国連研究 25 主権国家体制と国連
ロシアのウクライナ侵略、イスラエルによるパレスチナ・ガザへの大規模攻撃、注目される国連。「法の支配」の貫徹に向けて国連・国際社会・各国の「法の支配」の角度から考察する。(2024.6.1)
定価 (本体3,200円 + 税)
ISBN978-4-87791-329-8 C3032 313頁
- 序
- I 特集テーマ「主権国家体制と国連」
- 1 主権国家体制と国連:グローバル化の潮流のなかで本多美樹
- 2 国連システムと法の支配:主権国家体制を前提とした国際法秩序の課題清水奈名子
- 3 ウクライナ戦争以後の国連とアフリカ:「アフリカによる行動」と「アフリカをめぐる行動」の視点から山根達郎
- 4 主権国家体制の有意性を問いなおす新たな環境ガバナンスの態様? 多国間環境条約と国連・UNEPによるオーケストレーション渡邉智明
- 5 主権国家体制と国際刑事裁判所による逮捕状:現職の国家元首に対する逮捕状執行をめぐるパラドックス藤井広重
- 6 中小国から見た武力行使正当化論:「意思または能力を欠く国家」 基準論を手がかりに志村真弓
- II 独立論文
- 7 適応的平和構築と国連システム:シリア紛争とイエメン紛争を事例に武藤亜子、槌谷恒孝
- III 政策レビュー
- 8 入管法改正に見る入管庁とUNHCRの交渉:非政治的国連機関に求められる政治性滝澤三郎
- 9 国連資料:紙媒体からデジタルへの変容と調査ツールの発展千葉潔
- 10 日本の 「人権外交」のこれから松井宏樹
- IV 書評
- 11 上野友也著 『膨張する安全保障:冷戦終結後の国連安全保障理事会と人道的統治』千知岩正継
- 12 リチャード・フォーク著・川崎孝子監訳・川崎晋共訳 『人道的介入と合法的闘い:21 世紀の平和と正義を求めて』西海洋志
- 13 西谷真規子・山田高敬編 『新時代のグローバル・ガバナンス論:制度・過程・行為主体』坂根徹
- 14 真嶋麻子著 『UNDPガバナンスの変容:ラテンアメリカにおける現地化政策の実践から』大平剛
- V 日本国際連合学会から
- 1 国連システム学術評議会(ACUNS)2023年度年次研究会の概要川口智恵
- 2 2023年東アジア国連システム・セミナー(第22回)報告玉井雅隆
- 3 規約および役員名簿
- VI 英文要約
-
- 編集後記
- 執筆者一覧
表紙写真
Secretary-General Walks by Guernica Tapestry Outside Security Council Chamber. [02/07/2022]©UN Photo
- Preface
- I Articles on the Theme
- 1 Sovereign State System and the United Nations in the Context of GlobalizationMiki Honda
- 2 The United Nations System and the Rule of Law: Challenges of the International Legal Order under the Sovereign State SystemNanako Shimizu
- 3 United Nations and Africa after War in Ukraine: From the Viewpoints of “Actions by Africa" and “Action on Africa"Tatsuo Yamane
- 4 Is Orchestration by the UNEP Likely to Undermine the Relevance of State Sovereignty?Tomoaki Watanabe
- 5 Sovereign State System and Arrest Warrants Issued by the International Criminal Court: The Paradox of Executing Arrest Warrants against Incumbent Heads of StateHiroshige Fujii
- 6 How Middle- and Smaller-Power States Deal with the Expanding Legal Justifications for the Use of Force: Their Use of the “Unwilling or Unable" StandardMayumi Shimura
- II Independent Article
- 7 Adaptive Peacebuilding and the United Nations System: With Case Studies of the Conflicts in Syria and YemenAko Muto, Tsunetaka Tsuchiya
- III Policy Perspectives
- 8 Negotiations between the Immigration Service Agency and the UNHCR in the Immigration Law Reform: The Necessary Politics of a Non-Political UN AgencySaburo Takizawa
- 9 Digital Metamorphosis of United Nations Documentation and Evolution of Research ToolsKiyoshi Chiba
- 10 The Way Forward of Japan's Human Rights DiplomacyHiroki Matsui
- IV Book Reviews
- 11 Tomoya Kamino, Expanding Security: UN Security Council and Humanitarian GovernmentalityMasatsugu Chijiiwa
- 12 Richard Falk, Humanitarian Intervention and Legitimacy Wars: Seeking Peace and Justice in the 21st CenturyHiroshi Nishikai
- 13 Makiko Nishitani and Takahiro Yamada eds., Global Governance Theory in a New Era: Institutions, Processes and ActorsToru Sakane
- 14 Asako Mashima, Evolution of UNDP Governance: Localization of Development Operations and Experience in Lattin AmericaTsuyoshi Ohira
- V Announcements
- 1 Overview of the Academic Council of the United Nations System (ACUNS) 2023 Annual MeetingChigumi Kawaguchi
- 2 The 22th East Asian Seminar on the United Nations SystemMasataka Tamai
- 3 Association's Charter and Officers
- VI Summaries in English
- Editorial Notes
List of the contributors and editorial members
Cover: Secretary-General Walks by Guernica Tapestry Outside Security Council Chamber. [02/07/2022]©UN Photo
〈執筆者一覧〉掲載順 *所属および職位は2024年4月時点のもの。
- 本多 美樹
- 法政大学法学部国際政治学科教授
- 専門は、国際関係論、国際機構論、国連研究。
- 近著に、“Japan: COVID-19 and the Vulnerable," in Covid-19 and Atrocity Prevention in East Asia, eds. M. Caballero-Anthony and N. M. Morada (Routledge, 2022), pp.136-156、共編著『「非伝統的安全保障」によるアジアの平和構築:共通の危機・脅威に向けた国際協力は可能か』(明石書店、2021年)、“`Smart Sanctions' by the UN and financial sanctions," in United Nations Financial Sanction, ed. Sachiko Yoshimura (Routledge, 2021), pp.18-33などがある。
- 清水 奈名子
- 宇都宮大学国際学部国際学科教授
- 専門は、国際法、国際機構論、国際関係論。
- 主な論文・著書に、『冷戦後国連安全保障体制と文民の保護』(日本経済評論社、2011年)、「国連体制が目指す安全保障とは─安全保障理事会の実行から見る変化の軌跡─」『法律時報』第86巻第10号(2014年9月)72–77頁、片柳真理・坂本一也・清水奈名子・望月康恵『平和構築と個人の権利−救済の国際法試論』(広島大学出版会、2022年)、髙橋若菜・藤川賢・清水奈名子・関礼子・小池由佳『奪われたくらし─原発被害の検証と共感共苦』(日本経済評論社、2022年)、などがある。
- 山根 達郎
- 広島大学大学院人間社会科学研究科准教授
- 専門は、国際関係論、平和と紛争研究。
- 主な論文・著書に、「AU・EUサミットに見るアフリカ安全保障─『EU研究』と『AU研究』の視角から」中内政貴・田中慎吾(編著)『外交・安全保障政策から読む欧州統合』(大阪大学出版会、2023年)、119-148頁、“Hiroshima's Ongoing Peacebuilding and Beyond: How Does This Local Initiative Seek to Extend to World Peace?" War & Society, Vol.43, No.1, 2024, pp.26-43、「AU・国連及びAU・EU間の政策連携の現在地-アフリカの紛争対応をめぐる課題」『広島平和研究』第11号(2024年)、115-131頁などがある。
- 渡邉 智明
- 福岡工業大学社会環境学部社会環境学科教授
- 専門は、国際関係論、地球環境問題、プライヴェート・ガバナンス。
- 主な論文・著書に、『有害廃棄物に関するグローバル・ガヴァナンスの研究─政策アイディアから見たバーゼル条約とその制度的連関』(国際書院、2022年)、「地域機構」西谷真規子・山田高敬編『新時代のグローバル・ガバナンス論─制度・過程・行為主体』(ミネルヴァ書房、2021年)、30-43頁、“FSC as a social standard for conservation and the sustainable use of forests: FSC legitimation strategy in competition," in International development and the Environment, eds. Hori Shiro et al. (Springer, 2020), pp. 56-67などがある。
- 藤井 広重
- 宇都宮大学国際学部准教授
- 専門は、国際法、アフリカ政治、紛争と平和構築。
- 主な論文に、「国際刑事裁判所による司法介入とケニアの司法制度改革─ケニアでの不処罰終止に向けられた内と外の論理の変容」『国際政治』第210号(2023年)79-94頁、「国際刑事法と難民法をめぐる課題に対する一考察─国際刑事裁判所による証人保護と難民条約除外条項の適用をめぐる分析を通して」『難民研究ジャーナル』第12号(2023年)74-85頁、「国際刑事裁判所をめぐるアフリカ連合の対外政策の変容─アフリカの一体性と司法化の進捗からの考察」『平和研究』第57号(2021年)137-165頁(第16回社会倫理研究奨励賞受賞論文)がある。
- 志村 真弓
- 立命館大学グローバル教養学部准教授
- 専門は、国際関係論、国際政治学、平和研究。
- 主な論文に、「『保護する責任』言説をめぐる行動基準論争──補完性原則と必要性原則の政治学的分析」『国際政治』176号(2014年)57-69頁、「『保護する責任』を果たす意思と能力──シリア人道危機に直面する国際社会」『平和研究』47号(2016年)105-121頁、「対リビア武力行使の国際法的根拠の変化と多重化──「住民保護」から「テロ掃討」へ」『平和研究』第61号(2024年)81-105頁がある。
- 武藤 亜子
- JICA緒方貞子平和開発研究所専任研究員/立教大学特任教授
- 専門は、平和構築、人間の安全保障、中東地域研究、ジェンダー。
- 主な著書に“The Challenges and Effects of Externally Driven and Locally Driven Peacebuilding Approaches in a Complex Context: A Case Study of the Syrian Conflict," in Cedric de Coning, Rui Saraiva and Ako Muto eds., Adaptive Peacebuilding: A New Approach to Sustaining Peace in the 21st Century, Cham; Palgrave Macmillan. 2023. pp. 179-206、武藤亜子・杉谷幸太・竹内海人・大山伸明、「人間の安全保障研究の歩み─JICA緒方貞子平和開発研究所の取り組みを中心に─」、JICA緒方研究所レポート『今日の人間の安全保障』Vol.1、2022、pp. 22-43、などがある。
- 槌谷 恒孝
- 神奈川大学法学部特任講師/JICA緒方貞子平和開発研究所非常勤研究助手
- 専門は、平和構築、人間の安全保障、国連研究。
- 民間、JICAアフリカ部特別嘱託、企画調査員等を経てUNDPにおいてコンゴ民主共和国、中央アフリカ共和国、イエメン共和国の3か国で10年間平和構築・紛争予防に従事。最終ポストはUNDPイエメン共和国事務所平和事業支援チームリーダー。紛争分析報告書作成や平和事業支援戦略文書策定を統括。2023年5月よりJICA緒方貞子平和開発研究所において平和構築・人道支援領域の研究支援を担当。
- 滝澤 三郎
- 東洋英和女学院大学名誉教授、元UNHCR駐日代表
- 専門は、移民難民問題、日本の難民政策、国際機構論、国際関係論。
- 主な著作に「転機を迎えた日本の難民政策と日本人の対難民意識の変遷」(政治社会論集第8号2024年)、「変わりゆく日本の難民政策~補完的保護の理論の背景を探る」(多文化共生研究年報第20号2023年)、「日本の難民政策の最近の変化と課題」(滝澤三郎・山田満編著『難民を知るための基礎知識』明石書店2023年)など。監修書にアレクサンダー・ベッツ&ポール・コリア著、岡部みどり・佐藤安信・杉木明子・山田満監訳「難民~行き詰まる国際難民制度を超えて」(明石書店2023年)など。
- 千葉 潔
- 法政大学大学院政治学研究科国際政治学専攻
- 専門は、国連情報、国連研究、SDGs、国際機構論。
- 主な著作に、「持続可能な開発目標(SDGs)と図書館」『図書館雑誌』Vol.115, No.4(2021年4月)、200-203頁、「SDGsはみんなの目標です」『ノーマライゼーション 障害者の福祉』(2017年6月号)、10-14頁、「ハイレベル政治フォーラム(HLPF)をご存知ですか HLPF x SDGs x 日本」UNICブログ(2018年10月27日)などがある。
- 松井 宏樹
- 外務省総合外交政策局人権人道課企画官
- 千知岩 正継
- 宮崎産業経営大学法学部准教授
- 専門は、国際関係論、国際機構論。
- 主な論文に、「カナダ- R2P の『助産師』から『改良主義的実践者』へ」西海洋志・中内政貴・中村長史・小松志朗(編)『地域から読み解く「保護する責任」─普遍的な理念の多様な実践に向けて』(聖学院大学出版会、2023年)、「『保護する責任』を司るグローバル権威の正当性─国連安保理と民主主義国協調」『国際政治』第171号(2013年)114-128頁などがある。
- 西海 洋志
- 横浜市立大学国際教養学部准教授
- 専門は、国際政治思想。
- 主な著書・論文に、共編著『地域から読み解く「保護する責任」─普遍的な理念の多様な実践に向けて』(聖学院大学出版会、2023年)、単著『保護する責任と国際政治思想』(国際書院、2021年)、「後期近代における時間─技術(テクノロジー)と社会的加速への問い」高橋良輔・山崎望(編)『時政学への挑戦─政治研究の時間論的転回』(ミネルヴァ書房、2021年)、233-254頁などがある。
- 坂根 徹
- 法政大学法学部教授
- 専門は、国際行政、国際公共政策、国連システムの調達行政・行財政。
- 主な著書・論文に、福田耕治・坂根徹『国際行政の新展開:国連・EUとSDGsのグローバル・ガバナンス』(法律文化社、2020年)、“Public Procurement in the United Nations System", in Khi V. Thai ed., International Handbook of Public Procurement (Taylor and Francis, 2008)、そして『国連研究』には単著論文として、「国連システム諸機関の財政の変容─加盟国からの財政収入に焦点を当てた分析」(第20号、2019年に所収)、「国連PKOの財政支出構造と政府・企業からの調達」(第13号、2012年に所収)、「国連システムにおける調達行政の意義と企業・NGOの役割」(第10号、2009年に所収)がある。
- 大平 剛
- 北九州市立大学外国語学部教授
- 専門は、国際協力論。
- 主な著書・論文に、『国連開発援助の変容と国際政治 UNDPの40年』(有信堂高文社、2008年)、「SDGsにみる人間中心型開発思考からの脱却」『国連研究』第20号(国際書院、2019年)59-79頁、「新興開発パートナーと国際開発レジーム」『国際政治』第183号(2016年3月)102-115頁などがある。
- 川口 智恵
- 東洋学園大学グローバル・コミュニケーション学部准教授
- 専門は、国際政治、政策研究、平和構築。
- 主な著書・論文に、“Why GBV Survivors Cannot Seek Help: The Case of South Sudanese Refugees in Uganda" in Risks, Identity and Conflict: Theoretical Perspectives and Case Studies, eds. Steven Ratuva, Hamdy A. Hassan & Radomir Compel (Springer Nature, 2021)、井上実佳・川口智恵・田中(坂部)有佳子・山本慎一(編著)『国際平和活動の理論と実践-南スーダンにおける試練』(法律文化社、2020年)、Atsushi Hanatani, Oscar A. Gomez & Chigumi Kawaguchi, Crisis Management Beyond the Humanitarian-Development Nexus (Routledge, 2018)などがある。
- 玉井 雅隆
- 秋田大学国際資源学研究科教授
- 専門は、国際政治学、紛争予防論、マイノリティ論。
- 主な著書に、『欧州安全保障協力機構(OSCE)の多角的分析─「ウィーンの東」と「ウィーンの西」の相克』(志学社、2021年)、庄司真理子・宮脇昇・玉井雅隆(編著)『(改訂第2版)新グローバル公共政策』(晃洋書房、2021年)、山本武彦・玉井雅隆編『国際組織・国際制度』(志学社、2017年)、『CSCE少数民族高等弁務官と平和創造』(国際書院、2014年)などがある。
序
『国連研究』第25号は「主権国家体制と国連」を特集テーマに編纂した。ウェストファリア条約の成立によりその形成が始まったとされる主権国家体制は、20世紀終わりには「終焉」や変容を指摘されながらも、COVID-19への対応のように、依然としてその強靭さが見られる。しかしそれゆえに、ロシアによるウクライナ侵攻のように、国家主権という大きな壁を前に、国際社会が有効な解決策を見出せずにいる問題も生んでいる。国連をはじめとする国際機構もまた、主権国家である加盟国によって設立・運営されており、ウクライナ侵攻やパレスチナ紛争に対する国連安全保障理事会の機能不全のように、それらの問題に有効に対処できない事態が頻繁に見られる。他方、NGOなど市民社会組織や企業によるSDGsへの取り組みのように、主権国家以外のアクターによるグローバル・イシューへの取り組みやグローバルな抗議運動が活発に行われており、主権国家も無視できないものとなっている。そして、国連をはじめとする国際機構もまた、それらのアクターとの協働を強めている。
そこで、本特集は、現在の国連を含む国際社会は主権国家体制といかなる関係におかれているのか。そして、現在の国際社会は主権国家体制を乗り越えつつあるのか。歴史的・政治的・法制度的・実務的なアプローチから「主権国家体制」の意義・特徴・機能を捉え直すことで、改めて現在の国際社会の実像とそこにおける国連の意義・役割を問い直す契機とすることを意図したものである。なお今回の特集は、本学会の2023年度研究大会の共通テーマと連動させたものであるが、広く会員から多彩な論考が集まった。
特集論文から掲載順に各セクションの論文を紹介する。本多論文は、本特集号の総論としての位置づけであり、主権国家から成る国連が加盟国による主権の主張によって物事が容易に決まらないという本質的な制約を孕みながらも、国際社会で担ってきた役割と意義を考察する。まず、グローバル化と主権国家の役割についての議論を追い、国家は、自国の国益の追求と国際社会全体の利益の追求の間でジレンマ状態にあることを指摘する。そのうえで、グローバル化の中での国連の活動を、加盟国の主権との関係を意識して整理する。非植民地化や平和構築活動など国連が主権尊重のもとに行ってきた活動、人権や人の移動など国家主権に干渉しながら行ってきた活動、「保護する責任」や強制措置など主権という大きな壁に挑んでいる活動を取り上げる。そして、国際政治の環境変化が大きく反映される国連総会と、大国による主権拡大の主張と組織による主権の制約というジレンマによってたびたび機能不全に陥る安保理に注目して、国連の中での主権の平等について問題提起を行う。
清水論文は、国連憲章及び国連システムの活動に基づき発展してきた自由主義的な価値に基づく「法の支配」の動揺を取り上げた論考である。国連憲章に内在する自由主義的な価値は、国連システムによるハードロー・ソフトローの形成により強化され発展してきた。また、国連設立後の国際社会では、武力不行使原則や人権の尊重を基本とする国際法が「力の支配」を凌駕する、すなわち「法の支配」が確立されることが是とされた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルによるガザ攻撃、さらにこれらの事態に対する国連機関の対処は、国際社会における「法の支配」が危機にあることを明らかにした。この事象は、国際社会が「力の支配」の時代へ逆戻りしてしまうことを意味するのだろうか。あるいは、そもそも国連憲章に内在していた「自由主義的」な価値そのものが普遍的ではなく、従って「法の支配」そのものが困難だったということなのだろうか。本論文は、近年の国連機関における動きを分析した上で、今日の危機を乗り越えるためには、国際社会のみならず国内社会においても「法の支配」を確立させることが必要であり、そのための国連システムの働きが急務であると結論づけている。
山根論文は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐる討議におけるアフリカ諸国の行動に着目する。同論文は、ウクライナ戦争以後の国連におけるアフリカの動向にどのような特色があるのかについて、「アフリカによる行動」と「アフリカをめぐる行動」の両側面から考察する。結果、国連におけるウクライナ戦争以後のアフリカによる行動は、国家主権体制を基盤として形成されている国連という政府間機構の特色を常に反映したものであると同時に、アフリカをめぐる国連の行動では、テロの蔓延やクーデター政権の跋扈という事態を打開するための具体的対応が失われつつあることを明らかにしている。それでもなお、国連が依拠する主権国家概念自体の解釈の変容の中で、国連総会緊急特別会合でもその意思が示されたような国連憲章の理念の承認、すなわち侵略行為への非難についての重要な場が国連という政府間機構に託されているという重要性が理解できるという。
渡邉論文は、環境問題の解決を志向する多国間環境条約が、国連環境計画(UNEP)を通して提供されるフォーラムおよび事務局のサポートを得ながら、環境リスク管理における主権国家の役割や義務に関する国家間議論を促進することで、主権国家体制を強化する方向に働いてきたことを前提として確認する。しかし、本論文が強調するのは、UNEPがソフトかつ間接的なガバナンス手法である「オーケストレーション」を採用し、NGOや金融機関など非国家主体とのパートナーシップを構築することで、主権国家の関与がない中でも、地球環境ガバナンスの強化を図ってきた点にある。このことはただちに主権国家体制に対する脅威を意味するわけではないものの、国連機関や非国家主体を中心とした機能主義的なガバナンスの進展が、主権国家をアクターとする主権国家体制に一定の疑問を投げかける可能性を示唆している。
藤井論文は、国家元首に対して発付された逮捕状に関して、旧ユーゴスラビア国際刑事法廷によるミロシェビッチへの逮捕状の執行、国際刑事裁判所(ICC)によるバシールへの逮捕状の執行、そして逮捕状執行に対するローマ規程締約国会議(ASP)の限界についての考察を通じ、現職の国家元首への逮捕状の執行には、多様なアクターが利益を共有できないパラドックスに陥っている現状を描き出す。本論文は、逮捕状執行には、ICCから起訴された者が一時的でも公的地位から退かねばならないというアプローチを提唱し、その議論をASPや国連で喚起していくことの重要性を説く。本論文は、そこに主権国家体制の壁が立ちはだかることを指摘し、国家の利益に関与できるアクターとしてのICCの戦略性が、上記パラドックスを抜けだす鍵であると結論する。
志村論文は、「意思または能力を欠く国家」基準論(“unwilling or unable" criteria / doctrine / formula / standard / test / theory)(以下、UoU論)として知られる武力行使正当化論を検討する。先行研究は、UoU論を「文明標準」論のアナロジーでとらえ、大国が中小国への圧力としてUoU論を利用してきたと論じる。そのため、国連憲章成立後のUoU論の歴史的展開において中小国が発揮してきた能動的役割を想定しない。これに対して、本論は、UoU論の射程を先行研究に標準的な定義よりも広くとらえる。その上で、国連文書にあらわれる言及例を体系的に調査した。その結果、冷戦期にはイスラエルや南アフリカが、湾岸戦争後にはシリアやカメルーンがUoU論を利用しており、中小国もまたUoU論を能動的に用い得る主体であるということを明らかにしている。
本特集はここまでであるが、以下に掲載される独立論文や政策レビュー、書評も、多かれ少なかれ主権国家体制と国際機構の関係性の問題が関わるものであり、このテーマの広さと重要性がわかる。
独立論文は1本を掲載した。「適応的平和構築と国連システム:シリア紛争とイエメン紛争を事例に」と題する武藤・槌谷論文は、シリアとイエメンにおける長期化する武力紛争において、国連がどのように「適応的平和構築」(Adaptive Peacebuilding)アプローチをどのように実践したかを検討している。適応的平和構築は、紛争当事国の社会に内発的な平和への希求があり、平和構築の主体は当事国の人々であることを前提とする。そのため、いずれのケースにおいても、国連は現地のイニシアティブに柔軟に対応する形で平和構築活動を展開し、その結果、国連は紛争終結後の平和を持続させるための基盤を作ることができたことを明らかにした。本稿は、適応的平和構築は、長期化する紛争においても国連が採用しうる平和構築アプローチとしての可能性を示している。
政策レビューには、3本を掲載した。「入管法改正に見る入管庁とUNHCRの交渉:非政治的国連機関に必要な政治性」と題するレビューは、日本での庇護を巡る法務省・入管庁とUNHCR駐日事務所の交渉を明らかにし、そこから主権国家と国連のあるべき関係を探る。レビューする事例は、2001年のアフガン難民申請者の収容事件、2002年の中国瀋陽日本総領事館における北朝鮮家族駆け込み事件、2005年にUNHCRが「マンデート難民」と認定したクルド人父子の強制送還事件、2010年の難民第三国定住事業の開始、14年の第6次出入国在留管理政策懇談会(政策懇)の提言、2020年の第7次政策懇の提言、2021年および2023年の入管法改正問題である。グローバルな課題に国連が有効に対処するため、国家主権の壁を克服するにはUNHCRの経験から学べるとする。UNHCRを含む「非政治的」な国連機関が効果を挙げるためには、人と組織を動かすことのできる「政治性」を持つ必要性を指摘する。
「国連資料:紙媒体からデジタルへの変容と調査ツールの発展」と題するレビューは、国連研究者が参照する資料へのアクセス方法の歴史的変遷を概観したうえで、実用的な資料検索方法が説明されている。紙資料の時代には、日本各地の国連寄託図書館および国連広報センターに送付された資料が、国連総会会議管理局(DGACM)による分類を基に整理され、研究者が現地を訪れて資料収集を行うことが一般的であった。デジタルの時代になると、検索ツールの新設・統合・廃止などを経ながら、UN Digital Libraryへと統合される流れとなり、現在国連資料には誰でも容易にアクセスが可能となっている。本レビューは、さらに、国連資料の全体像を示すとともに、UN Digital Libraryを通した資料検索の方法が丁寧に説明されているため、国連研究者および国連に関心を持つ一般の人々にとって実践的な意味でも有意義なものになっている。
「日本の『人権外交』のこれから」と題するレビューは、これまでに積み上げられてきた日本の人権外交の基本姿勢、そしてその在り方が変化を迫られている背景を整理したうえで、今後、日本の人権外交は、人権という普遍的価値をどのように位置付け、国益を確保していくべきかを論じる。鍵となるのは、「対話」と「協力」に基づく現実的なアプローチを維持しつつ、他国の人権状況について能動的に作用することも含めた積極的なアプローチであるとする。人間の安全保障や「自由で開かれたインド太平洋」等のコンセプトは、人権の普遍的価値を重視するという原則的立場を維持しつつ、それが各国の立場の違いを超えて受け入れられるようにするためのナラティブとして機能してきたとして、カンボジア人権状況決議、先住民族の権利、ビジネスと人権を例に、今後、日本が取り得る人権外交の積極的アプローチを提示する。
続いて、書評セクションには4本の書評を掲載した。上野友也『膨張する安全保障:冷戦終結後の国連安全保障理事会と人道的統治』(明石書店、2021年)は、国連安保理の権限拡大と介入主義的傾向の定着を「安全保障の膨張」とみなし、国連安保理が「なぜ人間の生命の安全の保障のために任務と権限を膨張させてきたのか」という問いに答えるものである。同書については、千知岩正継会員が解説している。
リチャード・フォーク著・川崎孝子監訳・川崎晋共訳『人道的介入と合法的闘い:21世紀の平和と正義を求めて』(東信堂、2020年)は、学問・実践の綜合的な視座から、パレスティナ問題のほか、コソヴォ、イラク、シリアなどの事例を分析し、国際社会の「構造的な問題」、その表出とも言える「人道的介入(または不介入)」とその代替策としての「Legitimacy Wars(合法的闘い)」、さらに、グローバル化の進展などのより広い文脈を視野に入れた「世界秩序のゆくえ」を問うものである。同書については、西海洋志会員が解説している。
西谷真規子・山田高敬編『新時代のグローバル・ガバナンス論:制度・過程・行為主体』(ミネルヴァ書房、2021年)は、主権国家を基礎単位とするウェストファリア体制は、その揺らぎが指摘されてすでに久しいとして、現代グローバル・ガバナンスについて、その特徴として多主体性、多争点性、多層性、多中心性を指摘し、これを国際関係論の理論と実態の両面から把握することを目的とする論文集である。同書については、坂根徹会員が解説している。
真嶋麻子著『UNDPガバナンスの変容:ラテンアメリカにおける現地化政策の実践から』(国際書院、2023年)は、国連開発計画(UNDP)が、主権平等原則と内政不干渉原則という縛りのなかで、いかにして機関が掲げる開発理念をプロジェクトに落とし込めるのかという問題に対して、「現地化政策」によって対処してきたことを、著者は具体的な事例をもとに明らかにしている。同書については、大平剛会員が解説している。
加えて、学会の活動として、国連システム学術評議会(ACUNS)研究大会と東アジアセミナーについての報告を掲載した。ACUNS報告については川口智恵会員が、東アジアセミナーについては玉井雅隆会員が報告書を作成した。
2024年3月末日
編集委員会