経済主体の日本金融論
経済主体別の金融行動を経済と関連付けるべく、国民経済計算(SNA)の区分けを援用して様々な経済主体について説明する。さらに最新の金融政策や規制、機能別の金融行動も解説し、日本の金融の鳥瞰図を示す。(2023.6.20)
定価 (本体3,200円 + 税)
ISBN978-4-87791-322-9 C2033 213頁
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- 序章 何が問題なのか
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第I部 各経済主体と金融
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第1章 金融のプレーヤーと金融市場
- 第1節 国民経済計算体系と金融取引
- 第2節 金融市場
- 第3節 円の国際化と東京市場
- 第4節 国際金融都市 東京
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第2章 家計の金融
- 第1節 家計貯蓄と消費
- 第2節 投資信託の発達
- 第3節 家計と負債
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第3章 企業と金融
- 第1節 MM定理の呪縛
- 第2節 企業金融と社債、格付け機関
- 第3節 企業の投資行動とファイナンス
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第4章 預金取扱金融機関と金融
- 第1節 主要銀行とメインバンクシステム
- 第2節 地域金融機関とリレーションシップ・バンキング
- 第3節 地域金融の再編と統合
- 第4節 不良債権、銀行破たんと金融システム
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第5章 機関投資家と金融
- 第1節 機関投資家の種類
- 第2節 機関投資家の投資
- 第3節 機関投資家のALM
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第6章 コーポレートガバナンスについて
- 第1節 会社は誰のものか?
- 第2節 コーポレートガバナンスの歴史
- 第3節 コーポレートガバナンスの状況
- 第4節 社会的責任投資(SRI)とESG投資
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第7章 政府と金融
- 第1節 財政と金融
- 第2節 財政投融資
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第8章 海外部門と金融
- 第1節 国際収支と為替
- 第2節 国際収支と金融
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第9章 民間非営利団体と金融
- 第1節 民間非営利団体
- 第2節 金融NPO
- 第3節 マイクロクレジット
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第1章 金融のプレーヤーと金融市場
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第II部 中央銀行と政策
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第10章 中央銀行と金融政策
- 第1節 中央銀行の歴史
- 第2節 中央銀行の業務・目的
- 第3節 伝統的政策
- 第4節 非伝統的政策
- 第5節 金融政策と資産価格
- 第6節 金融政策と理論
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第11章 中央銀行の独立性
- 第1節 中央銀行の独立性と日銀法改正
- 第2節 中央銀行と為替介入
- 第3節 中央銀行の透明性
- 第4節 中央銀行と政府
- 第5節 統合政府の考え方
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第12章 中央銀行と金融システム、新たな役割
- 第1節 中央銀行とプルーデンス政策
- 第2節 気候問題への対応
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第10章 中央銀行と金融政策
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第III部 規制と金融
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第13章 金融規制とバーゼル規制
- 第1節 銀行規制の必要性と流れ
- 第2節 バーゼルI~自己資本比率規制
- 第3節 早期是正措置と国内基準
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第14章 バーゼル規制の進化と貸出
- 第1節 バーゼルIIの導入
- 第2節 自己資本規制と貸出
- 第3節 バーゼルIIIへの進化
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第13章 金融規制とバーゼル規制
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第IV部 機能と金融
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第15章 貸出の証券化とその影響
- 第1節 証券化の進展
- 第2節 日本の証券化
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第16章 フィンテックの進展と金融のデジタル化
- 第1節 フィンテックの進展
- 第2節 デジタルマネーの進化
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第15章 貸出の証券化とその影響
- 参考文献
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BOX
- [BOX1] 金融ビッグバン
- [BOX2] マル優とNISA、iDeCo
- [BOX3] 金融基礎教育の必要性と普及
- [BOX4] 預金保険について
- [BOX5] 保険会社に関する規制
- 用語集
- あとがきと謝辞
- 著者紹介
- 索引
高橋智彦(たかはし・ともひこ)
1963年生まれ、1987年慶應義塾大学経済学部卒業、日本生命保険に入社
日本経済研究センター、ニッセイ基礎研究所、ニッセイアセットマネジメント、国際金融情報センター派遣・出向を経て、退社(退職時財務審査役)。2009年より拓殖大学政経学部教授、政治経済研究所長、大学院経済学研究科委員長を歴任。
筑波大学博士(経営学)、CMA、CIIA、AFP。
学外にて日本アクチュアリー協会基礎講座講師、日本証券アナリスト協会国際試験委員、日本格付研究所監督委員会独立委員を務める。
著書 川北英隆編著・桑木小恵子・渋谷陽一郎・高橋智彦『証券化 新たな使命とリスクの検証』金融財政事情研究会(2012)など
はじめに
本書は(1)経済主体、各種金融機関と経済の動きを関連付けて学びたい学部学生、(2)自分の金融機関の位置づけや行動と経済活動の関係を知りたい社会人、(3)金融関連の資格を取得したい社会人を対象としている。
世に金融論の本は多いが、金融システムを彩る規制や市場、各種金融機関を経済との関係も含めながら包括的に扱った本は稀有なように思われる。
例えば筆者がかつて在籍した生命保険会社や資産運用会社は家計の貯蓄動向に大きな影響を受け、その資金運用は企業部門や財政部門、海外部門に大きな影響を与える。こうしたことにもふれていきたい。
90年代後半の金融危機や生保危機、08-09年の世界金融危機の際に筆者はシンクタンクや投融資の現場にいて、金融市場の混乱の渦の中にいた。しかし、周辺で学者に処方箋についてヒアリングを行う者、教科書を読む者はいなかった。むしろ学者から緊張感のない見解や不適切な揶揄を様々な場で聞かされ、ALMや会計も踏まえての反論の機会を持てないのが残念であったのを思い出す。筆者が学界に転じる際の職場の挨拶回りでも実務との乖離を埋めるように指摘された。
こうした世相を反映した論壇や実務家と学界の感覚の乖離の要因に用語や主体の相違がある。論壇の中心となる成長率や分配の話題では暗黙のうちに国民経済計算(SNA)の主体別の話を考慮している。筆者は必ずしもSNAの専門家ではないが、本書では国民経済計算の分類による経済主体を援用し、乖離が少しでも縮小するように本書を執筆した。この点に本書の大きな特徴がある。もちろん現在では機能別の金融も重要となっており、主体別で分析しきれない部分もカバーした。
また、筆者自身が過去に証券アナリスト、アクチュアリーといった金融関係の資格の講座に関係し、それらの資格を持つ人が身に付けておくべき知識ということを意識している。特にウィーンに本部がある国際アクチュアリー協会(IAA)は近年のシラバスで経済学の中にマクロ経済学、ミクロ経済学に金融経済学を加え、特に金融システムに関する知識を求めている。
金融を巡る動きは激しく、過去にも、本稿執筆中にも様々な変化があった。インフレーションやバブル、金融危機も経験した者としてブレることなく、1冊で金融を包括的にカバーし、金融リテラシー向上や読者の理解に資するところがあれば幸いである。
序章「何が問題なのか」
かつて日本の金融は規制金利体系の中で金融機関は護送船団方式と呼ばれるような、最も動きの遅いものに合わせるような保護システムの中にいた。しかし、80年代になると日本が巨額の貿易黒字を計上する中で、レーガン政権やサッチャー政権といった新自由主義的な政権下で欧米での金融自由化、規制緩和が進み、欧米の競争力を持つ金融サービスが参入できる市場としての整備を求められた。日本側にも東京金融市場を国際化して円建て取引を推進し、85年のプラザ合意後のような急速な円高にも耐えられるような「円の国際化」が求められた。結局その後のバブル崩壊と日本経済の長期低迷もあり、東京金融市場の地位は上がっておらず、アジアの他の市場との競争を未だ続けており、東京金融市場の地位向上は依然課題のままである。
90年代初頭にバブルが崩壊すると不良債権問題が大きな問題となった。不良債権は銀行の利益、資本を蝕み、金融機関の経営問題や金融危機にまでつながった。97年には北海道拓殖銀行、98年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が経営破綻し、生保も相次いで経営破綻するなど金融危機となった。2000年代初頭に小泉内閣によりハードランディング路線が取られ、2008年9月のリーマン・ショック前までの景気回復もあり、下火となったが、コロナ禍を経て潜在的な不良債権も増え、今日も重要な問題となっている。
不良債権とともに金融機関行動に影響を与えたのが金融規制である。なかでも88年にバーゼル委員会が制定した自己資本規制はバーゼルII、バーゼルIIIと進化し、今日でも国際業務を行う銀行の主要課題である。自己資本規制は不良債権とともに90年代以降の銀行貸出を抑制したという実証結果が数多く見られ、「貸し渋り」、「貸し剥がし」といった言葉が一般によく使われるようになった。
貸出の量を追求できなくなった銀行には新たな収益源が必要となった。96年に発足した橋本内閣は「金融ビッグバン」を進め、投資信託や保険の窓販を進めた。役務取引収益が銀行の重要な柱となったが、2010年代半ば以降伸び悩んでおり、課題となっている。
大手銀行で国際業務を行う銀行は不良債権を処理してもバーゼルの自己資本規制をクリアしなければならず、経営破綻を避けるために再編が進んだ。この時に地方銀行は地方自治体などの安定した顧客を持っており、再編が遅れていたが、2010年代末には金利環境や人口動態が厳しくなり、再編が始まった。
銀行貸出が変化する中で、債券市場は拡大した。バブル崩壊後の度重なる景気対策で公共債市場は拡大し、遂には国債の発行残高は1,000兆円を突破した。90年代には社債発行も盛んとなり、インフラ整備として格付け機関も整備された。リーマン・ショック時の証券化商品格付けで米系の主要格付け機関の格付けが疑問視される中で、格付け機関の監督体制も整備された。近年では官民を問わず環境にやさしいグリーンボンドの発行が盛んとなっており、格付け機関の役割も増えてきている。
長引いた金融緩和は機関投資家や個人の資産運用・管理を難しくした。生命保険などは従来予定利率を決めて円資金を集め、国債などの安全資産で運用していたが、日本銀行が多くの国債を買う中で負債とリスク構造が違う資産で運用せざるを得なくなり、ALM(資産負債管理)が難しくなっている。個人も未だに預貯金志向が強く、遂には利子が付与されず、各種手数料を取られる実質的にマイナス金利での運用を強いられたりしている。老後資金の不足が指摘される中で預貯金から投資へのシフトの必要姓が認識されている。そのための金融教育の重要性が認知されてきている。
中央銀行もまた変化を迫られている。伝統的な政策である政策金利が日本銀行は98年から、欧米先進国でもリーマン・ショック後からほぼゼロとなり、非伝統的政策である量的緩和政策やマイナス金利政策、さらにはイールドカーブコントロールが導入された。量的緩和政策は中央銀行の負債であるベースマネーを増加させる一方で、資産側で国債などの購入を増やすことになるが、インフレ期などにどのように量的引き締めを行うかなどは特に財政赤字の大きい国において問題が多い。
プルーデンス政策と呼ばれる信用秩序秩序維持政策への関与も増加している。
中央銀行が制御している貨幣の概念や決済も変化してきている。ブロックチェーンと呼ばれる分散型の管理が可能になったことからビットコインに代表される仮想通貨(=暗号資産)と言われる民間のデジタル通貨が普及した。これらは価値の変動が大きいために民間のIT大手のFacebook(当時、その後Meta)がLibra(当時、その後Diem)という現存の通貨に連動し、価値の変動が少ないデジタルマネーの構想を発表してから中央銀行の発行するデジタル通貨(CBDC)の構想が進められ、パナマ、カンボジアなどで導入された他にスウェーデン、中国がリードしている。決済においてはカード決済に加え、QRコードやバーコード決済がスマートフォンを端末として急速に進んでいる。このような貨幣、決済の変化は預金の変化をもたらし、金融仲介にも影響を与えると見られている。
従来の経済主体別の銀行法、保険業法といった法規制では間に合わないような機能別の金融も進んでおり、規制当局は新たな問題にも関与しなければならない。証券化などは組成、信用供与、債権保全などの機能を分解したもので、世界金融危機を経てこうしたものへの対処も進んできている。
このように新旧様々な問題があり、各問題を見ていきたい。