き込んでいくかは現時点では不明であるとしながらも、人々が国連との直接的な関与を深めていく動きが進む可能性は大いにあるとしている。そして、その基盤となるのが、国連が推進してきた自決の権利であり、先住民族の関与は彼らの宣言により国連の活動に正当性を与えたとし、国連がより正当な機関であるためには国家以外の人々の参加が不可欠であると結んでいる。

研究ノートには1本を掲載した。大道寺論文は、国際移住期間(IOM)が2016年に国連システムへ編入されたことの規範的含意と実践的影響を明らかにする。IOMの事務職員へのインタビューを基にし、国際機構やNGOの文書を丹念に分析して、編入がIOMの性質や活動そして移動者の人権保障へ与える影響を分析している。同論文は、IOMの概要と編入までの歴史を整理してIOMの特徴などを明らかにした。そのうえで、編入の規範的含意について、国連との機関間協定における「非規範的」という概念を中心に考察する。編入の実践的影響についてはリビアにおけるIOMと欧州連合の「協力」の事例をおもに分析した。そして、以下の3点の結論を導き出した。まず、編入の規範的含意について、IOMが「非規範的」であるとは、IOMが、法的拘束力を持つ規範の設定やその履行確保を行うことができないという意味である。その他の移動者保護活動は、可能であるのみならず、要請されている。次に、編入の実践的影響に関しては、IOMは加盟国に奉仕する面のみならず、その是正を図りつつ種々の制約の中で移動者保護を図る面を併せ持つ、アンビバレントな国際機構である。最後に、編入に関するIOM内部の異なる見解が明らかになった。いわゆる現場レベルでは、編入は既存の関係を定式化したに過ぎないと認識されている一方、政策立案者のレベルでは、編入がIOMの存在感を高めるという変化が強調されている。

政策レビューには、2本を掲載した。「国連と地域機構の安全保障パートナーシップのリアリティ・チェック: スーダンの事例」と題する中谷レビューは、まず、和平プロセスにおける国連と地域機構のパートナーシップは「従来型PKO」の時代より行われてきたことを、PKOの歴史を遡って説明する。そして、国連と地域機構双方による平和活動は、ハイブリッド型、時系列型、機能分化型に分類されるとした上で、「従来型」「複合型」PKO期においては、主に停戦支援などの和平プロセスを地域機構が先導し、国連がそれに追従する形式のパートナーシップが見られたと指摘する。そして、「憲章第七章」PKOも展開する今日では、確かに国連と地域機構のパートナーシップの多様化も見られるものの、これまでと同様、特に和平プロセスの初期の段階で国連が地域機構に依存・追随する図式が顕著に見られると述べる。これらの枠組みを提示した上で、中谷は、自身の実務経験にも基づきつつ、スーダンにおける国連と地域機構による和平プロセスの展開を分析する。その上で、国連と地域機構が相互補完的なパートナーシップを構築して紛争の平和的解決に対峙することは国連憲章の考え方にも合致するとしつつも、その際には、地域機構が「ミクロとマクロの政治プロセスの結晶」である地域性を反映した集合体であることを銘肝するべきだと結論づけている。

「新型コロナウイルス感染拡大の影響にみる安保理北朝鮮制裁の課題」と題する竹内レビューは、従来から提示されてきた人道上の事由に基づく国連対北朝鮮経済制裁の一部緩和に対し、2019年に端を発する世界的な新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が如何なる影響を与えたかを分析している。まず、COVID-19発生に基づき北朝鮮が講じた制限措置と経済上の影響について概観し、中国を始めとする諸国家との貿易が減少したことより北朝鮮国内ではさらなる物資の不足とインフレ等の悪影響が生じていると指摘する。一方で、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発の継続なども見られることから、2006年に安保理で決定された決議1716に始まる国連の対北朝鮮経済制裁の範囲は拡大の一途を辿っている。2018年以降、北朝鮮は、国内の人道上の事由に基づいて国連制裁の緩和を働きかけてきたが、2020年以降、COVID-19の拡大に伴って、国連においても対北朝鮮制裁の適用中止に関連するより具体化された提案が行われるようになってきた。しかし、COVID-19の世界的感染拡大という事態下であっても、北朝鮮が人道上の事由に基づいた制裁緩和措置を悪用する確率は高く、真に人道支援が必要な北朝鮮国内の市民に恩恵が行き渡るかどうかは不明だとする。そのため、竹内は、安保理の決定に基づく経済制裁の実施に際し、従来から用いられてきた人道上の事由に基づく制裁の適用除外を決定するプロセスの迅速化を志向することや、北朝鮮による支援受入体制の見直しを行う方が効果的ではないかと指摘し、COVID-19という世界的な緊急事態を事由に一層の対北朝鮮制裁緩和を求める動きには慎重な姿勢を示すべきだと結論づけている。

独立セクションには1本の論文を掲載した。

帶谷論文「国際連盟期の平和維持―大戦再防止の使命と国境紛争・内戦の調停の前面化」では、第一次世界大戦の結果誕生した国際連盟に焦点を当てている。帯谷論文では、実際に国際連盟が扱うべき紛争や戦争は当初の認識と創設後実際に直面した紛争の性質が異なったことで、連盟規約では想定外の活動が展開されていったと論じている。例えば、国際連盟はギリシャ=ブルガリア紛争のような国境紛争やリベリアの政府との被支配民族の内戦に介入する。また1930年代には地域的枠組みや地域機構と国際連盟との間での協力が模索された。以上のような平和維持活動に値する活動は、すでに国際連盟の時代に経験しており、その数々の活動は「成功例」として捉えることができるが、連盟後に誕生した国際連合の憲章起草過程ではされなかった。国際連盟も国際連合も、集団安全保障より国境や境界をめぐる紛争における平和維持で存在感を発揮したと結論づけられる。

続いて、書評セクションには3本の書評を掲載した。対象となった文献は、竹内俊博・神余隆博編著『国連安保理改革を考える: 正統性、実効性、代表性からの新たな視座』、川村真理著『難民問題と国際法制度の動態』、政所大輔著『保護する責任: 変容する主権と人道の国際規範』である。

竹内俊博・神余隆博編著『国連安保理改革を考える: 正統性、実効性、代表性からの新たな視座』は、1982年から2014年まで国連広報官を務め、現在は上智大学グローバルスタディーズ研究科で教鞭をとる植木安弘会員が評した。本書は、国連外交に携わってきた外交官と国連研究者(元国連職員を含む)が協働で執筆した貴重な著作である。周知のとおり、安保理は国連諸機関の中で、唯一加盟国に対して強制力を持つ行動を決定できる。しかし、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ軍事侵攻では、紛争当事国であるロシアが拒否権を行使し、安保理で決議が採択できなかった。そこで、アメリカらが主導し、総会の緊急特別会合でロシアを非難する決議を3月3日(日本時間)に圧倒的賛成多数で採択した。また、3月23日には、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会でオンライン形式の演説を行い、日本が長年取り組んできた安保理改革の必要性を示唆した。今後、常任理事国について国連内外で議論が高まるであろうが、本書は外交官や研究者にとって、必読の書となろう。

川村真理著『難民問題と国際法制度の動態』は、日本国憲法と国籍の関係を国際人権法の視点から取り上げてきた秋山肇会員が評した。長年、日本は難民受け入れの際立った少なさを批判されてきた。一方、今般のウクライナ軍事侵攻では、ウクライナから周辺のポーランドやモルドバなどへ多数の女性、子ども、老人が避難した。日本政府は4月初めにポーランドへ林芳正外務大臣を派遣し、希望者を「避難民」として日本国内に受け入れ開始した。振り返れば1990年代、冷戦終結後の世界で民族紛争や武力紛争が勃発し、緒方貞子国連難民高等弁務官(当時)が、1951年採択の難民条約の定義する難民にくわえ、国内避難民をUNHCRが支援するという大英断を行った。もっとも、大半の日本国民にとって、今回が「難民」と「避難民」の違いを意識する初めての機会になったのではないか。難民支援を多角的に研究した本書は、日本の人道支援の在り方を見直すよいきっかけとなろう。

政所大輔著『保護する責任: 変容する主権と人道の国際規範』は、同じく「保護する責任」を対象として研究生活を始めた清水奈名子会員が評している。本書は、国際的規範が国家の利益や選好に与えた影響を考察することから始め、「保護する責任」が誕生した経緯、国連で主流化した経緯などを丁寧にたどっている。今般のウクライナ軍事侵攻では一般市民が攻撃の対象とされ、1990年代の旧ユーゴスラビアにおける民族浄化を想起させる虐殺が行われた模様である。ハーグにある国際刑事裁判所の主任検察官がすでに現地調査を行い、欧州主要国も調査団を派遣した。ウクライナのゼレンスキー大統領は「ジェノサイド」という語句を何度も使って、ロシアを厳しく非難した。今後、国連を中心に営々と積み上げられてきた保護する責任とそれに関連する法的規範は維持されるのか。それとも、大国が自身の利益をひたすら追求し、戦争開始のハードルが低かった100年以上前に時計の針を戻してしまうのか。本書に問題解決のヒントと希望を探したい。

加えて、学会の活動として、国連システム学術評議会(ACUNS)研究大会と東アジアセミナーについての報告を掲載した。いずれも長引くコロナ禍により、オンラインでの開催となった。ACUNS報告についてはキハラハント会員が、東アジアセミナーについては庄司会員が報告書を作成した。

2022年3月末日

編集委員会